丹州街道

2013年9月23日

川西市一の鳥居駅で能勢街道と分岐~一庫~知明胡の西側~一庫大路次川~山田川~能勢町の浮峠~山辺川~はらがたわ峠~天王峠~水無川~福住で篠山街道と合流

自宅を早朝に出て、大阪梅田~阪急の宝塚線・能勢電鉄で一の鳥居駅へ
    川西市一の鳥居駅     7時 スタート
    篠山街道の福住分岐点  16時55分 完歩
          53.453歩   32.07㎞

よく歩いた1日、福住から篠山口駅まで遠い、バスも本数が少なく、18時08分が最終で1時間少し待たなければいけない、でも最終に遅れるともうどうしょうもない交通の不便なところである。篠山口駅からJR19時10分発に乗り帰宅につく、自宅についたのが10時前であった。
現在ではこの時期一人ではクマが出るのでとても歩けないが、10年ほど前は熊錫とホイッスルを持っていれば大丈夫で、熊の被害などあまり聞かなかったが更に街道歩きなどする人が少なくなるのでは、絶対的な個体数を減らし、何等かな対策を待たれる。街道沿いの地域の人たちが苦労して整備しながら守ってきた旧道もこの先廃道化するのが多くなるのではと思います。

丹州街道起点
能勢電鉄妙見線の一の鳥居駅で降りて東側の173号線に出る、そこの広い交差点が能勢街道からの分岐する丹州街道の起点。能勢街道は交差点を右の477号線を進むが、丹州街道は暫く173号線を進む

交差点で右に進む能勢街道の方向

能勢電鉄妙見線一の鳥居駅の東側

 右の高台にあるお城のような建物は大阪青山歴史文学博物館。お城跡の天守閣と間違え紛らわしい

国道173号線で左に能勢電鉄が並行するこの先下り坂となる

東蛙野交差点の右側を横断する

交差点の直先を右斜めに下る道を入る左角に小詞がある

右に折れた旧道左に 小詞

右蛙野駅から下って来る道路の高架下を潜って進む、潜った先右に川西北郵便局

高架を潜った先の旧道町並み

緩やかな坂を下っていく途中右頼光寺の⇒

右に入り(寄り道)をする、小さな川を渡り電鉄線を越えると高台に上る

アジサイで有名な 頼光寺

元の街道に戻り東蛙野3丁目交差点で左からの173号線に合流する

信号に出て街道は右に折れて173号線を西北に下っていくのか、信号を西に渡り正面の新しい住宅地の中を進むのか、どちらが街道に近いのか分からず、住宅地の中を進む方がいいようなので真っ直ぐ進む。暫く先でまた合流するようだ

西への緩やかな下りの道筋

下りきったところのT字路の左側にある 畝野宝來稲荷神社

稲荷神社本殿 元禄期の創建と伝わる、小規模であるが均整のとれた技法も当代出色と言われている

T字路を右に進み小さな橋を渡る

 静かな東畦野の街道

やがて173号線の見野交差点に出る、ここで国道をきた道と合流するが現状では今歩いてきた道が旧道と判断します
交差点に出て街道は左に173号線を見て、交差点を横断して正面右の旧道を進む

