高槻街道

2012年6月29日
茨木市宇野辺~高槻市安満の西国街道分岐点

自宅4時35分に出てJR茨木駅へ。梅雨の合間か朝から快晴の天気で暑くなりそう。今日は高槻街道と引き続き前島街道の淀川堤防までの予定。
   JR茨木駅 6時35分 出発 起点の亀岡街道分岐点宇野辺へ 

       完歩 12時02分
        26.791歩 16.07km  1152kl

JR茨木駅 茨木駅の西側の14号線を南に暫く歩く。左にイオンを見て中央環状線の高架を潜る、右にモノレール宇野辺駅、広い14号線の道路より一筋西側の細い道へ(亀岡街道)、亀岡街道を南へ右に池を見る。広い道に交差するところに宇野辺北バス停を見て更に進むと、左に茨木宇野辺郵便局前

向かって右の道(亀岡街道)を南下してくると、右角に 亀岡街道の道標 を見て進むと、右に塀のある立派な家の三叉路に出たところが、高槻街道と亀岡街道の分岐点となる。

塀を右に折れる道が 亀岡街道・左への道が 高槻街道

高槻街道起点 右・左への道が 亀岡街道

起点左に 亀岡街道の道標

起点からこれからの高槻街道の先を見る

宇野辺信号交差点・14号線を横断する

そのすぐ先の東海道線を潜る

そのさきすぐまたJR京都線を斜めに潜る

更に浅川の下浅川橋を渡り左にカーブすると、再び左のJR京都線を右斜めに潜る

そのすぐ先で今度は、近畿自動車道を歩道橋で潜り北へ進む

歩道橋より南(右)方向を見る

奈良町の小さな川を渡り北へ500m程進みます

左側に春日神社の鳥居、左の近畿自動車道の東側の先なので寄れない

奈良町を北への町筋

西中条町の十字路、右角のJR西日本茨木寮の所を右に折れる

交叉点を右に折れて500m程西へ、小川町の信号交差点を越えて進む、右前方に市立体育館が見える

体育館の手前信号交差点を左(北)に折れる

左の川に沿って北に東中条町を進む

中央図書館・消防署の合同庁舎を見て

交差点を横断進む

右は広い運動公園グランド

左に茨木市役所・右に運動公園グランドこの辺りは茨木市の中心地となる、よく整備されていて綺麗な町

やがて市役所前信号のT字路に突き当たるので、街道は右に折れる

T字路の信号の左方向の市街地を見る(139号線)

信号を右折れしたところで、元茨木川に架かる高橋、左の森が茨木神社

高橋の西南の袂にある 道標 「右茨木停車場 左大阪距 高麗橋減元標 四里二十四丁拾間」

高橋と道標

高橋を渡るとすぐ左側に

茨木神社

茨木神社のすぐ次の信号を右に折れるのが街道だが、(寄り道)で左に折れると

左に折れた町筋

茨木神社 東の参道と鳥居が左に入ります

神社東門は元 茨木城搦手門 茨木城は、1334~1336年に楠木正成が築いたと伝えられている、城主はしばしば変わったが特に有名な人物は、中川清秀と片桐且元である。城郭は現在の茨木小学校付近で跡は残っていない。わずかにこの門が遺構とされている

東門の前の道から阪急本通のアーケードを抜ける

アーケード手前の道を左に入ると、梅林寺

元に戻り人通りの少ない商店街を歩く

商店街の中ほどの交差点で左に折れる

左に折れた先の左にアーケードの魚神市場を見て北に進むと左T字路の右角に八尾屋さんと思ったが有るので、そこを右に折れる

右に折れず真っ直ぐ進むのが、枝切街道(茨木街道支線)

右に折れる左の角に隠れるように 道標「右 京 八幡 三島江 唐崎 富田 高槻左 妙見山亀山中山勝尾寺」

左角に道標をみて東への街道筋を進む

左手前にコンビニの交差点を横断したところ

左に お地蔵さん

阪急京都線の高架手前を左に折れる。茨木街道 は真っ直ぐで分岐

左に曲がる先の道筋

戸伏町の細い町並みが続く

右から広い道路が合流

右側に出て安威川に架かる千歳橋を渡る

阪急京都線を斜めに潜る

阪急線を越えると真っ直ぐな道が暫く北東に続くが潜った左手総持寺駅の南に 浄土真宗本願寺派常稱寺

小さな川の橋を渡る街並み

橋を越えてから少し左に入ると 黄檗宗慶瑞禅寺 観世音菩薩を本尊

元に戻り、真っ直ぐ進むと冨田町の変則の信号交差点にでるので左への広い道を進む元に戻り、真っ直ぐ進むと変則の信号交差点にでるので左への広い道を進む

右側に 大宅壮一生誕の地碑

碑の前の道を振り返る

トラックの前の信号交差点を左に分岐するのが 道祖本街道

その先、左に富田小学校をみて右に折れる折れるところを振り返る

右に折れた東への町並み

街道北側に入ると 臨済宗普門院
南北朝末期(1390年)の創建釈迦如来と十一面千手観音を本尊

境内の一角に 細川晴元の墓と伝わる宝篋印塔寺内に入れない

街道よりの普門院への参道と右角の 道標
正面「右 京山崎高つき芥川 左 のせ妙見かふさん道」 
右面「左 大阪 尼崎 いばらき すぐ そうじ寺 道」
左面「右 大阪 みしまへ道」

