2011年11月21日
奈良市油阪町今辻子交差点~飛鳥資料館前
車を橿原神宮駅前に預け近鉄で近鉄奈良駅へ行く。
今辻子交差点 7時15分 スタート
飛鳥資料館前 15時20分 着
51.333歩 30.79km 2.283.7kl
中ッ道は古い道であるが、旧道は一部を除いて新しい道に変わっている、出来る限り古道にこだわり歩いたつもりだが、車も非常に多く道幅も狭く歩道もなく全体的に歩き辛いみちであった。一方田園の広がる中の道や畦道を通ることもあった。全体的には旧道らしい面影が残っていない
中ッ道は平城京の東端から藤原京の東端を通り飛鳥への官道とされてきた。
南北の幹線道路であった、上ッ道、中ッ道、下ッ道の一つで、唐にならったもの
近鉄奈良駅前の369号線を西に進み、今辻子交差点まで歩く。
中ツ道は藤原京から平城京へ遷都後に作られた官道で、上ツ道・中ツ道・下ツ道があった。時代と共に市街地化や農地化により消失している。中ツ道は橘街道ともいわれ、橘寺の東にでて、さらに芋峠を越えて吉野に向っていた

油阪町の今辻子交差点を左(南)に曲がる。この交差点左に入る道、中ツ道の起点とする

左に曲がった筋、少し下り道となっている、左には 開化天皇陵がある

今辻子交差点の反対の北側を見る

南に下るすぐ左に、住吉神社
約1300年前平城京が造営された時、南北の幹線道路として作られた外京五坊大路(道幅23m)が今辻子町の始まり。今辻子郷は鎌倉時代から見られる郷名で永仁二年(1294)に東大寺大仏灯油注文に今辻子の名が記されている。住吉神社の創建は明らかでない

三条通りに出て少し左に行くと、開化天皇陵の参道に出る。開化天皇陵 春日牽川坂上陵

三条通り

三条通りのT字路に出て、少し鍵になった東側の細い道を南に進む

右角に本妙寺の辻で右に折れる

新しい建物の 本妙寺

右に折れた左側に 祠

祠のすぐ先一筋目の三条町で左に折れる

左に折れた街筋

右に 今井町地蔵尊

300m余り南に進んだ杉ヶ町の信号T字路交差点を右に折れる

杉ヶ町の交差点を右に折れた自動車道でまたすぐの十字路で左の道に入る

右に奈良市生涯学習センターを見て進む

400m程進み左に済美小学校の交差点で右から自動車道が合流。信号を横断し左斜め(南東)に進む

左にカーブしながら八軒町東交差点(歩道橋がある)を右に折れ南に進む

右に折れて間もなくJR桜井線の踏切を渡る

踏切を渡る手前左に 祠

南京終町を進み、左におかたに病院、右に春名病院を見て進む

その先で右に 地蔵菩薩四体

踏切より600m程、更に南下したところで、能登川に架かる橋を渡り橋の南袂を右に折れカーブし道なりに進みながら南へ。南京終町を進む

更にすぐ先で 岩井川に架かる橋を渡る

数十m先の左のサンクスの前で右の道を入る。右に済美南小学校を見る。左のおかもと歯科の先で

暫く進み県道754号線が右から合流して南に進む合流箇所の辻

合流して南下する右側の町並みの背後には東九条池がある。道沿いには店舗や食堂が並び街道の面影は全く感じられない

神殿信号交差点の手前右側に 来迎寺 来迎寺の本尊は木造阿弥陀如来坐像十二世紀後半の作

来迎寺と門前の祠


神殿町の北之庄交差点の手前右手に石仏が散乱している。整理できないのだろうか

来迎寺から南に町並みを暫く進んでいくと、右に五徳池がある池が切れる所の信号交差点の右に入ると、白山神社


五徳池

右手いけ向かいに 白山神社

交差点の歩道橋より今歩いてきた北側をみる、左に五徳池

これから先の南の方向

歩道橋のある交差点で左の旧道に入るがすぐ先300m程で再び合流

旧道を入った左に 浄土宗蓮台寺

右から北之庄南交差点で合流する

合流したすぐ先で地蔵院川に架かる橋を渡り今市町

左にワークマンをみて上三橋交差点に出る。すぐ右手に、須佐之男神社の森 が見える

神社を右に見て上三橋交差点で分岐するので左の旧道を南に進む
左に進む交差点を渡った左角に 道標
西側「右 高野山 左 なら道」 北側「右 郡山 左 すぐ帯解」 南側「右 帯解 左 郡山」

