忍坂街道

 2013年10月6日

大宇陀市内原~女寄峠~栗原寺跡~栗原川に沿い~大和朝倉駅西の宇陀の辻~桜井駅の南の辻

自宅を4時30分に出て車で近鉄橿原神宮駅近くの駐車場に預け、近鉄で八木駅~榛原駅へ駅から少し歩いて起点の内原へ行く予定が、少し早く曲がり間違って右への道を入り大間違い、いつもの自分であればもっと早く間違いを気づくのであるがこの日は女寄り峠まで気が付かず大チョンボ、やむ得ず改めて内原まで下りそこをスタートする。
榛原駅結果2時間30分の時間的ロスとなる。
榛原駅  6時20分スタート 15.000歩 9㎞のロス
   改めて    8時50分 内原の起点をスタート。
     桜井駅  13時   完歩  

         38.394歩 23.03㎞ 1.749kl
引き続き桜井駅から 大和長寿道を歩く

近鉄榛原駅から忍坂街道の起点まで歩く

榛原駅前の道(370号)を道なりに西に進む

中西バス停で左からの新道に合流する。左の川沿いの370号線を歩くのもよし、川向い、川を右に沿て堤防を歩くのもいい。暫く川に沿って大きくカーブしながら進む

途中にある 

やがて篠楽信号交差点に出ると右角にローソン。交差点を真っ直ぐ進む

交差点を渡り、150mほど先で分岐するので右の道に入って進んだ。これが大間違いの始まり。

分岐する右角に 祠があるのでてっきり右の道と勘違いした。

ここで間違った道を右に入り大チョンボ左の道を進むべきであった。結果的にはまだスタート地点に着いていないのに早くも間違い

西への道を進んでいく 

かなり歩いたところの榛原笠間地区に入り右に 小さな 祠二つと碑が立つ

西への道を進む

右の入る分岐道を進むと森があり

右手に 桜実神社

色鮮やかで綺麗

神社全景

神社の道を挟んだ向かいの会館の広場に、笠間遺跡群之碑が立つ

神社を後に更に進む

小さなのようだでもこの道もなかなか趣きのある山里の道で歩きやすい

ここまで来て何か変だと思い始めでもまだ間違っていると確信が持てなかった

ここの辻に来て間違いがここまで来てわかる、左に曲がっていけば、大宇陀の内原へ行けるので、仕方なくスタート地点へ下ることとする。

正しい内原のスタート地点に戻り歩き始める 8時50分榛原駅前のスタート6時20分であったので、1時間30分のロス時間となった、約9㎞。
でも間違った道も新道であるが街道らしい雰囲気もあり史跡もあり良かった。

