2011年2月16日
【2日目】
前回に続き竜田越奈良街道へ、。前回の三郷駅より少し戻り、もう一つの道、竜田古道を歩き三郷駅近くの前回の旧道に合流する。
近鉄安堂駅西側の安堂交差点をスタート竜田古道は交差点を左へ、前回は真っ直ぐ大和川の堤防を進んだ

駅付近から振り返る、交差点から陸橋を渡り右に折れ坂を下り、安堂駅の南側の古道を少し東に歩きます

駅から東に町並みを山手に進んでいきます

古道の雰囲気がある街並み左側の先、真宗大谷派 正休寺

その直ぐ先の交差点にある 地蔵

曹洞宗大日禅寺

この先丘陵地の墓地に、戦国時代の武将で木沢長政の墓があるが説明板の字が読めない

真っ直ぐの道を進む

大阪平野が朝やけで綺麗

山手の日陰に入ると先日の雪が残っている

暫く民家もなく山間の古道を歩く

前方が開け集落が見えてきた

集落に入ると左手に 地蔵が祀られている

横尾地区で古道が2つに分かれる北側(左)の道を進む。先で合流する

その先で 道標

先を進むと左側に沢があり どんどう不動尊がある。堂の横を沢沿いに上っていくとどんどの滝が1km先にあるらしい

横を流れる沢

その先を暫く進むと道が分かれているので右に進み集落に入る

雪の残る集落の中を滑らないように下っていく

坂を下っていくと集落

道なりに右にカーブして進むと

坂の途中左手に立派なお寺 光徳寺

平安時代創建の古刹、再建を重ね今日に至る。本堂は1771年、山門・鐘楼は1760年、太鼓楼は1780年の建立。

その先突き当たるので左に折れて坂を上る、右に郵便局がある

坂を上っていくと左側に公園があり園内に石の積んだ 石碑がある

この先の交差点で道を間違って大迷走、それも雪の道を2回も繰り返し、体力を消耗した危ない所であった。

交差点の100m程先に古道らしき道があったので右に入っていった。正しいかよくわかりませんが

その右に曲がる左角に道標のような石碑が2つ並んでいたので余計古道と思った

1回目の迷走
100m程先で道が分かれていたので右の道を進む

比較的良い道であり整備もされていたどんどん下るが一向に古道らしくなく1kmほど下ったところで先ほどの分かれていた道に戻る

2回目の大迷走
2回目の方がひどかった、分かれていた道を左に進むと、下るに従って道が細く雪がかなり積もって歩きにくい、やはり数百m程雪の道を下るも最終的には道が無くなり万事休す

喘ぎながら再び急な坂を雪に足をとられ上りながらやっとの思いで、スタート時の石碑のあるところに戻る。1時間以上大迷走をしたことになる

元の交差点のところに戻り右に折れ、止む無く新しく整備された道を進むことにした。ところが200m程進んだところで左側の金網に竜田古道の里山と書かれた看板が掛けられており、その金網に沿って古道らしい道があるではないか、新道をみぎにみて左の道を進むことにした。また同じことにならないか少し心配はあった。

地道の山道を下っていく、古道らしい感じがする

かなり下っていくと更に道が整備され遊歩道のような道である

その先に木組みの展望台が見えてきた、やっと古道であったことに確信が持てた

展望台からの下りの眺め、素晴らしいです

現在、金剛・生駒国定公園の一部に指定されている、ここ三室山は往古より大和三名勝の1つである「龍田」に位置し大和の国生駒郡と河内の国中河内郡の境、南北に連なる生駒山脈の最南端部を占める龍田山の一部を指して三室山と称し、旧官幣大社龍田大社の御神域として人々に崇目られまた親しまれてきた。四季の風景も格別で数多く詠われている。
展望台から気持ちの良い古道を下ってきたところ

近くは公園として整備されている

浄林寺

古道は坂を下り、JR三郷駅手前の道路に出てきました
大和川に架かる橋本との交差するところに立つ 道標

右に三郷駅を見て前回歩いたところに合流すしました
駅の少し先の交差点、ここを左に折れる

その先直ぐ右に折れる

緩やかな坂を上る途中左にある 神南備神社の前を通る

龍田大社までの途中にある お堂

その先道なりに大きく左にカーブしながら進む。古道より少し左に入る龍田大社に着きました
真っ赤な朱塗りの鳥居 官幣大社龍田神社(龍田大社)ここが本宮で末社、白龍神社・龍田恵美寿神社・三宝稲荷神社もある