車の少ない真直ぐな51号線を南下していく


井戸野町で大和郡山市に入る。街道は真っ直ぐ進むが、交差点を少し右に入ると八幡神社

八幡神社

隣に 常福寺

井戸野町の街並みを南下

菩提仙川に架かる高橋を渡る。その手前左に、地蔵堂と大峯山三十三回参拝記念碑


高橋を渡りその先で石川町に入ると、左の池は千束池


石川町の集落を抜けていく

樽川に架かる辻堂橋を渡る

その手前右手大木の袂に 祠

辻堂橋を渡ると天理市櫟本町に入る。橋の右手に白土池

祠と辻堂橋を振り返る

左とがった屋根の建物が県営団地

道は川沿い左にカーブして、右に高瀬川に架かる高瀬橋を渡る

高瀬橋を渡り、右に川向を鋭角にUターンするようになる


すぐ先の信号交差点を左(南)に折れる。
この街道はとにかく南、南へと進みます

少し先で西名阪自動車道の高架を潜る

高架を潜った先で振り返る、向かって左に天理PAがある

高架の潜った先の街道右に地蔵寺

地蔵寺

地蔵寺の前に 業平姿見の井戸 がある

伝承、伊勢物語や、謡曲「井筒」「高安の女」等で語りつがれた業平ゆかりの井戸で、世阿弥作の能「井筒」では、諸日遊行の途中荒れ果てた在原寺に詣でた僧が、夢の中で業平の妻が形見の衣裳を着て、この井戸にその姿を写し、恋しい業平のありし日をしのぶという筋書きになっている。女面をつけ男装で登場し井戸水に映じた姿を見て「女とも見えず男なりけり業平の面影」と懐かしむあたりは幽玄の境地をや現するとして複式夢幻能の代表作と言われている。また、この道は業平が高安の女のもとへ通った道だとして昔から「業平道」と呼ばれている。
句碑は与謝蕪村作で
「虫鳴くや河内通いの小提灯」 とあり、この道を行く業平の姿を詠んだものとされている。
右少し奥に 鉾立神社


すぐ先左に 鉾立池

池が切れる直に左櫟本町の 道標 「大峯山上 三十三・・・・・」 「西 右 丹波市 左 郡山道」


道標の前の街道

その先左に 石仏と宝篋印塔

傍に喜殿町公民館

公民館の裏手に 八阪神社

神社の前に 八王子神石

すぐ左に 石仏 が並ぶ

街道より左遠望に 素戔嗚神社の森

喜殿池が左にみて喜殿町を過ぎると、前裁の町田園の中を進む。信号交差点があり、前裁幼稚園の立派な建物の右手奥に平司池と新池がある。とにかく池が多い

右手に 祠

祠の前の道を振り返る

近鉄天理線の踏切を渡る、すぐ右に前裁駅

踏切を渡ったすぐ左に 雲井寺

本尊薬師如来像

小さな お地蔵さん が街道脇に

右に池、この街道筋は非常に池が多い

池の西側に 春日神社

少し歩き右にセブンイレブンの先で左に折れて、布留川に架かる富杉橋を渡り、東側の川沿いの街道を南へ。橋を渡った正面には市立病院が建つ


富堂町信号交差点を横断して進む

左に池を見て東井戸堂町を進み、布留川北流の井戸堂橋を渡る

井戸堂橋を渡った右に 題目碑

その先右に 妙観寺 寺の西には井戸堂小学校

妙観寺の南隣に 山辺御縣神社 境内には沢山の石造物がある


真っ直ぐな街道で、暫く先で布留川北流に架かる橋を渡る

橋を渡ったところで、川が南に流れが変わるので、川に沿って川の東側の細い道を南に進む
細い道が、大木の手前で分岐するので、真っ直ぐの旧道を進む

大木の下に 宝篋印塔と石仏

九条町の集落の中の旧道を進む、大きな蔵のある民家が建ち並ぶ

布留川南流に出る、横広橋が架かっている北側袂に 祠と常夜灯

布留川南流に架かる横広橋を渡る、渡った袂で右に折れ直ぐまた左に折れて備前町に入る

そして再び真っ直ぐな街道を南下するが

街道沿い右に 石碑と燈籠

天皇神社(本殿 重文)が右に
旧備前町庄の鎮守で、天皇とは牛頭天王の意味で素戔嗚尊を祀っている。文永九年(1272)の創始と伝えられ、本殿は応永三年(1396)一間社春日造の屋根檜皮葺きで、室町時代初期の特徴をもつ。殿内には、薬師如来・大梵天・牛頭天皇・天満天神の各木像が安置されている。

