嵯峨街道

2012年9月2日

阪急桂駅最寄りの山陰道樫原~周山街道福王子交差点の分岐

梅田阪急京都線で桂駅まで
嵯峨野は平安時代には貴族たちの遊猟地となり、近世には丹波山地を源流とする保津川が嵐 山の麓では大堰川、その下流で桂川と呼ばれ洛西を流れる。
嵯峨街道はその嵯峨野と山陰道の宿場町、樫原を結ぶ5㎞の街道。保津川舟運の物資の集積地の嵯峨野と陸運の要衝樫原、街道は二つの要衝を結ぶ重要な道であった。嵯峨野は丹波の木材や竹、炭などの荷を陸揚げする津が設けられた、ここから嵯峨街道を経て京に運ばれた。一方桂川の舟運で山城地方にも運ばれ、活気ある物資の集散地として賑わった。
また、樫原の宿場町はさらに南の西国街道から嵯峨野に通じて北上する物集女街道と、京から出雲を目指す山陰道が交わる分岐点でもあった。樫原の宿場は江戸時代には更に賑わい、俗に「フンドシ町」といわれるほど、人家が街道沿いに長く続いた

       山陰道堅原   7時 スタート 
      福王子交差点 11時05分 完歩2
           4.143歩  14.48km  1.061kl

阪急京都線桂駅 

桂駅西口を出て、線路沿いを南に200mほど歩いた一筋目の交差点と左に踏切がある所を右に折れる。  左から 山陰道・篠山街道が桂大橋を渡って合流してくる。樫原交差点まで重複して歩く

右に折れる交差点右角に松尾七社の一つ 松尾大明神(大宮社)

神社前の道を西へ信号交差点を越える、100mほど先で道は分岐するが左の道を進み、道はやや左(南西)に進む

その先道なりに進んでいくと、広い道の信号交差点に出る。
スタート地点の樫原交差点

嵯峨街道はこの交差点で右折れし北へ、山陰道 は真っ直ぐ進み、樫原宿を抜けて西へ

交差点の西側から来た道を振り返る

嵯峨街道の西側を流れる小さな 小畠川 洛西西幹線用水路であるが、昔から、別名明智川と呼ばれてきた。嵐山渡月橋畔大堰川から分かれ、「京の五ッの岡」の一つ西の岡十一郷一帯の田畑を潤おしている

小畠川の袂に立つ 勤王家殉難の地碑

碑の街道を挟んだ向かいに 郷倉

浄土宗龍淵寺

辻の お地蔵さん

小泉家

旧山陰街道沿いの樫原宿は、大名行列が入洛する直前の宿場町で、幕末の頃、当家の当主、小泉仁左衛門は長州藩御用達の油商を営んでおり、展示している油壺は当時のもの。1864年蛤御門の変が起こり、長州藩士の梅本達之助ら3人の志士は此の付近の樫原札の辻で殉死している
樫原宿については別途、篠山街道の資料で詳細に載せているので参照してくだい

横道に逸れましたが、嵯峨街道を樫原交差点より北に出発します
樫原の交差点より北左右(東西)の道は、篠山街道・山陰街道

暫く先に左右の橋が見えるのが天井川

天井川の下を潜る

新山陰道(国道9号線)の千代原口交差点を越える

右に西京区役所を過ぎ、桂中学を右に見て進んでいくと

山田口の交差点に出る、右に折れて行くと上桂駅
左に折れて行くと、山田岐れから唐櫃越えの道 へと進む
嵯峨街道は真っ直ぐ進み、阪急嵐山線に突当り線路に沿って左(北西)に進むが、広い新道で特に何もないので山田口の交差点を左に回っていく