川沿いの217号線の野依の交差点が 忍坂街道の起点 を西へとにかく先ほどの間違った道を分岐したところまで同じ道を戻る

スタート地点の野依交差点から西の筋

すぐの内原の信号交差点を横断

田園風景の中を進む

暫く進んだ信号の分岐点を、栗原川沿いに左の道を進む

大宇陀小附の集落を進む

再び右からの新道と合流

合流して緩やかな坂を上る、旧道が少しだけ右に回り込んでいる

更に旧道が右に分岐する

右に分岐した旧道

直にまた合流

新道はその先で真っ直ぐ進み、女寄トンネルに入る。

 旧道は分岐している右の道を進む、右に入る道も結構広く最近トンネルが抜けるまで使われていたのだろう

左が新道でトンネルに入る、右が旧道トンネルは何か地下の潜るといった感じ

振り返ると向かって右がトンネルに入る入り口、旧道は左の道を来た

旧道は緩やかな坂を上っていきます

それほど高さを感じさせない 女寄峠

峠の境に 不動明王の石碑

峠を越えると桜井市

宇陀市側の下り

前述の間違った地点にやっと戻る。正面の見える道が間違ってきた道ここで道は左に急カーブする

そしてT字路となり、桜井への旧道は左に曲がる。右は榛原への間違った道

左に曲がる、T字路の手前にかつての旧道の跡が残るが廃道となり歩けない

T字路を左に折れて、少し下ったところから振り返り、少し民家の前まで残る旧道を見る

下ってきたところで、向かって右からの道はトンネルを抜けてきた道で左が今歩いてきた道

真っ直ぐな下り道を進むが、歩道が無く車が多く注意が必要

かなり下ってきたところ左の谷間辺りに旧道が通っていたのではないだろうかまず間違いないだろう

下る途中右に お地蔵さん

左に広がる山里の長閑な風景

右に国道より入り、左に鋭角に曲がり国道の下のトンネルを潜り国道の左側の旧道に出る。旧道の復活

トンネルを潜り左側の栗原集落に出たところ

栗原集落を進みます

集落の中ほどに左 栗原寺跡の案内板と男坂傳稱地道の道標 街道より離れて左に⦅寄り道⦆をする

左への急な坂道を上る右側に、石仏が並ぶ

右に折れて、左に折れる

暫く登っていくと左に 念佛寺

更に上ると 天満神社

神社の先に 栗原寺跡(おおばら)

史蹟 粟原寺跡の石

神武天皇遥拝所の石碑

金毘羅大権現と刻まれた自然石

栗原寺跡
栗原集落南端の天満神社境内及び隣接地に、塔跡・金堂跡が残り標高260m前後に位置する。この栗原寺建立のいきさつを刻んだ三重塔の伏鉢は、談山神社蔵(国宝)として残っている。その銘文によると中臣大島が草壁皇子のために発願し、持統天皇八年(694)から造営を始め715年にかんせいしたと刻まれている。

元の街道に戻り先を進み街道より栗原寺方向を見る

栗原集落から歩いてきた国道と女寄峠方向を振り返る

分岐があるが右に上れば国道に出る。真っ直ぐ川沿いに旧道を進む

栗原寺への上り口と集落を振り返る栗原寺跡に行くにはかなり急な坂道であった

右上の国道に比べ時が止まっているような静けさと景色

栗原の集落を抜ける栗原の集落を抜ける、国道に沿った旧道が消失するので止む無く国道少し歩く

国道166号線に合流して進むこの辺り歩道がなく車が多いので注意左下に旧道が復活するので左下を歩く

右の国道際にある 

この辺りには沢山の遺跡が残る

国道の左下に沿って旧道があるので助かる

暫く歩いたところで旧道が消失して右の国道に合流

下尾口のバス停と新しい道標(緑の道標と刻まれている

バス停の先の道、長い下り坂が続く

左の遠望 天王山古墳 東南方から北西方にのびる尾根上に造られた方墳で、この尾根上には他にも多数の小古墳が散在している。六世紀後半に築造されたと推定されている。大化前代の支配者層の墳墓と考えられている。

国道より天王山古墳への入口と遠望

少し進んだところで交通案内標示の所で、国道は左に旧道は右に折れる

右に折れたところの道筋、すぐ左に大きくカーブする

そこには、忍坂街道の石碑が立てられている。「忍坂道伝承地道」の石碑が、聖蹟伝承地が数多くある桜井市が、昭和15年に建てたもの。神武天皇東征のとき、東に位置する宇陀(松山)から半坂峠を経て栗原へ、そして忍阪の村を通って宇陀ヶ辻への道、また向垣内橋から浅古への多武峯への道が忍坂道といわれている。
歴史ある古道です

国道より右に入った右草むらに 道標

忍阪集落を道なりに

右高台に石段を上ると高円山 石位寺

日本最古の石仏 石造浮彫伝薬師三尊像(重文)

石位寺の高台から西の街道を見る

街道を200mほど進んだところ

すこし右に⦅寄り道⦆を坂道を上る。

上り口(街道沿い)右角に 欽明天皇陵の道標

坂の途中左に 神籠石(通称:つご石)石の上には半鐘

更に坂を上る

左からの細い道が合流してくる手前右に 

正面に 欽明天皇押坂内陵敏達天皇皇子押坂彦人大兄皇子 糠手姫皇女押坂墓 

古墳時代の終末期にあたる7世紀に造られた。欽明天皇は641年に崩御、皇后は斉明天皇で二人の間の子供に、天智天皇・天武天皇・間人皇女がおり飛鳥時代の主流を上りつめたファミリー

