第3回 坂本龍馬・吉村虎太郎土佐脱藩の道を歩く②

2日目 11月15日

昨日に続き安芸市街と高知市へ
ホテルを出発、最初に安芸国虎の菩提寺、浄貞寺へ

安芸駅の西北にある曹洞宗元親山 浄貞寺

夫人を実家幡多中村の一条氏のもとに返し、長男千寿丸を阿波の三好氏の家臣矢野氏を頼り逃がし。国虎は従容と自刃した。近くには国虎が切腹の時刀を清めたという大刀洗の池も残る。

二代目の袂杉 後日夫人が墓参の時、苗を袂に入れてきて植えた杉の二代目と伝わる

安芸国虎の墓

墓所の一段高いところに建つ 安芸神社 安芸元親・元泰・国虎・千寿丸を祀る

歴史を物語る古い墓石だが、綺麗に整備されて祀られています

黒岩越前守之墓 7日後に黒岩越前守は国虎の夫人と娘を無事一条家に送り届けて帰り、主君の墓前で自刃した忠臣

国虎の墓に向かって右に岩見の墓、右に越前の墓が何百年と年月を経った今もなお主君を守っているようで胸に込み上げてくる

有沢岩見守之墓 国虎に殉じて自刃した家老

安芸元親公の墓

安芸元泰公の墓

安芸泰親公之墓

安芸国虎に殉じた近侍たちの墓

安芸国虎公夫人之墓

戦国時代からの墓所にしてはよく管理整備されていて、如何に安芸家が家臣や民衆に慕われていたかが伝わってくる墓所。
比べて長曾我部家の墓はバラバラにあり。
高知土佐藩の山内家の墓所は広いが草が茂り整備されていなくマムシが多いという。
当時は滅亡したが、今では勝者のような気がする。

土居廓中(かちゅう) 土居廓中を少し散策する、安芸城正面門から堀に沿った眺め

土居廓中は武家屋敷が残る一画。建物群の中には天保のころ(1830)と推定される。藩政時代には商人も農民もこの一画には住めず武家屋敷のみであった。明治期にも廓中に入るにはほおかむりやはちまきをとったと伝わる

野良時計(国登録) 地主の畠中家で明治20年(1887)、畠中源馬が野良に出て働く村人たちのために、手作りで完成。以来135年、今なお正確な時を刻み続けて安芸のシンボルとして親しまれている

道路を挟んだ北側の土居廓中の建物

杉尾神社

土居廓中を散策する右手に土居小学校を見て進む

安芸市で生まれた 弘田龍太郎父の転任で3歳で安芸氏を離れた

小牧天山・米山邸跡(国登録)岩崎弥太郎が少年時代通っていた、小牧米山塾跡。明治後期の建物

土居廓中でひときわ美しい土用竹の生垣

一般公開されている 武家屋敷野村家があったので見学

玄関

広い庭

後方の小山が安芸城跡、藩政期は一国一城令で山上の建物は取り壊して、五藤家は前日に見た堀内の建物に居住

土居廓中を出ても旧家の建物が残っています

安芸市の見学を終わり高高知市に向かって車を走る

高知市に帰る途中左の海岸線にある公園、展望台があったので寄ってみる

展望台からの綺麗な土佐湾の海岸線

一路高知市へ

【田中良助旧邸】
高知市内に入り、龍馬関連で外すことのできない柴巻の史跡に行きます。
高知市内に戻り、土讃線の円行寺口駅東側の270号線を北に走ると、久万川に架かる円行寺橋(涙橋)を渡る

涙橋を渡って左に折れた道

橋を渡った正面に「南無妙法蓮華経法界万霊」碑碑の北方に藩政期時代、「長芝(柴)刑場」があった場所で重罪人の磔・火炙り・槍突きの処刑が行われていた。藩政期は「涙橋」と言われ、縁者との別れの場所であった

円光寺橋から曲がりくねった道幅の狭い道を上っていくと、円光寺温泉を過ぎさらに坂道を進と案内板
坂本龍馬と田中良助の柴巻

田中良助邸を左上に見てさらに坂を上り邸の裏手に出ると、案内板の傍に八畳岩の道案内がありました。田中良助邸に行く前に先に八畳岩に行きます

50m程入ると左への坂道を上る案内板があるので迷わない

尾根道を少し進む

案内表示に従って進んでいくと、前方にこんもりしたところがあります

大きな岩でこれが 八畳岩です

細心の注意をして登らなければ滑ります。雨の日は絶対ダメです

八畳岩
岩の上は少し平らになっていますが、四方急斜面で、特に前は絶壁ですので高いところの苦手な私などは怖いです。
でもこの場所で間違いなく龍馬らが遊び、何かを考えていたかと思うと感無量です。
語り合うにも人気もないです

八畳岩からの遠望、高知市街地

元の所に戻り振り返ったところで、向かって左上あたりが八畳岩。下の田中良助邸から八畳岩への龍馬が上った道があるようですが歩けるかよくわかりません。現在の案内はここの道になっています

案内板の道を挟んだ向かいの 

旧カーブの坂を少し下った右手に(下からくると左)田中良助邸の案内板

旧邸は、毎週金曜~日曜日の3日間で、午前10時~18時まで開館

この道を右へ

少し坂を上ると 田中良助旧邸

旧邸は田中氏から高知市に寄贈され、平成15年~16年復元工事完成

旧邸の見取り図

田中良助の墓へは、旧邸の前の石垣に沿った細い道を上る

整備された墓地の石段、途中の墓も田中だから多分、最近の子孫の墓だろう
田中良助一族の墓

 田中良助の墓

墓の前方に見えるのが旧邸

墓の所から上の八畳岩への道のようで綺麗に整備されている。時間もなく雲行きが怪しいので歩けない

田中邸を見ながら下ります。邸前からは高知市内が一望できる

車で帰る途中雨が降ってきました

14時レンタカーを返却して、高知駅からJR須崎駅へ、須崎駅前から一日数本のバスが丁度よく「葉山の郷」の宿泊先へ、今回で三回目の宿泊。
今日は車での史跡巡りなので歩くのは少なく  11.569歩

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