2011年3月8日
桜井駅・初瀬街道との辻~明日香石舞台~芋峠~吉野町の柳の渡し
今朝も結構寒い春もまだ少し先だ。自宅6時車で近鉄下市駅近くに車を預け近鉄で桜井駅まで乗り継ぐ。
八時桜井駅をスタートする。今日は途中芋峠へ向かう柏森地区で古道を入らず新道を通ってしまって、途中で古道があることを知り、途中から古道を逆に戻り、小峠まで上って時間的に無理なので、柏森地区から小峠までは後日改めて歩きました。
それから古道を進むも、芋峠で新道に下りるところが分からず、竜在峠方面の峯を進んでしまった、20分程歩き、回りの様子が違うことに気が付き芋峠へ引き返すも30分以上のロスをつくる。後で地図を見て冷や汗をかいた、とんでもない方向であのまま歩いていたら大変だっただろう。
岡街道は奈良と吉野を結ぶ古道で、大和三山の間を縫い、飛鳥川沿いに進んだ後、芋が峠越えで吉野に至る。平城京と飛鳥を結んだ古代の中ッ道の延長にあたる道とされている。生活資材の運搬の道として近世まで重要な道として利用されていた。
桜井駅 8時スタート
柳の渡し跡 16時30分
下市駅まで歩き 17時10分着
52.807歩 31.68㎞ 1382kl
近鉄桜井駅 南口正面を50m程南に進んだ、磐余の道・岡街道起点のところの信号を右に折れ、右に線路を見ながら200m程進むと右に踏切があり、そこを左に折れる

左に100mほど進むと寺川に架かる橋の手前右手にに 地蔵堂

そこからさらに100m程で国道165号に突き当たる。初瀬街道 が左右に通る、その辻を右に折れる

1つ目の信号

100m程先の二つ目の谷田信号を左に曲がる。磐余の道はここを南下する起点です。
初瀬街道は真直ぐ

谷田信号よりこの先の街道を見たところ

右に中和病院を見て真っ直ぐ進みます

安倍郵便局の少し先を左に折れて少し歩くと右手に新しい 安倍文殊院の石碑 があります
安部文珠院
大化元年(645)に創建された、日本最古に属する寺院。華巌宗東大寺の別格本山として格式も高い。本尊は「三人寄れば文殊の知恵」で有名な文殊菩薩で快慶作(国宝)学問の神さもとして親しまれている



十一面観音とご分身奉納仏

石佛け

合格門


如意宝珠



ウオーナー博士の報恩供養塔


山門

文殊院西北古墳 腰掛ける不動安置

本堂
当山の御本尊文殊菩薩が安置されています

境内にある 伊勢神宮への大道標

安倍文殊道標

街道に戻り進むと、文殊院裏入り口も街道を挟んだ向かい側の角の立つ 道標 民家の塀に組み込まれている


右の安倍史跡公園を見ながら真っ直ぐ進みます

この辺りには大きな旧家がたくさん残り、その先右にカーブしながら進みます

その先信号に出るので真っ直ぐの道を進みます

直ぐ左側にある 地蔵堂

更に細い旧道を進む先四つ角左手角にある 地蔵堂


地蔵堂の四つ角を右に折れて

100m程進むと広い自動車道にでるので左折れします

県道15号に出て暫く歩き、左手に奈良県銘木協同組合、その先、飛鳥に向かって進みます。県道15号、歩道も広く歩きやすい

途中旧道らしき道があったので左斜めに入っていったが違ったようだ

この辺りはもう 明日香路

県道は右に緩やかに曲がるが、旧道は左に折れます

左の折れる左手角に 道標を兼ねた地蔵

静かな旧道を進みます

その先民家が集まったところに左に入る道があり左手角に、小さな石仏と磐余道の道標 桜井から歩いてきた道を 磐余の道


さすが明日香です、道の袂の 石佛 も大切に祀られています

突き当たりに 山田寺跡


旧道に戻り少し進むと右から15号が合流します

合流した先、左手に お地蔵さん

飛鳥資料館手前右手に 自然石の緑の道標

飛鳥資料館前の街道

飛鳥資料館 飛鳥を知るにはここに入らなければ


飛鳥資料館を右にみて、その先の奥山信号を左に折れる左角は食事処山田亭。この道は明日香の東側を南北に走っている、岡寺前を通り石舞台へと通じています。
飛鳥については史蹟ばかりで前に進まないので、詳細は飛鳥路に載せていますので、余り立ち寄りません