朱塗りの美しい 拝殿

街道左側一帯は長柄運動公園

街道は51号線を真っ直ぐ南下する左に馬田池公園を見て、その先で、真面堂川に架かる備前橋をわたり更に南へ、田原本町に入っていく

右に 最福寺・教念寺 と続く


お寺に隣接して 素戔嗚神社

神社のすぐ先で、左に古池・右に新池を通り、街道沿い右に 碑が石囲いで二基
金比羅宮大神


左、古池の傍に 常夜灯

写真前後するが、左の古池の手前右に、お寺と神社があり、信号交差点を越えた左が古池でその角に常夜灯が立つ。そして右に新池があり碑がある
寄っていないが、古池の東側には 融通念仏宗長谷寺と倭恩智神社 が建つ


古池・新池堤防改修碑 が池の畔に立つ


街道を進んでいくと、為川北方に入り橋を渡る

橋を越えた左手に 光源寺 が見える

為川北方南から南方に進んでいくと、右後方から大和川が街道に接してくる。接してきたところ右の橋は大川橋。大川橋を右に見て大和川の東側の街道を進む

大和川に架かる大川橋から、大和川の北方を見ると、向かって右(為川北方)は光源寺。その東南の池の傍には、明専寺。更に大川橋の東南には須佐之男神社。大川橋より大和川の西側、西北には春日神社。大川橋の真西には善照寺、更に大川橋の西南には、式内岐多志太神社が散在する
大川橋からの大和川を挟んだ東西の眺め


大和川を右に東岸を南下すると次の大和川に架かる蔵人橋を右に渡り、再び川より離れ乍ら南下する
蔵人橋を右に渡り左へ

蔵人橋を渡る手前左に 浄福寺

蔵人橋を渡り左に折れて直先で、川沿いの道とに分岐するが、右の旧道を入り南へ大和川に離れる

橋を渡った道を左に折れずそのまま進めば右側には、八幡神社 がある


分岐する左角の 地蔵神社・祠



すぐ先右手に入ると

村屋坐弥冨都比賀神社 (むらやにいますみふつひめ)

境内には、町の木であるイチイガシの巨樹が繁っている

左手には 大神宮の常夜灯二基


自然石の石造り物

街道の戻り南へ
蔵堂に入る、田園が広がり見通しがよい

江包に入り舗装道路がなくなり、畦道が真っ直ぐ伸びている
寄らないが右(西)に入ると笠形池がありその西側に 春日神社

右に住宅をみながら畦道を南進



田園の中の旧道を気持ちよく進む

この辺りで田原本町味見から桜井市大西に入る。県道14号線の信号交差点を越える

交差点を越えたところで振り返る

交差点を越えた右に 祠と石碑と常夜灯

橿原市大田市町に入り、橋を渡り南下すると街道は分岐しているので、右に進み更に橋を渡る

橋を渡ると右に 天満宮神社


天満宮神社の前の旧道を南に進む、この先の大田市の街並みは、中ツ道の中でも古い街並みがよく残っている

左に お堂

右角に 自然石の道標 がある

細い旧道、集落の中を通ってきたところを振り返る。道標は手前左

街道西側(右)に太田市池が広がる

その先南で車道に出て右に折れる

更に車道の一つ目の信号交差点を左(南)に折れる

東竹田町を南に進む

やがて架かる竹田旭橋を渡る

竹田旭橋を渡り川沿いに左に折れる

すぐ右に 竹田神社


境内の 灯籠と石造り物

大田市町から東竹田町の旧道は間違っているようでハッキリわからない。このような旧道らしい道もある

川沿いを進むと 融通念佛宗融宣寺

街道右側に 常夜灯

続いて 憧念寺

更にその先の分岐する道を堤防沿いの左の道を進む

右に耳成高校見て進む

左の還元橋で橋の反対側の右(南)に曲がる

右に折れると直に信号交差点に出る。真っ直ぐの道は畦道しかなく迷った

畦道が旧道で正しいようで真っ直ぐ畦道を進む。中ツ道は古道だから変化しており仕方ない
本来なら当然迂回だが、旧道探しで万一間tがっていても仕方ないが、私の旧道歩きの信条
畦道を真っ直ぐ進んでいくが、先にビニールハウスが見える


先に道がないようだがヶるところまで行こう

畦道の先、ビニールハウスの手前が小川になっていて橋が架かっていなく渡れないので困った、飛び越えれないほど幅が広い、ここで旧道は消失。左右さがしたがない

止む無く小川沿いを左に迂回して対岸に出る、でもここまでこれたのだから満足

対岸に出て少し対岸のビニールハウスの間を進むと、カーブミラーのある舗装の道に出た。舗装道を更に越えて、畦道を進む

畦道が終わり住宅地の前に出る

舗装になったところより振り返る、多分私有地でないかと思いますが、人がいたら謝ります

住宅前の舗装がなくなり地道の側溝沿いの畦道を南下。その先で、近鉄大阪線の踏切を越える。右に耳成駅
前述の畔道で道が消失したところからここまで約700m(迂回するといいです)