そのすぐ先左に 三輪神社

鳥居の傍にある 

その先左に 浄土真宗真楽寺

本照寺

天然記念物 富寿栄ノ松

街道を南に入ると 真宗教行寺 

教行寺の少し北側、富田病院の前に蓮如上人旧蹟碑が立つ

街道に戻り西へ突当りを左に折れすぐまた右に折れる

右に折れる左にある 延命地蔵と道標 「左 高つき 芥川 京」「右 いばらき 吹田」

富田の酒造り
江戸時代前期に寺内町から酒造りの町へと変貌した。最盛期の1655~58年には、24軒の酒造家が軒を連ねていたが、伊丹・灘の発展で生産量が減少し幕末には6~8軒となった。現在では2軒の酒造家が残り地酒の伝統を受け継いでいる

広い交差点を越える

そのすぐ先で信号の変則交差点に出るやや左真っ直ぐ行くのが高槻街道。やや右へ分岐するのが道祖本街道

普門寺の先で合流してこの分岐まで重複してきた 道祖本街道 が右(南)に分岐していく

交差点より高槻街道を見る、その先で葦の風橋を渡る
暫く直線の道を、左に五百住小・右に如是中・如是小を過ぎる

女瀬川に架かる橋を渡り、津之江町2に入る

信号の手前で旧道は小川沿いに右に入り旧道を進む

津之江の集落で芥川の手前、緩やかに左にカーブ、右に堤防が接近 

芥川の堤防に出る

堤防に出たところで昔はここから対岸左斜めに渡っていたようだ

少し北側の芥川に架かる城西橋に迂回する

城西橋から芥川の南(右)方向を見る

城西橋から132号線、旧道は信号を右に折れる

カーブをしながら坂を下り小さな川の橋を渡った交差点の左角に道標

道標 「高槻街道 高槻街道支線」

住宅地を進み132号線に再び合流する

132号線に合流地点で右へ進む

合流した先の信号で左側の真っ直ぐの道を進む

16号線と交差する高西の信号交差点

交差点左手前角の 

土橋町筋と右側の 

すぐ先左の駐車場内にも と町並み

その先で突き当たるので左に折れ、更に少し先で突当りを右へ

突当りを右へ

左に 高槻城跡公園 が見える

街道より左への道、高槻城跡公園の道案内

左に高槻城跡、100mほど先で枡形跡か

枡形

城跡の南側の街道を東へ

正面八幡町 是三寺で突当り、高槻街道は左へ、右の道は 枚方街道 が右から合流

是三寺 右へは枚方街道、左へは高槻街道で北へ、本町通り

左に折れる辻の右手前角に 祠と道標「枚方街道 右・・・・左・・・・」

左に折れたところから分岐点を見る

分岐点から本町通り、高槻城跡は本町通りの左手になる

直ぐ先左に 八幡大神宮 高槻城の守護神として歴代藩主に庇護され

右に高槻小学校創立百年記念碑と小学校

本町通りの小学校を過ぎた先右側に 道標
南面「右 八はた淀前島舟のり場 すぐ 京伏見山さき柳谷よしみね」
東面「右 あくた川かさのも里のせ妙見 左 そうち寺とん田いばら木」
北面「すぐ 大阪三しまへからさき そうちし ひらかた」

道標の手前右への道は 前島街道 の分岐点

分岐点を振り返る

前島街道の分岐の辻を右に過ぎて本町通りを進むと突当る

右に見ごたえのある旧家が並ぶ

本町通りの突当りとなる、高槻街道は右に折れる。左へは本町通りの入口から重複していた枚方街道が分岐していく

突当りに京口町の 道標 左に折れる枚方街道の町並み
南面「右 京山崎淀柳谷 ふしみ宇治八幡」東面「左 大坂吹田茨木尼ヶ崎惣持寺」

正面には 園成寺

右に曲がる高槻街道の町並み

少し先の交差点の左角に道標がある十字路で左に折れる

左に折れる交差点からの街道

右角の 道標
南面「左 京 ふしみ よど 八幡 山崎 柳谷」
北面「右 大坂 とん田 いばら木 惣持寺」

道標より100mほど進んだところが 高槻六口のうちの「京口」 
道標から北へ進んだところで、国道170号線に合流するが、その手前の松原橋京口跡付近

合流して暫く国道を進む

八丁畷の広い171号線の交差点の歩道橋からの先の街道

79号線を進む

右側の側道は松並木となっている

右に 子安延命地蔵尊

八丁橋石柱

阪急線の高架を潜る

八丁松原碑と門

綺麗に整備された松並木が続く

途中に 祠が二つ

横は車の多い79号線

松並木道を振り返る

JR京都線を歩道橋で越える

JRを越え旧道に復活し真っ直ぐ進むと突き当たる

突当りが 高槻街道の終点(起点)で東西の道が 西国街道

東西の西国街道筋

高槻街道を振り返る

高槻街道 完歩

この後、引き続き 前島街道を淀川堤防まで歩いておきます

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