交差点を左に折れた 唐櫃越えの道

一つ目の信号交差点が 山田岐れ 右に折れる

山田岐れ交差点の左右の道は 物集女街道 でもある、交差点の左西角に 道標 「右 浄住寺」

右に折れて、嵯峨街道と物集女街道と重複しながら嵐山まで進むが

左(南)から来た物集女街道の道

(注)やはりややこしいが、この先は物集女街道の資料にゆだねるとして、結局、元の山田口交差点に戻り北に進むこととした
山田口を北に進み、阪急嵐山線に突当り左に進む

線路に沿って嵐山方向に進む

嵯峨街道をこの先真っ直ぐ進めば、嵐山線の松尾大社駅に出るが、ここGSの手前、鈴虫寺への標示がある左への道を入る。(街道でないが線路沿いを進むより車が少ない)

左に折れた道筋

松尾の交差点の左に、椋の大木と燈籠

西芳寺の 道標

左に 浄土宗玄忠院

その先左に入っていくと 竹の寺臨済宗地蔵院
この地はかつて歌人の衣笠内大臣藤原家良の山荘があったが、その後1367年に管領の細川頼之が建立、その後一大禅刹となったが応仁の乱により焼失。江戸時代に入り寺観が整えられた。一休禅師が幼少のころ修養の寺でもある

元の道に出てきたところに かぐや姫御殿

更に少し西に(寄り道)進むと 西芳寺(苔寺)

私の若いころは簡単に見学できたが、現在は予約もいるし、厳重なガードがされている時代の変化が感じられる

かぐや姫御殿の所に戻り、その東側の細い道を北に進むと、右に曲がる左角にある
鈴虫寺

見学の人たちが並んでいる

鈴虫寺の角を右に折れて100mほど進むと左に 谷ヶ堂 最福寺跡

曲がりくねったみちを北に進んでいくと 西光寺 

その先山麓を左に小川に沿って進むと 月読神社  487年山城の国葛野郡歌荒操田の地に社を創建したのが始まりで、856年に松尾山南麓のこの地に移ったと伝わる古い神社

月読神社を後に北へ進む

左に 

小さな橋を渡ると間もなく松尾大社

松尾大社の裏から入ると広場で何か催しがあったようだ、相撲大会

 松尾大社

神輿も出ています

朱塗りの大きな鳥居を出て、松尾大社駅前の松尾大社交差点に出る
朱塗りの鳥居

交差点から松尾大社を見る

松尾大社を左に、右に松尾大社駅を見て交差点を北西にやや広い道を進む

前方正面に愛宕山がよく見える

暫く進んだ左に嵐山の 道標

やがて道はT字路となり、右に行くと嵐山駅、嵯峨街道は左に折れる

左に折れて100mほど行くとT字路に出るため右に折れる

右に折れたその先左に 真言宗法輪寺
713年元明天皇の勅願により行基が創建。平安時代には清少納言の「枕草子」の寺の段に出てくる。その後、応仁の乱や蛤御門の変で兵火を受けたがその都度再興した。本尊は虚空菩薩は、「嵯峨の虚空蔵さん」として親しまれている

門前の宝篋印塔

本堂 虚空菩薩を祀る

多宝塔

境内からの展望 愛宕山

渡月橋

比叡山

その先の京都らしい街並み

大堰川に架かる渡月小橋を渡る

渡月小橋からの大堰川

橋の左袂に 三基の道標

西芳寺の道標

桂川に架かる 渡月橋

渡月橋から左(西)を見る

渡月橋から右(東)を見る

渡月橋の北詰

左に今は閉鎖した美空ひばり座

左に 

すぐ先左は 天竜寺

天龍寺勅使門

庫裏

天龍寺のすぐ先左側に 三秀院東向大黒天

街道右に 厄除立石地蔵尊

左に 道標2基 大きい方 「南 天龍寺 嵐山」 小さい方 「・・・・・」

左 嵐山オルゴール博物館の西側に 法然寺

すぐ先で山陰本線の踏切を越える

左に 開運毘沙門天

左に 道標 「右 とりい本 左 あらし山」

左に 愛宕神社・野々宮神社の御旅所

朱塗りの鳥居の袂に 愛宕野々宮両御旅所の道標

正面 嵯峨清涼寺の仁王門 嵯峨街道は突き当たるので右に折れる

突当りを左に折れると、落柿舎・祇王寺・宝筐院・常寂光寺・二尊院等々が点在する。
後ほどここに戻り、愛宕街道 は左に折れて進む分岐点

山門前に 五基の石碑や道標 が並ぶ

清涼寺(嵯峨釈迦堂)