更に山道を上っていくと

鏡女王忍阪墓  鏡女王は藤原鎌足の正室

欽明天皇皇女大伴皇女押坂内墓 大伴の皇女は欽明天皇と堅塩媛(蘇我稲目の娘)の皇女で、兄弟には推古天皇・用明天皇がいる。聖徳太子の叔母に当たる。

再び坂を下る途中に

鏡王女の歌碑

小川沿いに下り陵の入り口に出る

坂を下っていくと、先ほど上ってきたときの合流した地点、右の道をとり街道に出る

下ってきて街道に出てきた辻上った時の道、どちらでもいい

下ってきてT字路の街道に出て、左に折れたすぐ左側に 玉津島明神

すぐ先右手に 忍坂坐生根神社

長閑な忍阪の集落を進む

小川を渡り、西へ進む

T字路となり左から166号線が合流する

T字路を右に折れすぐにまた国道を分岐して右の細い道に入る

T字路に出てきたところを見る

細い道を右に入り左にカーブをして進むと、左角に桜井忍阪局がある交差点を左に折れると、166号線の忍阪信号交差点に出るので国道に沿って右に折れるが。  
⦅寄り道⦆交差点を真っ直ぐ進み、男坂橋を渡りすぐの交差点を左に進むと、
押坂山口坐神社がある

押坂山口坐神社の巨樹 

室町幕府の第二代将軍足利義満は、京都北山の金閣寺を道営するにあたり、天井板を一枚貼りにしたいためにこの神社の楠の大木を切り出したといわれている。現在の楠の巨樹は二代目といわれている。

忍阪の交差点に戻る

信夫が丘のバス停の先の信号(忍阪交差点の一つ目)で川の手前、橋を渡らず川沿いに右に沿って進む

暫く進んでいくと、165号線との宇陀ヶ辻交差点に出るので左斜めに横断して西に進む

交差点の右角に立つ 道標 「・・・天皇御陵道」       

横断して真っ直ぐの道西へ、右手には近鉄線が沿う

街道が細くなり左の川に沿って、雰囲気の良い街並みを進む

この辺りの街道筋は素晴らしい

この先川沿いの道か、左の奥田酒店を過ぎたところの左の橋を渡って細い集落を抜ける道かわからない。多分旧道は川沿いだろうが。橋を渡って左に進むこととする。

左に入ると、豪壮な蔵付きの旧家の建物が目につく。

豪壮な建物で突き当たるので、左に少しズレて南に真っ直ぐ進むと、左に 不動院

不動院には像高85cm、左目を閉じ、頭頂に沙けいをあらわす平安時代後期の不動明王の姿で、檜材を用いた寄木造りで、(国の指定)となっている

境内の 宝篋印塔

先ほどの突当りの道に戻り、細い道を西に進むと右に東林寺、左に報恩寺と続く。
左には、広大な 桜井茶臼山古墳が見えている

古墳の南側の165号線より見る特に説明版がないので誰の古墳か分からない

横に逸れたが、報恩寺のすぐ先でT字路となり右に折れて栗原川を渡るが、そこに道標がある「右 ・・・・・・・・」

栗原川を渡り、川沿いの東を見るとこの道がやはり旧道と思える

左の栗原川に沿って西へ進む

旧家の大きな建物が残る街筋を進んでいくと、栗原川の跡貝橋を渡った左にも豪壮な旧家 

橋を渡った右袂に、お地蔵さん

橋の先で旧道は分岐するので左の道を進む

更にすぐ先で旧道が分岐、右の道を進む

分岐する手前左の少し段上に 題目碑と威地蔵さん

桜井の中心地の町筋に入っていく

右少し入ると 琴平神社

左に重厚な旧家この街筋には沢山の素晴らしい旧家が残っている

左に商家 山本五平薬局

本町通り3丁目商店街に入るが人は殆ど見かけないどこの商店街も同じようなもので、人通りの多いのはまれであります

商店街を進むと左に 来迎寺

商店街も終わり、JR桜井駅前の南北の道に出る

桜井駅南北の道、正面桜井駅

本町通り商店街で、忍坂街道終わり

右桜井駅

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA