前島街道

2012年6月29日

高槻市上ノ宮天満宮~前島の淀川堤防
高槻街道に引き続き、高槻西武百貨店北の上ノ宮天満宮まで歩き、前島街道をスタート。
    12時10分スタート  前島の淀川堤防渡し跡 到着14時37分
         11.315歩  6.78km   
後日、対岸の続きを歩く、時間はあるのだがここから対岸までは近くに橋がなく、非常に時間がかかりそうだから。

2012年7月8日 
前回の残り、対岸の淀川堤防、牧野側~牧野駅近くの京街道合流点まで歩き、前島街道完歩
自宅を4時半出発 京阪で牧野駅へ 7時牧野駅スタート、
      7時07分牧野淀川堤防を出発  7時35分京街道との合流点に着き完歩
            3.168歩  1.9km 

       トータル 14.483歩 8.68㎞  

前島街道の起点はこの天満宮より200mほど南に下った、西国街道 との交差点であるが、上宮天満宮によりスタートする

上宮天満宮

この日神山を北端として、東西1㎞・南に3㎞の地域を野見郷と記載されている。この日神山には4つの古墳が築かれている。境内に2つの古墳があり、その1つが宿祢塚(野身神社)あと1つは参道を下り左に折れて進むと前方後円墳がる

竹の本殿
この建物は柱、壁、屋根の殆どが竹でつくられている、竹はわずか5年で成竹となり資源の環境保護として研究されている、弊社は2ヘクタール8千本の竹林を持ち資源活用を通じて外部構造物を完成、耐用期間の研究中。1590年秀吉によって建てられた旧社殿は平成8年放火により惜しくも消失してしまった。

本殿の左右一対の 狛犬は、1759年芥川在の石大工により作られたもので市内最古のもの

境内の老木

神社より南の 前島街道と西国街道 の分岐点方向

その前の階段を下り左に行くと、前方後円墳の昼神車塚古墳、日神山の4つの古墳の一つ

上宮天満宮を南に下ると鳥居がある、その前が 西国街道との分岐で、前島街道の起点

国宝 毘沙門天王 石碑 北山本山寺 はこの地より北西10㎞にあり「霊雲院」ともいい毘沙門天(重文)を本尊とする天台宗の寺院。交差点の角のビルの下にある

西国街道の西側の町並み

西国街道の東側の町並み

前島街道南に西武百貨店を左に、スタート新しい町並みを行く

JR高槻駅を高架で越える

上宮天満宮方向を振り返る

前島街道南への道

左に松坂屋を過ぎたところで、更に左に高槻センター街のアーケードが見える

センター街の入口向かい側、進んできた所の右から枚方街道が合流(分岐)してくる

暫く枚方街道と重複
少し進んだ右側に 祠があり、ここを左に折れる

旧家の建物が残る

左に 辻昌文堂の建物

暫く歩くと阪急京都線のガードを潜る

ガードを越えた袂右側に 

少し右にカーブして、その先で左に直角に曲がる。少し右にカーブしたところの町並み

右手に旧家が残りこの街通りに街道の面影を残してくれる。この建物の先で直角に左に折れる

左に折れる角左の 愛宕大神の祠

愛宕大神の祠の前から旧家の道を振り返る

左に曲がった先の街道の町並み、綺麗に整備された入る

この辺りにも大きな旧家が所々残る、新しい建物に変わりつつあるが、何か風情がのこる

国道171号線に交差する手前左の旧家重厚な建物

国道を渡り向かいの道に入る

国道を渡ったところから東への街並みを進む道路も綺麗に整備されていてうれしいですね

国道からすぐの左に 浄土宗理安寺 
阿弥陀如来を本尊とし、1619年松平家信が高槻城主となり夫人の菩提を弔って以後、松平家の崇敬厚く大いに繁栄した

街道向かい右側には 日蓮宗本行寺
題目宝塔と釋迦多宝二仏を本尊門は高槻城の高麗門を移築

隣に 浄土宗光松寺 阿弥陀如来を本尊とする

左 園成寺 前のT字路に出る、左に道標があり真っ直ぐの街道が、右から来た高槻街道が東に進む。前島街道・枚方街道 は右に折れる

角には重厚な旧家の建物 
道標 南面「右 京 山崎 淀 柳谷 ふしみ 宇治 八幡」東面「左 大阪 吹田 茨木 尼ヶ崎 惣持寺」

右に曲がる所からの前島・枚方街道の街筋の高槻城下町で右前方が高槻城跡

南へ200mほど本町通りを進むと左に傾いた道標があり右T字路の辻、前島街道 はここを左に折れる。
真っ直ぐは重複して歩いてきた枚方街道高槻街道 はここで分岐

道標
南面「右 八はた 淀 前島 舟のり場、すぐ 京 伏見山さ記 柳谷 よしみね」
東面「右 あくた川 かさもの里 のせ妙見、左 そうち寺 とん田 いばら木」
北面「すぐ 大坂 三しまへ からさき そうち ひらかた」

左に折れて前島街道の道筋

左に 

右に高槻小学校、この辺りが 高槻六口の一つ前島口
枡形になっている「前島口」

東に暫く一直線に伸びる、170号線の外環状線の城東町交差点を横断する

その先17号線一直線に東へ

小さな川の橋を渡る

先に新幹線の高架が見えてくる

高架下を潜り東へ

小さな川を二つ渡り東天川地区へ入る

東天川集落を進みます

右に 西法寺

お寺の直ぐ先で左にカーブ、東天川集落を過ぎて桧尾川の堤へ出る

桧尾川を右に堤を北に進む

前方の桧尾川に架かる中堤橋で右に折れて渡り前島に入る

橋を渡る手前前方正面に春日神社の森

春日神社

中堤橋より桧尾川北の遠望

橋を渡り少し左に折れて直ぐ右に折れ東へ進みます前島地区へ

小さな川を渡ります

本山寺毘沙門天道の碑

やがて淀川の堤へ出る

淀川の堤、かつてはここから対岸の 牧野への渡し があったが今は迂回しなければいけない。対岸で京街道に合流

堤防より前島街道を見る

淀川前島渡し跡

前島街道 高槻街道に続いて歩いた、1日目は近くに淀川に架かる橋がないので対岸に行くのに時間がかかるので、ここ終了します
前島街道 2日目 2012年7月8日 京阪牧野駅7時、対岸の渡し跡 7時7分スタート

対岸の牧野側の淀川堤防渡し跡より、対岸の淀川河川敷は牧野ゴルフ場になっている
この辺りに渡しの街道があったようです

淀川の渡し跡の堤防より北摂を見る

渡し場跡の堤防を石段で下ります

石段を下り東の牧野駅方向への旧道を見る

平黒橋を渡ります

橋の袂にある 道標

すぐ先左に 道標 元は淀川堤防上に建てられていた 「すぐ下前島街道 渡場道」

前島の渡し
古代以来、淀川には対岸との往来のため多くの渡しがあり、近世の枚方には、北から樟葉、下島、前島、磯島、枚方、出口の渡しがあった。橋のなかった当時はそれぞれ重要な交通機関で「前島の渡し」は、京街道と高槻、西国街道を結ぶ前島街道の一部であった。明治初期には、淀川の川幅百八十間を渡し1隻で運行していた。

13号線と交差する牧野駅前交差点

429.JPG京阪牧野駅を越える

京阪牧野駅を越え穂谷川の堤へ上がったところに左に 道標 「左 前島街道 渡場道」

穂谷川の堤で 京街道 に合流

前島街道完歩

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