境内の 奝然上人の石憧 その横に嵯峨天皇・源融の宝筐印塔、檀林皇后の五輪塔 が並ぶ

境内の 豊臣秀頼の首塚 大坂の陣 諸霊供養碑

山門前に出て東に進む左に 

愛宕山の燈籠

清涼寺前を西に進み振り返る、右に安政年間(1854~60)創業の嵯峨豆腐老舗「森嘉」

小川を渡り交差点を越えて進む 

左に 愛宕山燈籠 この道筋は愛宕山参詣の道であり愛宕山燈籠が多い

左に お堂と愛宕山燈籠

大きな 道標 
東面「すぐ あたごみち」南面「ひだり あたご道」西面「すぐ きたの みき 三条 六条 ふしみ」三条街道からの合流点がわかる

大覚寺門前交差点にでる

交差点左角に 延命地蔵尊 

大覚寺門前交差点を左に折れた先に大覚寺があります

街道は交差点を真っ直ぐ進む

その先で小川に架かる橋を渡る

広沢池の手前で左から 千代の古道 が合流してくる左に児神社

千代の古道が左から合流(千代の古道は別ファイル参照)

合流点角に 千代の古道 道標

合流点の左に 児神社
寛朝僧正が他界した際、悲しみのまり池に身を沈めた僧正の稚児を弔うために建てられた

広沢池
宇多天皇の孫、寛朝僧正が、平安時代中期に、池の北側(遍照寺山の麓)に遍照寺を建立したことに併せて造られたと伝わる。また別に用水池として掘られたともいわれる。寺は美しい大きな寺であったが早い時期に荒廃した。その後、ここから南約300mの地に再建された。
この池は、西に位置する大覚寺の大沢池とともに、ふるくより観月の名所として知られ、多くの歌人によって数多くの歌が詠まれた。

左 広沢池の道標

広沢ノ池と背景は愛宕山

右に 千代の中道の碑 があるが歌は詠めない

何とも言えない落ち着いた景色で心が洗われる

広沢池が過ぎその先の山越の街道

左に 浄土宗印空寺 
お寺の門前に 旧御室御所茶所の石碑了海上人遺跡の石碑が立つ

一乗山越え通りの交差点に出るので真っ直ぐ進む。千代の古道はここで交差点を右に折れて進む

交差点を越えて100mほど行ったところで左に入る坂道がある。ここで旧道でないか迷ったが結局分からなかったので入らなかったがやはり、途中で旧道は病院で焼失するが後の祭りであった。後日別途千代の古道歩きで歩いた。(千代の古道ファイル参照)

更に東に進んでいきます

 右に 念佛宗無量壽寺京都別院

その先右に 祠

嵯峨街道 きぬかけの道

左に宇多野病院その東に市立鳴滝総合支援学校があります

御室川に架かる鳴滝橋を渡る

御室川の深い川をみる

嵯峨街道終点(起点)の福王子交差点、周山街道 に合流、周山街道は北南に走る 

交差点の北東角の 福王子神社

嵯峨街道  完歩

今日は引き続き、清涼寺前まで戻り愛宕街道に挑戦する。福王寺交差点より5km程あるのでタクシーに乗ろうと思ったが空車はこなく止む無く途中まで京都バスに乗ってそこから歩いて清涼寺前に戻る

福王寺交差点よりまた元の道を、清涼寺門前まで戻る道正面の山は愛宕山

嵯峨野の長閑な田園風景

六道の辻、新しい道標

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