2023年12月5日
柳川城下を午前中見学、久留米に戻り~羽犬塚
柳川城下を午前中見学して、久留米に戻り、羽犬塚まで歩く。そこでとんでもないことが起こった、久留米から瀬高までの自作の詳細マップを柳川から移動の途中どこかに忘れて紛失。資料がなければ旧道を歩くのはとても無理だが。スマホで検索するが詳細なのがなく仕方なく、今日の羽犬塚まで一部思い出しながら歩いた。
(寄り道)・柳川城下夜中に雨が降ったようだが、今は降っていない見学は短い時間なので6時30分にホテルの朝のバイキングを食べ7時30分ホテル出発
三柱神社
柳川藩初代藩主立花宗茂・妻ぎん千代姫・岳父戸次道雪を祀る



境内社
太郎稲荷大明神・天満神社・大国神


道了神社

境内の真白い鳥居の 水天宮

境内の一角

柳川の観光目玉の 川船下りの舟


浄土宗寂性山良清寺
柳川藩初代藩主立花宗茂の妻、立花銀千代姫の墓所(非公開)



臨済宗妙心寺派定慧山天斐寺
立花宗茂の父高橋紹運の菩提寺、天正14年(1586)島津義久の軍勢と戦い、岩屋城で紹運以下700余名が最後を遂げる。その戦没者の位牌を祀る




柳川総鎮守 日吉神社


日吉神社を右に見て、左の堀沿いを進む道


田中吉政の像


正面に大きな家がある

柳川城の堀跡

小野家屋敷跡


十時家住宅


戸島家住宅




本日休館日で見学できなかった

戸島家庭園(国名勝)も見学できなかった

法立山照明寺

掘割


北原白秋実家の裏側より、大きな屋敷です

北原白秋生家
北原家は「古問屋」と称し、柳川藩御用の海産物問屋であったが、明治になり油屋・酒造業に転業。


沖端水天宮


柳川の川下りとメイン通り


大きななまこ壁の蔵跡かな

立花氏の別邸と庭園 今日は休館日で何処も休みです


船頭さんが大きな声で歌を(上を向いて歩こう)乗船者に披露しています。長閑でいいな

左に学校のグランドが見えてきました 柳川城跡 一部石垣を除き遺構は殆ど残っていません

綺麗な天守閣を持ったお城であったようですが、明治5年に焼失

学校の一角の天守閣跡へ


本丸天守閣跡

黄檗宗梅岳山福厳寺 柳川立花家の菩提寺


境内

本堂
本堂裏側に立花家の霊屋が並んでいます

霊屋入口

コの字型に霊屋が建てられている 歴代の墓が並んでいます





立花道雪(戸次鑑連)公の墓


三方の霊屋に並んでいます

真宗大谷派田中山真勝寺

本堂


1600年三十三万石を領して柳川に居城。田中吉政公の墓の上に本堂が建てられており、本堂自体が吉政公の墓と言われる。知らなかったので境内を捜したが見つからないはずである

柳川城下を足早に見て回る7時30分から、 19.255歩 11㎞ 約3時間
柳川駅より西鉄で西鉄久留米駅に移動、昨日の高良大社鳥居前を11時20分スタート。前述したように、旧道を歩くための大切な資料今日歩く部分紛失したので羽犬宿まで旧道をうまく歩けていない。でも地元の人に聞きながら親切にして頂き、何とか歩くことができた
府中宿の高良大社前~羽犬塚宿
府中宿を抜けて暫く進むと、左に久留米信愛短大があります

右手に 田中久重鋳造所跡の碑と説明

説明碑には「からくり儀右衛門」と呼ばれた発明家でよく知られている

この先左にあったバスセンターの事務所で道を聞いた。聞き方が悪かったようで、街道とは理解されなく、バスの通る道の説明を詳しく教えて頂いたが、私のこの先の目標道を話せばよかった結果、この先の慈母観音まで北側の新道をかなりの回り道をしてしまった。でもその時点までは資料紛失しているので仕方ない。
このさきは、資料に基づき「百街道一歩」さんの資料を拝借して追伸しておきます。
私は交差点で右に折れて歩いたが、あくまで真直ぐ歩いていくと高良川に架かる下川原橋を渡る。陸上自衛隊久留米駐屯地に突き当たるので反対側に行くため迂回する。反対側に出て進むと左手に明星中学校。千束橋を渡る。前方に浦山公園があり、その右手に大きな白衣観音立像(慈母観音)の後ろ姿が見えてくる。
観音様の(向かって左)の西側を回って正面に下るみち。私は慈母観音に向かって左の広い車道を歩いていた。途中でコンビニの前で羽犬塚駅への道を聞いたところまだまだ遠いと言って車で送ってあげようと言っていただき乗せてもらったが、少し走ったところの慈母観音の正面下の道の所で、何処から何しているのと聞かれ街道歩きと言ったところ、車に乗らず歩くのだと言って短い区間であったがそこで降ろしていただき笑っていた。
私も乗る前の説明不足でした、でも親切でありがたかった。もし羽犬塚駅まで乗せて頂いたら、運転者の方に大変な迷惑であったと思う。でも親切な人はまだまだ沢山おられる。
救世慈母大観音
大本山成田山久留米分院明王院 昭和53年初代女性住職・金子妙福師の発願で5年の歳月を掛け建立された。高さ62m