少し進んだ右奥にこんもりした林が見えます

小原の里で藤原鎌足の母、大伴夫人の墓と伝えられ、墓は東西11m、南北12m、高さ2.4mの円墳である。この辺りは蘇我入鹿を滅ぼし大化の改新を断行した中大兄皇子の腹心、鎌足の誕生地と伝えられています

その手前右手にあるのが、藤原鎌足誕生の地といわれている。小原の里の小原神社



右奥に 産湯の井戸 といわれています

大伴夫人の古墳よりの全景


神社前にある 石碑

わが里に 大雪降れり 大原の
古りにし里に 落らまくは後
わが岡の おかみに言ひて 落らしめし
雪のくだけし 其処に散りけむ
その先少し右の坂を下る旧道ではないが車に安心

坂を下ったところに 石碑 に刻まれた歌碑があるが私の薄学ではチョット読めません

歌碑のところからの 明日香路の風景

万葉文化館前信号を左に横断する右に県道に沿って少し細い道を進みます


右手飛鳥村の中心地方面の遠景集落の向こう側の小高い林は 甘樫の丘

岡寺手前に お大師さんの寺あすか大師匠


天智天皇岡本宮御遺蹟の石碑

岡寺の駐車場、この辺りに先ほどの細い旧道がでてきていたと思われる少し左に入ると
岡寺

岡寺全景

仁王門

三重宝塔と大師堂

本堂、開山堂 日本最大、最古の如意輪観音堂

鐘楼

稲荷社

開山 義淵僧正廟所(宝塔・南北朝時代)