踏切を越えたところ右に 市杵島神社

神社の隣に並んで 浄福寺

石造物 が並んでいます

踏切を越え多分前述の畦道の南への延長線上で復活し細い西之宮集落の中の道を進む

左角に祠がある辻で左に曲がる、この辻、東西の道はかつての 奈良横大路 との交差点です

出てきた旧道を振り返る 出てきた左角に 祠

三輪神社西南隅の礎石
ここは中ツ道と横大路の交差した場所にあたる。現在の定説では、藤原京城の北東角に位置する。この礎石は、直径140cm、円座直径110cm、厚み40cmの花崗岩製で、藤原京内の寺院のものを持ち出したか、あるいは「大和旧蹟幽考」のいう、面堂の遺構か詳らかでない。(桜井教委)やはり間違いがなかった。
祠の後ろ側の礎石

横大路を少し重複しながら東(左)へ進むが、横大路の西側の街並みを見る

横大路を東に進む 膳夫町

左に 三輪神社


すぐ右に 常夜灯と傍に庚申


横大路と重複しながら東への旧道

左に 阿弥寺延命子安地蔵堂

境内の老木と石碑

辻から300m程すすんだ地蔵堂を左に見て、その前の道を右(南)に折れる
横大路は右に折れず真っ直ぐ進む。右に折れた街道

その先で橋を渡り左にカーブしてすぐまた右に道なりにカーブして南へ。
左にカーブしたところでJR桜井線の踏切を渡り、南へ再び真直ぐの道

南への真っ直ぐな道、途中 初瀬街道と交差する辻がある

初瀬街道との交差辻を越えて直、左に 祠 通り越したが祠の先が 初瀬街道 との辻で振り返る


旧道風情のある街筋を進む

すぐ左に 蓮生寺

隣に 念仏寺

少し広場になったところを真っ直ぐ進む、この辺りは大きな民家が並ぶ街

右に 祠 背後が香久山小学校

小学校の過ぎた先で十字路を横断して進む

香久山 が美しい南浦町に入る

坂を上っていくと分岐、右に古池を見て右へ

旧道の右、古池の北側に 草枕の歌碑

右に古池を見ながら進む

少し山道に入る

街道を振り返る

その先左からの道と合流、東池尻町にでて右に折れる

旧道を振り返る

新しい舗装道に出て右に折れて坂道を上る

綺麗な山裾の道だが、昔はおそらく峠道であったのだろう。万葉の森の標識が建っています

右に 天香久山(152m)を見ながら景色を眺めながら快適に歩く、この辺りはさすが歩道もしっかり付いていて安心して歩ける

この辺り街道の両側少し離れていて寄り道できないが結構沢山の神社や遺跡が散在する
坂を下り信号交差点で真っ直ぐでなくすぐ右の畦道に新道と並行するように入りその先でまた合流する

この畦道を進む



畦道を進むと左からの新道に合流して右へ橿原市南山町へ

合流した後車道を進む

その先で少しの間だが、左に入る旧道が残る

少し先で新道に出てきたところを振り返る

右にカーブする左高台に 浄福寺

街道沿い八幡神社の 燈籠

左高台に 八幡神社


古墳のようだが分からない、坂を下る

下る途中、左にホテルウエルネス大和路

坂を下りきると、街道は車道のT字路に出るので右に折れる。左に進むと桜井市街地

右に折れた県道15号線を南西に自動車道を進み 飛鳥に入る。
この先は左に山田寺跡と史跡が沢山あるが、(別途飛鳥路等の資料参照で詳細を載せています)

前方で右(西)にカーブして、右に 飛鳥資料館 が建つその前の 緑の道標

道標の前から振り返る

飛鳥資料館前から奥山交差点方向(飛鳥市街地への路)

奥山交差点で中ツ道終わり、ここから 岡街道で芋峠から吉野へ (別紙芋峠越え参照)
この起点で思ったことだが地地図を見ると、南山町の浄福寺の前に出る以前で街道は左に大きく迂回していますが、西に大きく迂回せずに、もしかするとかつては、真直ぐ南に奥山地区を抜けて、奥山交差点に出ていたのでないかと、今までの歩いてきた直線的な南への街道から判断するとそのように考えるが、博学の私には分かりませんが。
中ツ道 完歩


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