末社白龍神社

末社 龍田恵美須神社

末社 三宝稲荷神社

古道に戻り少し進んだ左手にある 大通寺

県道196号に沿って進んでいく


三郷中学の手前、大和川の手前右にある 多聞地蔵

大和川の橋を渡らす左に折れる

その少し先の信号の二股を左斜めの道を進む、弓なりに大きくカーブして近鉄生駒線を渡り右に三郷町役場を見て信貴山下駅の前を北に進む

信貴山下駅を過ぎた勢野西1付近の街道沿いにある 祠

勢野の街並みを暫く進む

民家の軒下のところにある 道標

さらに民家の塀に組み込まれた 地蔵 調和がとれて絵になる、普通なら祠を移転してほしいと頼むが、住んでいる方の大きな心の人だろうと勝手に想像する

勢野東1の墓地前にある 道標


勢野北交差点で右に曲がり斑鳩町へ向かう

右に折れた先で道が2つに分かれる右の道は部分的に失われているので、左の195号線に沿って進む

直ぐのところ左に お地蔵さんが並んでいる

その先道なりに195号線を進む、先ほど分岐した道が右手から出てくる

その先で竜田大橋を渡る、大橋からの眺め、ここは街道の交差するところで北から 清滝街道が合流する

竜田大橋からの眺め

竜田大橋を渡った左側にある、竜田川の石碑

渡った右手にある桜

竜田大橋を渡り街並みを進むと直ぐのところに重厚な旧家がある

その先の信号で旧道は鍵かたのように左に折れ直ぐにまた右に折れる

左に折れ直ぐ右に折れる所。左角から旧家の建物が残る

旧家

旧家から先の龍田の街並み

街道沿いの左に 延命地蔵尊

更に左に お堂

街道らしい雰囲気がある街並み

右手に 六斎寺

その前左手に 東光寺

年輪の重ねた貴重な民家。街道歩きをしていてこの様な建物を見るとホットする

霊雲寺の北側にある 龍田神社三郷町にある龍田神社が本宮

神社前の奈良街道と当麻街道の案内板

境内に金剛流発祥の地の石碑が

境内にある巨木に覆われた 楠大明神

直ぐ隣に 霊雲寺

龍田の街並みを進みその先で国道25号線に交叉する

斑鳩町役場の前で国道25号線を歩道橋で横断する。正面の道が国道25号線。右手の旧道の街並みを進んできた

左が国道25号線。右の旧道の街並みを進み法隆寺へ進む

右の旧道を入った直ぐ右手にある お堂

この通りは並松商店街、左の国道に比べ静かなもの

法隆寺南1付近、左に法隆寺の正面が見えるところで左に折れる

左の角に 角の道標と初代吉田奈良丸の碑

法隆寺への正面の道が街道

法隆寺までの真っ直ぐな街道を進む

やがて 南大門が見えてくる

南大門からの法法隆寺

街道は正面南大門の前を右に折れる

右に折れて左に法隆寺を見ながら東に進む、東に真っ直ぐ進んでいくと突き当たりとなるので左折れして北に進む

南西角の山本商店前に 道標

その先直ぐに右に折れる

左に 中宮寺が見える

真っ直ぐな道を1km程進む、途中国道25号線を横切る

やがて富雄川につきあたるが,川を渡らず左に折れる

大和郡山市小泉方面に進む

暫く進むと右手に お地蔵さんが並んでいる

その先で右に折れ川を渡り直ぐまた左に進み左にホテルをみて国道25号線を渡る。

マロン奈良工場をみぎにみて小川に沿って進む

小泉町に入る

角のところに 道標

その先で正面に 小泉神社が見えてくる

小泉神社本殿 (重要文化財)室町時代初期

少し(寄り道)惟摩寺

小泉城址
南北朝のころから地元豪族の小泉氏の館があった。江戸時代1623年片桐貞隆が小泉城あとを陣屋として小泉藩が成立した。

石州流茶道宗家高林庵と堀

片桐且元の弟貞隆の子で大和小泉藩2代藩主の片桐貞昌(石州)は徳川家康の茶道指南であった

高林庵を堀側から見る

善福寺

高林庵から北に進み9号線を越えたところにある 慈光院

入り口のところの石碑 茶道石州流発祥の寺

山門

本堂 今でも茶道が盛んに行われている

寄り道を終わり再び小泉神社のところまで戻り街道を進む。小泉神社を正面に見て手前を右に折れる、その先200m程のところで左に折れる。その先で県道123号線を横断して北に進む。右手に大和郡山小泉局を通り、やがて国道9号線に突き当たる。
その手前左手に 祠が