岡寺より明日香の遠景

岡寺の西側にある 治田神社


治田神社前の坂を下っていきま


坂の途中左側に情緒のある坂の茶屋があります

坂を下ると県道に出る道があるので合流して左に進みます

暫く県道を進むと信号交差点に出る。レストランやレンタルサイクル等々公園になり休憩所がある。右に行けば飛鳥の中心地

旧道は信号を左に進むと少し先右手に 石舞台古墳 がある

石舞台古墳内部


石舞台古墳の復元石棺
大規模古墳で6世紀末期から7世紀初頭のものと判明、上円下方墳と推定されている。蘇我馬子の桃源墓 といわれている

古墳全景
桜井から石舞台まで 磐余の道 ともいう

石舞台公園を右に見てすすむと突き当たりに出るので左の道は 多武峰(談山神社)への新しい道。岡街道は右に折れる

直ぐに冬野川に架かる都橋を渡る。この辺りは明日香中心から南東にあたる

橋をわたり100m程進むと、左に少し山麓に上る道があり入り口に案内標木

くつな石の案内標木を100mほど上ると左手に 都塚古墳(金鳥塚とも呼ばれる)
6世紀後半のものと推定。横穴式石室に家形石棺を納めた


旧道に戻り進みます

その先旧道よりほん少し右に入ったところにある
マラ石


その先左手細い坂を上る入り口に立っている 坂田寺跡の石碑

坂田寺跡 耕作地となっています


坂田寺跡を左に見て飛鳥川を右に沿って通り過ぎて静かな山村を進みます

坂田地区を振りかえる、棚田情景をみながらどんどん山間の道を進んでいくと

道は二股に分かれ、新道は右に旧道は左の集落に入っていきます。新道が分かれるところで飛鳥川に架かる勧請橋を渡ります

勧請橋には男綱が掛けられていて、この先の柏森には女綱が掛けられ村への悪の進入を防ぎ、五穀豊穣・子孫繁栄を祈願するための昔からの神事であるそうです

集落より男綱方面を振りかえる

稲渕の集落に入ります


男綱の先集落内の右下飛鳥川に下りていくと 飛び石 があります

向かって左に下りていくところに飛び石の案内柱


その先に左高台に 竜福寺

本堂と竹野王碑



少し進み、旧道から左に入る角に 南渕先生墓の道標 傍に沢山の 石仏 が並んでいます

民家の軒の細い道を上っていくと

南渕請安墓 がある。推古天皇16年(608)遣隋使学僧として派遣された一人で在唐32年欽明天皇12年(640)帰国し、中大兄皇子・藤原鎌足らに「周孔の学」すなわち儒教を教えた。飛鳥川の上流南渕に巨住したと伝えられる。大化の改新を推進した一人といわれている

墓域

高台にある墓全体

先ほどに入り口のところに戻ったところ

少し進んだ先から振り返る

飛鳥川に沿って左に大きくカーブし右に再び大きくカーブする左側に、関西大学飛鳥研究所

研究所の先、神奈備橋のところで右から分かれていた新道が合流してくる。そのまま右に飛鳥川に沿って上流に進みます

やがて左に 飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社


舌の噛みそうな長い名前の神社、その上石段まで長い192段の石段を上ることに


本殿

柏森の綱掛神事石 女綱
神社を過ぎ緩やかな坂道を上っていくと右手に綱掛け神事の福石に綱が巻かれています。この上の方に女綱がかかっているのだが見当たらない

その直ぐ先右に入る案内板がある。右に行けば 高取城跡・壺坂寺への山道

本日は目的地でないので行きませんが何か興味の湧いてくる道です

その先、柏森の集落に入ります

集落の手前で道は分岐して、右は新道を芋峠へ進むが、旧道は左の集落に入ります

柏森集落の旧道

集落の中で飛鳥川(右)と細谷川(左)が合流する。進行方向からすると分岐する。更に細谷川は直ぐ先で細谷川(左)寺谷川(右)が分岐する。寺谷川に沿って少し歩くことになります

右手に柏森集会所があります

集会所の前の道を入り、入ったところから振り返る

左手に 浄土宗壽亀山龍福寺

その隣に 加夜奈留美命神社


集会所の前の道を真っ直ぐ進み、間もなく柏森集落を抜けて右からの新道に合流して芋峠を目指す。
山道を上り続けて小峠を越えてきた古道が左から出てきて合流した時、小峠越えの古道があったことが分かり後悔しきり、今さら引き返せないので、後日その間だけ歩くことにしたので、まず数枚の間違った新道が載っているが、なかなか新道の方も街道らしい快適な山道であった。(小峠越、後日歩きました)
柏森集落を抜け右からの新道と合流するところを振り返る

新道の山間の道を進むが、車も殆ど通らないし快適な道です

飛鳥川に沿って曲がりくねった道を上っいく右手に 滝 が見えます

整備された綺麗な道、素晴らしい

飛鳥川の源流であろう、段々と細い川になっていきます


ここで左から、小峠からの古道がおりてきて合流、古道があることが分かった

ここで間違ったことが分かったが、このまま本日は古道を歩いた、後日改めて小峠だけ歩いたので、順序的に柏森集落に戻る

(2011年4月16日)
2011年3月8日歩いた時、間違った道を今回改めて旧道を歩きました
12.164歩 7.3㎞ 316kl
柏森集会所の前を左に入り、龍福寺・加夜奈留美命神社の前を通りT字路で右に曲がり進むとT字路になるここを左に曲がる。一度目はここまで来てT字路を右に折れて柏森集落に戻り、集落を抜けて新道を上った。改めて歩いた時は、集会所の前をもう少し進んだところを左折れするコースを歩いた。結果は前回のT字路を右に折れたところに合流する。どちらが小峠越えの古道か分からない
改めて歩いた小峠への入り口、集会所を50m程進んだところで左に曲がる