北に真っ直ぐの道を進みます

暫く歩いた右に小さな お地蔵さんが沢山並んでいる

信号交差点を越えて真っ直ぐ

信号の先で左にJAふれあい会館、その西に東谷小学校

JAの道向かいに 東谷村道路元標

JAのすぐ先で初谷川に架かる橋を渡る

 川の先、左に お地蔵さんの小詞

更にすぐ先右にも 小詞がある

その先左にカーブする左側にも 小詞があり、すぐまた右に緩やかに戻し北へ進む

 左の 小詞

すぐ先で、西へと北への分岐になる、右の北への真っ直ぐの道を進む

右に下財公民館の前を左に曲がり西へ

(寄り道) ここで右の山方向への細い道を暫く進むと
山を背にした樹木の中に 平野神社

神社の隣には 曹洞宗大昌寺

元の街道に戻り下財公民館の前を左に折れて西へ

西へ少し進んだ先で、崩れかかった土壁塀にそって右に曲がり左に下っていく

右手に豪壮な旧家の建物が川西市郷士館(休館日)多田銀銅山ゆかりの製錬所を営んでいた
旧平安家の邸宅で重厚な建物

坂を下っていく左側に銅くず跡の塀、歴史を感じる

坂の下より右の塀跡を見る

坂を下ると右に お地蔵さん

173号線の道に出るので高架下(正面右の狭い方の桁の下の旧道を抜ける)高架は173号線のバイパス

右一段高い173号線に沿って進む

一庫1の田畑の中の旧道を進む

途中左に お地蔵さん

一庫1の集落内で右に折れると、能勢電鉄日生線に道を阻まれるので線路に沿って右に折れる

右に折れて線路沿いに東に歩いてきたところから振り返る

前川橋南信号で線路の上を越えり歩道橋を渡ると、前川橋前信号交差点に出て横断し北に進む

交差点の先で一庫大路次川n架かる橋を渡り一庫の集落に入る。本来ならすぐ右に折れて川沿いに街道は進むが、あまり変化がないので橋を渡って真っ直ぐ細い道を上る道を進んだ

橋から川の上流を見る高架はバイパスで街道は川沿いの道で、高架の先で今から歩く道と合流する。その前方に見える堤は一庫ダム

橋より下流を見る

橋の先の坂を上り一筋目を右鋭角に折れます

右に折れた左にある お地蔵さん

左に高皇産霊神社が見えてくる

高皇産霊神社 この辺りの神社には由緒等書かれていないのでよくわからな

右のトンネルから出てきた高架の173号線バイパスの下を潜る

高台の道から一庫集落を望む、新しい住宅に変わっているのは、多分ダムが出来るまで一庫大路次川の氾濫に悩まされたのだろうと想像

高架を潜った先で川沿いから来た173号線と合流する
正面に一庫ダムがみえてきました

一庫ダムの下で旧道は柵で閉鎖しており消失、左の雑木林の道を上っていく
多分かつての旧道は川沿いの谷間を下っていたのだろうと想像します

街道でないと思うがダム湖に出る快適な道

ダムの堤から一庫集落方面を望む

左から604号線がダムの堤を横切る新道が合流してくる(トンネルに向かい振り返る)

 一庫ダムの頂上での分岐、右はダムを抜ける604号線。街道(実際はダム完成に伴う新道)は左に折れる

 604号線はダムの堤堰の道路で横断している

ダム湖(知明胡)

一庫ダム
洪水の被害を守るため、併せて渇水時には農業用水、上下道用水として、50~60万人分の都市用水を生み出している多目的ダムとして、昭和43年8月1日に調査開始し昭和59年3月、16年の歳月と638億円の巨費を投じて一庫ダムを完成した
知明胡
一庫ダムにより堰き止められてできた「知明湖」、多田銀山で知られる地明山は、銀銅を産する奇妙不思議な山として、古くは奇妙山と称された。奈良時代に聖武天皇が夢で伊勢皇大神の神のお告げを受けて、東大寺大仏鋳造の銅をこの奇妙山神教間歩(坑道)で堀ったと言い伝えられている。このダム湖に浮かぶ山の名をとって知明湖と命名した。
だが一方、この湖底には旧街道と共に歴史を刻んできた国崎地区の32戸が湖底に沈んでいることを忘れてはならないと思う

 知明湖を右下に見て西側を進んでいく

柵で閉鎖しているが旧道の道なのか

少し新道と分かれ道は湖に近づいていく、新道は左一段高いところを通る

32戸湖底に沈んでいるというから、更に右に旧道が通っていたのだろういろいろ想像しながら歩いていると楽しい
この先で道がなくなるので新道に上る

173号線が左のトンネルに入る所で右にカーブして湖に沿う、トンネルは真直ぐ進んでいるが胡沿いの道は右に大きく迂回します

前方に知明さくら橋が見えてきます

ここでそのまま湖の西側を行くべきか、右の橋を渡り湖の東側を歩くか迷ったが、真っ直ぐの道は藪で短い区間だが歩きにくそうなので橋を渡り対岸を歩くこととした。多分冬場なら大丈夫だろうが9月の時期は無理しない