慈母観音の正面の下でお礼を言って別れる、その少し先で国道3号に突き当たり、左に折れて進み、教えて頂いた通り国道3号の二軒茶屋交差点を横断して国道三号を左に分け、右斜めの坂道を上っていきます。私の資料にもあった道です。上りかけた左下に上津小学校が見えます。
その先の分岐で間違った。暫く坂を上っていくと分岐に出ました、左への道だったのを右の道を下っていきました。
折角街道に戻ったと思ったが、資料がないので再び大回りです。
右に折れて暫く静かな坂道を下っていきました。下りきったところでまた道がわからなく夫婦の方に道を尋ねると、少し複雑だからと近道を教えてあげようと暫くの間一緒に歩いていただいた。またもや親切を受けました感謝。
その先分からないので交通量の多い車道を進みました。
間違った分岐

元の分岐より再び一歩さんの資料参考に追伸します。(正しい旧道)
陸上自衛隊高良演習場を抜けていくと、野添川に架かる櫻尾橋を渡る。暫く静かな道を歩くと六差路にでて正面左側の道を進む、副島産業に突き当たり左へ。左にお堂、右手に祠。右からの道と交わる右手角に祠。
その先右手後方から国道209号が合流。その先で広川の永代橋を渡る。
合流する辻辺りに多分私は歩いてきたと思う。私が歩いた道は、陸上自衛隊高良台演習場の北側を西に進み、左に池が2つある間の道を左(南)に進み野添川を渡り、正しい旧道に合流しました。
何とか旧道に復活して広川に架かる永代橋を渡り、筑後市に入る 荒木町荒木の国道を進む

その先分岐があり、右の旧道らしき国道に並行した道に入ったので、国道沿いにあった、地蔵尊や原田万吉生家の碑、古い家、秋葉社、長照禅寺を見ることが出来なかった
結果的に旧道は国道のようでした


600m程で国道に出ます、右手に筑後北小学校があります

その先右手に九州大谷短大があり、赤坂神社 があります

中ノ堤信号で右への旧道があるので入ります

旧道を300m程進み再び左の209号に合流する

すぐ先、上原々向山交差点で国道を右に離れて左の旧道に入るのが正しいが。資料がないので単調な国道をそのまま歩いてしまった(羽犬塚宿まで資料なく悔しいが)


前述の一歩さんの資料より、歩けなかった旧道を記載させていただきます
左に入った旧道は100m程で右に折れる、南に道なりに進む、右数100m程の所を国道が沿っています。やがて倉目橋を渡る。600m程進む間に左手に地蔵尊と熊野神社があります。少し先で右から国道が合流する。
国道209号を横切って、西側に回り国道に並行して200m程進み、左からの国道に合流するのが旧道であった。
この先国道の玄ヶ野信号、羽犬塚上町信号を通過します。(見逃した旧道借用しました)
〖羽犬塚宿〗 に入ります 筑後市羽犬塚
すぐ先左手に 社日神社、種田山頭火の「お経あげて お米もろうて百舌鳴いて」の碑がある


この後、私は国道を進み羽犬塚駅前に進みましたが、少しの間だが羽犬塚駅前へは旧道があったようです。
一歩さんの資料を拝借しました。
羽犬塚中前信号交差点左手に茅葺をトタン板で覆った旧家があったようですがこの道は歩いていたが見落としました。免許試験場交差点の右に、羽犬塚六地蔵尊;宗岳寺 がある。すぐ先、羽犬塚小学校前に 薩摩街道の標識と久留米藩の御茶屋跡、羽犬の像 がある。この辺りはかつての羽犬塚宿の中心地であった。今は国道で面影はないが。この国道は歩いていたが資料がなくすべて見落としてしまった。残念としか言いようがない。
羽犬塚小学校バス停

その先六所宮前信号交差点に出ます。街道より少し離れ左に入っていくと

六所宮神

境内には招聘12年(1357)建立の日本最古の 羽犬塚恵比須像 がある。神社にはいったが肝心な史跡を見落としている

国道信号の右角に 石碑のようなのが立っているが写真に撮っているが気が付かなかった。凄く注意散漫になっている

国道を右に折れて羽犬塚駅へ

駅前近くの 諏訪神社 明日はここからスタート

JR羽犬塚駅

今日は1日資料を失い最悪な一日であった。でも今日と明日の一部であったので、このまま歩くことが出来るので、不幸中の幸いと思って諦める。明日の前半の街道をホテルに戻って調べることとします。
7時30分 柳川のホテル出発、柳川城下を見学、
久留米府中宿の大鳥居前から歩き 羽犬塚駅 15時30分着、15時35分発JR
久留米駅へ久留米のグリーンリッチホテルへ気持ちの良いホテルであった。
16時50分着
柳川城下見学~羽犬塚~久留米ホテル 48.102歩 28㎞


コメント