この道は近年まで吉野と飛鳥の重要道路でした

竹林のトンネル

暫く歩くと右に入る道があり、案内板もないし不案ながらかなり奥まで入っていった所で道が荒れていたので引き返したところです

途中にあった案内標柱

寺・神社の前を通った道はここで合流します真っ直ぐ進みます

左の角にお地蔵さんが立っている 道標を兼ねたお地蔵さん

更に杉林の中を上っていきます

左手の山裾でバーべキュウーを10名ほどでやっていた

左手、川に向かって案内板が立っていて 雨乞い伝承地 とかかれているので降りて行ってみる



木組みの階段が作られていました

川に下りてみたが特にこれといったものがないが、何か謂われがあるのだろう


川沿いに 石造りの祠が二つ 祀られていました

かなり上ってきたところでようやく小峠への登り口が見えてきました

右に登り口、少し不安がよぎります

今の道を振りかえる。向かって左が登り口


登り口に案内標示と古道の説明文が書かれています
古道 小峠・芋峠道芋峠 まで2300m、行者1300m 新道との合流地点まで


素晴らしい古道でよかった
芋峠までの2300m山道の峠を目指して歩く道はコンクリートが敷かれています、その上に枯れ葉が積もり雨の日は滑って歩きづらいと思う。
急な坂道が過ぎると地道となり歩きやすくなります。所々荒れたところもありますが、でも良く整備されています。
また杉の木の伐採もされており山の中にかかわらず比較的明るい杉林の中を歩きます




入り口からやっと急坂を上り250m、小峠まで550mの標示

本当に良く整備されている感謝します



旧道沿いに枯れ葉に埋もれそうな小さな お地蔵さんが

またもや可愛い お地蔵さま、昔この辺りで行き倒れになって亡くなったので祀られたのだろう

やっとの思いで 小峠 に着きました

ここにも同じような お地蔵さんが

案内板より
ここから南西に見える山が高取山で、昭和の始め頃までは 高取城跡の石垣もみえていたらしい。分教場で学ぶ子供たちの遠足はここだったと書かれています。弁当を食べて紅葉の輝く山を描き山を駆けまわった。夏はヤマアジサイのうす水色の花が、冬はアオキの赤い実が、そして草木に被われた石地蔵が古代からの歴史を見つめています。小峠から下り坂になります


快適な整備された気持ち良い下り坂を下っていきます


小峠から下ってきて、右からの新道に合流するところです




ここの辻で小峠越が終わりました。
新道と小峠越えの古道との合流地点。ここから1日目の街道歩きに戻ります

向かって右が小峠から下りてきた古道

役行者像 道標を兼ねていた。「右よしの山上 左 ざいみち」

役行者は634年生まれの 小角といい実在の人物らしい

この傍を小さな小川が流れており、この辺りが 飛鳥川の源流といわれている。県道15号は急カーブをして芋峠へ続いているが。古道はその左側の脇道の坂を山に入っていきます。芋峠までの間に昭和20年頃まで3軒の茶屋が営業していた