その先で国道9号線に出るので右に折れる

国道に沿って進むとすぐ左に池がある。その左手富雄川の手前左手にある 不動院
西南戦争の慰霊碑、矢田山地蔵大菩薩と書かれた石柱、天保年間の常夜燈がある

富雄川架かる富雄橋渡り小泉の信号を越えて真っ直ぐ進むと、左手北側に九頭上池 昔、満願寺という寺があり、その南西に位置していた池で九頭上は9つの頭の上に聖徳太子が乗っているという意味だそう

その先池が切れるあたり左に小さな神社があるところを左にカーブする


左にカーブしたところ

そこで旧道は左に進み新道は右に分かれる。旧道は暫く真っ直ぐ進む

集落の中を進む

左にJAをみてその先、大和中央道の信号を横断して100mほど東に進みます

左手に神社があります

神社のところを左斜めに進み、池之内町の信号を越えて、北東に真っ直ぐな長い直線道の9号線を進んでいく。車も多く注意が必要であった。この辺りは金魚の田んぼが一面に広がっている
途中左手に 甲斐宮

神社の西側に 光明寺

西林寺 が街道より反れた西側にあります

更に旧道(国道9号)を進んでいくと右手に小山が見える。新木山古墳(丸山古墳)大型の前方後円墳全長122.5m、後円部経67m、周囲には馬蹄形の堀が巡らされていたが破壊されている


古墳が切れたところで丸山の信号を右に進んでいく。この辺り右手も金魚の田んぼが広がる
その先西岡町の街並みを進む

近鉄橿原線の踏切を渡り大和郡山の市街地に入っていくと
南大工町の交差点に出る。交差点の南北の道は 郡山街道。この右手一帯には江戸時代からの遊郭街であった

交差点手前左にある 郡山外堀跡の新しい石碑


この交差点を左に折れるが、その右手に建つ旧家

左に折れた通りの柳町商店街を通る

商店街に入る手前左手にある 郡山八幡神社

その隣にある 常福寺

城下町の古い建物が所々に残る街筋商店街を抜けたところ角の、創業400年の和菓子屋菊屋

商店街を抜けたところ新紺屋町で真っ直ぐ行かずに左の近鉄郡山駅方向に歩いて間違った


止む無く途中で右に曲がり北に進む郡山市役所の西側を通り、左に 郡山城を見ながら北へ進む

間違ったので道を東に折れて柳商店街の通りを更に北に進むところに戻る。新紺屋町から錦町、奈良町、本町、魚町へと古いたたずまいの残る街並みを進む


その先で交差点に出る、左角にはコンビニがありそこを右に折れる。左に郡山小学校を見て北鍛冶町の信号に出る。
信号の左角に 道標がある

西観音寺町から東奈良口町を北に抜け奈良口の交差点に出る
交差点の手前に お堂が

奈良口の交差点の秋篠川を渡り右に折れる。真っ直ぐは郡山街道
交差点の右角に 常夜燈と道標

常夜燈の傍の 地蔵尊

秋篠川を右手に沿って東に進む

JR大和路線踏切を渡る

その先で秋篠川と佐保川が合流するところで佐保川手前の左側(西側)の道を北に進む

右、佐保川再びその先でJR大和路線を渡る

堤防の道から生駒山が見える

その先で国道24号線奈良バイパスの高架を潜る

その先暫く堤防を進んでいくと、左側に高橋神社があります

その先県道122号に出たところ(大安寺西)で右におれ佐保川に架かる橋を渡り東に進む

橋を渡って少し歩くと更にJR大和路線を渡ることになる

東に真っ直ぐ進んでいく左に 祠が

祠の前右側に大安寺役場跡、大安寺の街並み

その先街を進んでいくと右手に常夜燈

その先で広い道路の交差点に出る、横断して東に進む

更に東に進む旧道、左にイオンスーパー

イオンが切れる辺りの左側にある お地蔵さん

その先暫く進むとJR桜井線を越える、越えたところで分岐を東(右)の道を進む

東の道を進んだところ

木辻町の辻に出る、右に行けばすぐ桜井線の京終駅。辻を左に(北)進む、奈良京終郵便局を右に進んだ先右に

京終天神社

ならまちエリアに入る。もう間もなく終わり。

左側にある 祠

続いて左側に一心山 称念寺


道標と北向き庚申堂の前を進む


お寺

門禅に中将姫誕生霊地の石碑

東御門町

街道沿いの 地蔵

元興寺小塔院跡 奈良時代は元興寺の境内であった

信号を横断して真っ直ぐ進むがあたりはかなり日が暮れてきた

信号交差点の角に立つ 道標

三条通りに出ると目と鼻の先の 猿沢池が竜田越え奈良街道の終点(起点)

竜田越え奈良街道完歩
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