右に折れて知明桜橋を渡り対岸で左に折れる

橋から見ると、西側も道が残っていそうでガードレールが見える。どちらにしても街道は湖底であり、ダムに伴なう道なのでいいか

東側の道を進んでいく

対岸でここまで来るとかなり胡幅が狭くなってきた、水が多くてわからないが半島の様に突き出た下に隊道が残っている、旧道の通っていた辺りである

北側から見た半島の下あたり街道が通っていた隧道

新しい橋、対岸に雨森山(383m)が見える

対岸を見る対岸の方が道は厳しかったようで、東側を歩いたのが正解道としては対岸の方が古いようです

対岸の新道のトンネル口

大きなダム湖でかなり歩いた

右の一帯にGCがある高架の手前に右にゴルフ場への道がある

GCへ行く右への上り道を過ぎると、対岸でトンネルを抜けてきた173号線の高架下を潜る

高架を潜って右に大きくカーブする

対岸の新道の下に隊道が見えるこの辺りに旧道があったようで、そう考えると往時の街道は完全に湖底を通っていたことになる

完全に道は消失している

対岸の173号線のトンネルと川沿いの隧道を見る

猪名川町に入るとすぐ左に、対岸に渡る龍化つり橋があり、折角だから渡ってみたくなり対岸へ
(寄り道)

一庫大路次川に架かる 龍化つり橋

滅多に撮らないいつも同じまぬけな顔

龍化隧道 昭和52年まで国道173号線の隧道として使用されていた。記念碑の側面には大正5年に大阪の植村治良兵衛氏が私財を投じて開拓したとある

新道より川に降りる階段

下が旧道跡のようです

龍化隧道記念碑

記念碑と昭和52年まで国道173号線として使用されていた隧道

段下の川沿いの旧隧道

 往時は厳しい難所の道であっただろうと想像できる

隧道から川沿いに旧道が残っている

この先は隧道より旧道をつり橋を右に見て進む西岸を進む

右下川沿いに細い道があるので下りてみる

少しの間だが旧道の名残か、でもすぐ通行止めになっていて左の階段で上の道へ上る。通行止めの先も雑草がすごいが道が残っていそう

上の道に上り国道173号線の高架下を潜る

トンネルの抜けた173号線の高架下を再び潜る

一庫ダムから一庫大路次川・173号線のバイパス・旧173号線・街道道が川沿いの渓谷を曲がりくねり国道と交差している。この先の左に民家のあるところで右から川向をきた道が合流してくる。ここでまた173号線を横断して東側に回り込み、右から合流して暫く173号線を歩く川沿いに沿って歩けば間違いがない

 右に千軒キャンプ場が見える

暫く173号線の歩道を進むが歩道がしっかりついているので車が安心。ゆっくり景色が堪能できる

キャンプ場への道が右に下る

暫く進んでいくと再び173号線の高架下を潜り、国道は右のトンネルに入る

少し行ったところで右に旧カーブして能勢浄化センターの前を通る
浄化センタ―前から173号線がトンネルを抜けてきたところを見る

ようこそ能勢町の看板で能勢町に入る。バイパスは右に迫るが合流しないで左に分かれる

右一庫大路次川の対岸に 瑞光寺が見えます

暫く右の川沿いに沿って進む

右に大きくカーブする途中に左斜めに入る道が分岐していますので左に入ります

 左に入った先の街道

緩やかな坂を下って下田の集落に入ります

懐かしい昔の原風景を思い出す民家

左に 浄土真宗福恩寺
境内には室町時代初期(1400年代)の宝筐印塔が残る

お寺の先で坂を下るところの塀に お地蔵さん が組み込まれている

坂を下って行くとT字路となるので街道は左に折れる

右に折れて大路次川に架かる清水橋を渡り、左に折れた川沿いの街道は 園部街道

左に折れ173号線の下田信号交差点の手前を左に斜めに進み国道を渡る(但し信号がないので交差点を渡る)

173号線を左に分け右右に少し迂回した地道があります

大路次川の支流山田川の川沿いの地道を進む

再び橋の所で左からの国道173号線に合流し国道を進む

国道を進300m程進み山田川に架かる橋の手前で分岐します右の国道を進み橋を渡りま

暫くは国道と重複して真直ぐな国道を進む、歩道があるので安心して歩ける

左に汐の湯温泉の建物がある手前を、右の暗い雑木林の道に入る

すぐのところで左の雑草の生えた道に入ります

道らしくない旧道

すぐのところで左からの国道に出るが、国道に入らず右の道に入る

雑草の細い道を国道に出てきたところで右に折れる。国道は森上南信号交差点でその東側をかすめて抜けています

更に100m程先で街道が分岐するが右の道を進む

正面の集落の右側を抜けていく

分岐した旧道

集落を抜け左からの173号線に合流したすぐ先で高架下を進む、左に山田川が沿っている

 その先100m程で右にNTTを越えたところで

右の雑木林の中の旧道に入る道を進む

所々に旧街道らしき道が残るが、その道が間違っているかもしれないが探しながら歩くのも楽しい
街道は荒れて凹道になってよほどでないと人は歩かないようだが完全に旧道として残っている