芋峠まで1000mの標示


ここから200m上ると 三軒茶屋(下の茶屋・中の茶屋・上の茶屋)跡があります。昭和初期までは、この茶屋で一息入れて芋峠神社に参拝してから吉野へと下って行った

古道の雰囲気が漂っています今日は歩いている人とも会わない独り舞台です

やがて三軒茶屋跡の案内板があります。少し石垣も残っているようです

三軒茶屋跡 で広場のようになっている


更に峠へと上っていきます


後で分かったのだがここが旧道の芋峠であった。案内標識があり、芋峠頂上・竜在峠へとなっていたので頂上の方へ行きました

(迷った道)
芋峠への道はこの辻から急坂を上る、最初はまずまずの道であったが段々道の見分けが難しくなってきた

さらに登っていくと、尾根道で道跡がだんだんと分からなくなってきました。道標 があるが読めない

かなり歩きづらい山道を上るが、芋峠の表示もない、右下には新道が見えるがかなりの断崖となり危険

方向が少しおかしい気がして、これ以上は無理と思い引き返すことにしました


自宅に帰ってから調べたところ、やはり間違っていて、桜井市方向で尾根を歩いて竜在峠への山岳道であった。
あちらは登山家に任せ私は引き返して正解であった。芋峠の少し案内標示が理解できなかったようです。
急ぎ足で今、登ってきた山道を迷わないようにと慎重に引き返した。幸い迷わなくて無事元のところに戻れ、冷や汗ものでした。
元のところに戻り良く調べてみると、今の竜在峠道でなく、右方向下に見通しが悪く分からなかったが舗装の新道が見えています。そこは急斜面を下り新道に下りますが、新道は深い切通し道になっています。かつては想像するに急斜面を下らずそのまま新道の向こう側に進んでいたと思います。そこが芋峠であったら理解できます。迷った標示のところに少し説明があればより親切と思ったが、余り山歩き以外は歩く人がいないのでしょう。

旧道から切り通しになっている新道の峠道までは急斜面を下るところを振り返る

急斜面を下って切り通しの新道に下りる新道と古道の交わる 芋峠をみる かつての旧道の芋峠は改修されている

古道の芋峠道を下り新道に出たところ、新道を横断する形で、新道沿いに案内標示があります。
高取城跡・壺坂寺・大淀古道の道標がありますが、少し覗いてみたが今は歩ける状態でないみたいで廃道状態です。雑草の茂っていない冬なら分からないが、とにかく覗き見るだけに。
峠からの吉野へ抜ける古道も今は廃道となっていると書かれています

標識は立っていますが、廃道で危険と案内したほうが良いのではと思った


吉野への案内通りに新道を下ります
み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ
雪は降りける 間なくぞ 雨はふりける
その雪の 時なきがごと
その雨の 間なきがごと
隈もおちず 思いつつぞ来し その山道を
万葉集 天武天皇
ところが新道を少し下っていくと、右手に古道入り口 千股へ40分と書かれた新しい案内標示が立っていました


丸太の階段も作られて急な斜面を右に下るようになっていて、そのまま深い谷に下りていく。これが古道を再現したのか分からないが迷うことなく下ることにした

かなり急勾配の階段、でも整備していただいた方々へ感謝します

山と山の間の谷道に近いが、古道が残っています


倒木もあり道をふさいでいる

この道は古道芋峠道に間違いなさそうだ。数年前までは歩けなかったので新道を歩いていたようだが、多分古道を整備されたのだろう



どんどん下っていく、40分は結構あるだ

同じような風景であるが、実際歩いていると本当に快適だだからつい同じような写真を何枚も撮ってしまう

先が開けてきたようだ

途中右手に 三世地蔵尊



地道からコンクリートに変わったところに 地蔵尊

かなり下ったように思えるがなかなか新道に合流しない

山林従事者が車で通るのだろう車の跡が付いています

下る途中だれひとり会うこともない、素晴らしい古道なのに

古道を下ってきて橋を渡ると、芋峠から曲がりくねりながら降りてきた新道に突き当たります

やっと降りてきました、でもお陰で車道を下らなくてよかった。突き当たりの新道と合流して右に折れる。
吉野町千股地区

素晴らしい古道です、折角なのにもっと宣伝して知ってもらったらいいのにと正直思いました。歩かなかったら廃道化してしまう
新道より古道を振りかえる

右に折れた新道、素晴らしく綺麗に整備された道である

振り返る

下っていくと左手に 千股持経塚観音堂 新しい道とともにここに移されてきたと思われます

更に少し下ると、新道を右に分け左に細い古道のような道があるのでそちらを進む。無理に古道にしてしまう悪い癖

左に入り少し左にカーブした左道沿いに、小さな お地蔵さん が祀られているここで間違いなく古道と確信しました
これだけ街道を歩いていると、段々旧道と新道が見分けれるようになってきた