ほん短い区間だが大発見という思い、何時の間にか失われていく旧道跡の一つだろうか

右の森上公民館の所で先ほど雑木道に入った分岐した道が合流して右へ

公民館の先100mほどで602号線のT字路になる。正面は西中学校、ここを左に折れるがその手前で左斜めに入る道がある、どちらが正しいかわからないが

T字路の右(東)からくる道は 明月峠 を越えてくる 三田街道 T字路を左(西)へ

交差点を左に折れた西への街道

暫く歩いたところ右に 岐尼神社

神社の北隣に 日蓮宗蓮花寺

そのすぐ先で十字路があり右の細い道に折れる

細い道を入りすぐ左に折れる右に森川医院

集落の中を200m弱ばかり進む

再び左の新道に合流して暫く進んでいきます

真っ直ぐな気持ち良い街道、車も少なくその上歩道まで十分とって頂いており有り難い

かなり能勢町の山間部に入ってきたようだ

やがて府道を左にして右への浮峠越えへの峠道に入ります

素晴らしい樹木のトンネルを進む

樹木の間から陽の光が入り最高の気分

九月の気候のいい時、一人で街道歩きを頻繁にしていたが、熊にも会わず、獣にも会わず今思ったら幸運だったのか、熊対策はしていたが、10年程の間に随分環境が変わった、今ではとても一人では歩けないだろ怖くて、早く歩けてよかったと思っています。

いろいろな景色に変わる街道の山道

浮峠 に着きました少し道を改修するにあたり切通になっています

浮峠を越えたところから振り返る

峠を下ってきた左奥にある 小詞と五輪塔

峠を下ってきたところで分岐道がその角に 自然石の道標 があり街道は左に進む

山辺の集落に入ります

右にカーブする辻を少し左に入ると広福寺の参道がある

参道入り口の お地蔵さん

 広福寺

街道に戻り静かな田畑の中の道を歩く

変則四辻を左斜めへ

四辻の先に 稲荷神社 少し入ると

細い下り坂を下っていきます

左側民家の前に 石造り物と杉の捻転した太い木

長閑な山辺の里を進む

 青鬼と赤鬼 面白い趣向

山辺川に架かる今井田橋を渡り173号線に出て左へ

橋からこれから歩く北側を望む

 173号線の右に細い旧道を暫く進む

旧道が国道と分岐してきた少し広い道に出る

山辺川に架かる砂原橋を渡り川の西側に出て川に沿って北へ進んでいく

右手の川向こうにキャンプ場が見える

暫く右に川に沿って進むと、左から新道が合流してくる

 緩やかな上り坂を進んでいきます

右に一里松キャンプ場、此の付近はキャンプ場が多いが一里松という名は一里塚の名残かな・・・

一里松の先で173号線の高架下を潜る

この先もずうっと緩やかな山間の上り坂が続く

街道は新しく広い中央線のある道となった新馬廻橋を渡る

右に川堰

赤い色の大里橋

緩やかん坂と思っていたが、右は川でかなり高いところを歩いている大里橋の右下、川の左に沿って微かに道が残っているようで旧道だろうか

新しい今の道が出来る前の旧道のようだ、入れないようにフェンスでしっかりガードされている

下の道で最近まで通れていたようだ

その先で山辺川に架かる新中堂橋を渡る。、すぐ上流で川は分岐し西への川と道に沿って北へと分かれている。橋を渡り左に北に真っ直ぐ進む

新しい道で鳥米谷橋を渡る

かみほづか橋を渡る

車の走らない気持ち良い道を進んでいきます

旧道を進んでいくと、右に折れて直ぐの奥山新橋の手前左に、かつての旧道はらがたわ峠への旧道跡らしい道がかすかに見えるこの道が、かつての街道であったであろう旧道で左の山道に分け入る雑草の茂った峠越への道がある。入り口は荒れているが少し歩けたので少し入っていくと、すぐ先で藪がひどくて道が解らない程になっているので諦めて入り口に戻り歩く冬場なら何とかなるのかな
はらがたわ峠への九十九折れを車道で登ります

右に折れる手手前左

少し登ったところで、道跡もしっかり残っているので歩けると思ったが

このような状況だ先先が分からないので諦める

元に戻りすぐ先の山辺川に架かる奥山新橋を渡る

(注釈)この先は九十九折れの峠への道で説明が難しく写真を参照してください

左への旧カーブの所で分岐しているので左へ、でも通行止めの看板が出ている
右の道を行くと大きく迂回し173号線に出て、長いはらがたわトンネルを抜けていくことになる

この先車通行止めの標示

さすが急なヘアピンカーブが続く、以前新道が出来るまでよく車が通っていたと思う

この辺りに下からの旧道が真っ直ぐ登ってきていたようだやはり途中で旧道は廃道化しているのだろう

がけ崩れで道は荒れている

通行止めがよくわかった、完全に土砂や倒木で道をふさいでいる、人が歩くのも難儀と言っても過言でない。元の分岐に戻らなければと一瞬頭をよぎる。なんとか超えられないか少し行ってみる短い区間で反対側に道が見えているので左側のかすかな道幅を這いながら進む

雨の時など特に一人歩きは危ない倒木の下を潜ったり大変だ

何とか通過できたほっとした嬉しさの瞬間

峠が見えてきた

はらがたわ峠(標高648m) 何も峠の目印も案内もない、あるのは心無い人のゴミよく峠越をしたと思う無茶と思っています

峠を下りたところにも当然通行止めの看板

峠からの下りは真っ直ぐ北に延び近くに民家が
右にお洒落なカフェテリアツリーハウスがある、町より外れているのにお客さんが一杯、入りたかったが時間がなくて諦める

峠から真っ直ぐ下りきったところで173号線のT字路にでるので左に曲がり暫く173号線を歩く

峠方向を振り返る左の建物が喫茶店、付近にはお客となる民家もないのに

左に曲がり一直線の街道を進む

天王地区に入る能勢町は大阪では一番高く天王はその中で一番高い
旧道は右に円を描いて進む道か、もしくは正面の人が歩いている畦道の左、電柱の真っ直ぐの道どちらか私は電柱の傍の真っ直ぐな細い道を進む。ただ軽自動車の前を右に入ったところ右に石造物が見えるので行ってみる

左にカーブする右に並ぶ墓と 石物

173号線の右側を通る細い道が街道だ

その先左の小川に沿って北西に進む

その先で左からの173号線に合流する、小川も左へ道はすぐ先で173号線を横断して南へ少し行って小川を渡り右へ曲がり西北に進みます

小川が左へその先で街道は173号と合流するところ

173号線を横断して正面の道を山側に歩く

173号線の北方向の道筋を見る山側を進むのが正しいか、173号線を暫く進み小川を渡る所で右への集落の入る道を進むのが正しいか迷う

私は左山裾、右田園風景の街道を進むことにする

右の天王集落に二つの蔵つきの大きな民家

左に 臨済宗長杉寺 1640年にこの地に移転再建された古いお寺で、平安時代の木造薬師如来坐像と脇侍像

やがて新道のT字路を右に少し進むと173号線の天王信号交差点に出る

交差点を横断して10mほどでT字路に出るので左に折れて旧道を進む

T字路をひだりに進むが、T字路の少し右に折れたところから南東への道筋を写す。この先が173号線に出る所で、少し前の辻で173号線が正しいか山側が正しいか迷ったところに出る

写真手前の道を左に入っていくと右に天王小学校、左に高皇産霊神社がある

高皇産霊神社

末社 長谷川社・木村社
両社はいずれも当天王村を支配した江戸時代の代官を祭祀した社。長谷川六兵衛代官は元禄7年(1694)より9年間、木村宗右衛門代官は文政4年(1821~)両代官は村人のため善政に尽くし、よって村人は報恩感謝の念篤く、長谷川社は1696年5月・木村社は1821年12月にそれぞれ勧請し村の繁栄と共に、いついつまでも祀られることとなった