その先右に小川をみながら集落を進みます

右にカーブしながら橋を渡り、先ほどの新道が右から合流してくる交差点に出ます

交差点のところの 道標 正面の道が古道と思われる道、交差点に出てきたところ。左が新道交差点に出た右手の石垣際に道標があります。千股の分岐点の辻


この辻は下の吉野から進んできてここで右に折れる道が、和歌山城下を発して五條までの 大和街道で五條から大淀、吉野を経てきた 伊勢南街道で高見山の峠を越えて三重松阪への街道。時代によって上市から妹背山の大名持神社のそばを抜ける道もあった

交差点からこれから進む道

交差点を振りかえる

遥か遠望に吉野山が見えます吉野山まではまだ遠い

右手街道沿いの お地蔵さん

直ぐ先右手に 正栄寺

境内工事中

穏やかな景色を見ながら下っていきます

かなり歩いてきたが吉野町の市街地までなかなかつかない

下千股の右手角にある 自然石の道標

新道を右に分け、真っ直ぐ進みます

その先に案内板が 伊勢南街道 と重複しながら上市へ

途中右手に お地蔵さん

もう間もなく街並みに入ります

ようやく上市の街に着いた

小さな 鳥居と祠 が祀られている

この角の家はかつて 伊勢南街道の旅籠角屋


角屋の辻を右に曲がり上市の古い街並みを進みます。この道は伊勢南街道なので以前大和街道と一緒に伊勢松阪まで歩いているので簡単に通ります

所々古い民家が残る情緒ある街並みです

国道はこの街並みの南側(左)、吉野川を挟んで走っています。そのため町の開発が遅れ古い街並みが残ったのだと思われます

造り酒屋

辻に出ますので右に折れます


右に折れて直ぐ先で、旧道は分岐して街並みを進みますが
分岐の正面角に 蛭子宮 宮のところで、右の道と左の道に分かれていますが、どちらも古い風景の街並みで、その先で再び合流します


左の道も右の道も写しているのでややこしい、両道を映しながら西に進んでいます

大西寺


両街並みとも素晴らしい、何方を進んでもいいです



右手高台に 浄土真宗澤井寺


澤井寺の少し先、左に行けば吉野川に架かる上市橋の北詰交差点国道169号に交叉して、橋を渡り進むと吉野山へ行く道右手に細い階段の上り道があるので寄っていきます
大師山寺


かなり急な階段を上る

お寺の下は断崖で下には国道、その向こうに吉野川が流れ、遠望に吉野山と景色がいい。何故写真に収まっていないか不思議残念。急な階段を上るのに必死だったのか

下山して上市橋より大師山寺を見たところです。かなり高台の山上に立っています

元の街道に戻りますその先右手に お堂


その直ぐ先で、近鉄吉野線の陸橋を潜ります右の坂を上ると近鉄吉野線上市駅
その先交差点で、左からの国道169号が合流してきいます。左の吉野川に沿って暫く進みます

日もだいぶん落ちてきましたガソリンスタンドのところで国道を左に分け、右の細い道が旧道。その右手高台に神社があります

右に入ると直ぐ右上に 水分神社


右手に 祠

増口の街並みを進みます

増口の街並みも素晴らしいです

お地蔵さんの 祠 も立派です

旧道から国道に合流

火の見櫓のところが国道に合流して出てきたところを振り返る

国道に出て吉野川の上流の吉野大橋を遠望を振り返る

その先で吉野川に架かる美吉野橋を左に見て目的地、柳の渡しの終点 に着きました
柳の渡し より対岸を見る



ここまでは伊勢南街道(大和街道)と重なっていたが、芋峠越え街道はおそらくこの渡しか、上流の桜橋の渡しで吉野山へ参詣します、この地域の方たちの起点となっていただろうと推測、ここを終点地としました。8時桜井駅スタートし柳の渡しに着いたのが4時30分、この後下市駅に車を置いているので約40分歩き帰宅します
磐余の道・岡街道完歩


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