本殿の正面向かって右に立つ

天王小学校構内にある 道標 「右ふくすみ 左しつ川」「右三田 左妙見」

小学校前の道を北西に進み、元の辻の交差点に戻り右に折れて街道を進む

街道は右の宮前酒店の所で173号線に接触するが合流せず、すぐ右の道に入る

宮前酒店の前の右斜めへの道

垣根にあるのは 道標か石碑

何だったのか

暫く歩いた先で左からの173号線に合流し天王峠に向かう

合流する手前右に交通安全石碑

緩やかな坂を進むが殆ど坂という感じがない

新道の173号線は天王トンネルに入るが、街道はトンネル手前で右の道に折れる
この辺り「天王峠」標高500m超であるが峠という感じがしない

右の旧道を入ると間もなく、今度も通行止めの標示何か薄暗く気味が悪い
(注釈)この先も道の説明が難しいので写真で追って想像してください

天王峠道を行かなければ、地図を見てもトンネルに入り左から右にUターンしてきて大変な遠回りになる。
祈りながら踏破出来ることを願って歩きます

途中碑が立っています
【丹州街道古民謡碑】
天王大坂七廻り身過ぎなりやこそ一夜おき越すは丹波のお蔵米九里に九つ峠を越えていこか池田の大和屋へ

今の所問題ない道です写真で追ってください

路肩が崩れているがおそらくもう使用済みの道なので補修もしないで荒れるに任せるのだろうか。何とか整備しながら昔の街道道として残してほしい

元は舗装道だろうが地地道のように変わってきています

鋭角な蛇行を繰り返しますほぼ平坦な道のようです

舗装が残っています

歩いてからいつも思うのですが、よく一人で歩けたとでもやはり一人歩きが好きなんだろうと

緩やかにトンネル入り口の峠から下っていますほとんど感じなかった

曲がりくなりながら進んでいくと、ようやく173号線と交差し、173号線の西側を並行して北に進む。こちらのは入口にも通行止めの標示歩くには何の支障もなかった
トンネルの大きく迂回してきた173号線がここで交差します

173号線を渡ったところから下ってきた街道を振り返るもう10年もすれば旧道は廃道化するだろう

この先北に更に暫くはまだ細い山道の旧道を右の173号線に沿って進んでいきます

右の擁壁の上が173号線

まだまだ標高350m辺りの高いところを歩いている

でも快適な旧道です

この辺りで篠山市に入る

篠山市に入ったところで173号線の高架を潜り、東側に出るがすぐまた左に旧カーブして再び173号線を潜る

再び173号線の高架を潜り西側に出る、その先すぐ道なりに右にカーブして173号線を右に並行して進む

高架を越え右にカーブした先の街道の下り

 左に緩やかにカーブ、何とも長閑な風景

長閑な風景の道を振り返る

前方に173号線の高架が見えてくる

再び高架を潜り右側(東)に出る

高架の先の街道

左から173号線が合流してきます

右に福住大池を見ながら173号線を真っ直ぐ進む、歩道がされているので快適

福住大池 明暦年間松平重信公により大池を築造される 石碑

池の先の街道でやっと少し民家が見えてきた、長い山間の街道であった
右は老人ホーム山ゆり

右の氷無川対岸の墓地

その先の分岐で173号線を左に分けて右の道を入っていく

分岐点の左に 如来寺 が見える

173号線より分岐して右折れする沿いに お地蔵さん

右に折れて左の枕木公民館の前を真っ直ぐ北に進む

この先突当りで街道も終点田舎の原風景がたまらない

国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている

突当りで街道終点(起点)東西の道は篠山街道に合流 

突当りのT字路より今歩いてきた丹州街道を振り返る

宿場の面影、情緒が色濃く残る素晴らしい街並み
篠山街道の東の街筋

篠山街道の西側の街並み

16時55分に完歩するも、篠山駅まで行かなければいけないが今からではかなりまだ距離もあるので暗くなってしまうので、最終バス18時08分まで待つ。これに乗り遅れると大変なことになる。篠山街道を近いうちに歩く予定なのでその時ここを歩くが、時間もあるし少し付近を散策する

合流点のT字路近くにある篠山線福住駅跡 昭和19年に福知山線篠山(現篠山口)駅と福住間が開業し昭和47年に廃止された国鉄篠山線の駅跡

福住公民館の北側にある 福住稲荷神社

狭山街道を歩いた時、また見学するとして終終わります

丹州街道福住宿にて、篠山街道と合流 完歩

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