2013年10月6日
桜井駅~安倍文殊院~一直線に西へ橿原市のおふさ観音
忍坂街道に続いて歩く
桜井駅 13時20分 スタート
大和八木駅 17時05分 完歩
19.639歩 11.78㎞ 856kl
忍坂街道・大和長寿道の1日トータル
6時20分 スタート
17時05分 完歩
58.033歩 34.81㎞ 2.605kl
JR桜井駅前の通り道を真っ直ぐ南に進む、正面は桜井駅街路樹のポプラの木


通りの左、本町商店街のアーケドが、 忍坂街道の起点

寺川の陸橋を渡る

陸橋より左の川筋を見る

165号線の交差する交差点を歩道橋で横断

歩道橋より今来た道、桜井駅前の通

この先進む道

50mほど先左に、祠

更に100mほど先右に 若桜神社

拝殿

隣に 妙養寺

この辻を右に折れる、正面に桜井小学校が見える

直ぐに小学校で突き当たるので左に曲がる

判りにくいが、右に艸墓古墳(くさはか)

左、桜井商業高校グランド

その信号左角に 磐余道の道標

左に道標を見て信号を左に曲がる

右の坂道を上らず左の道を進む

右に艸墓古墳入り口の案内、民家の私道か

艸墓古墳墳丘は、阿部丘陵の小突起部を利用した方墳。別名、カラト古墳


街道に戻り少し坂を上ると、街道より100mほど右に(寄り道)

右に入っていくと、突当りに、奥池弁天宗の前を左に折れると変わった石仏



突当りを右に上がっていくと土舞台の案内表示



土舞台・日本芸能発祥の地
此の付近の地名は土舞台と称し、推古天皇の御代、摂政をされていた聖徳太子がはじめて国立の演劇研究所と国立の劇場を設けられたところ。すなわち推古天皇紀二十年(西暦612)に帰化人百済に味摩之により伝えられた、呉の「伎楽傳」を桜井村にて児童に伝習せしめられたと日本書記に記されている。(桜井市)
桜井小学校の裏山の頂上付近での平坦地。またここは、安倍山城跡でもある


元の街道に戻り進む

下り坂を下っていくと、左に安倍文殊院の東門に出るので左に折れて東門に入る


東門から入るとすぐ目につくのが、真っ赤な鳥居が立つ 稲荷大明神


境内にある 伊勢神宮への 大道標
この道標は江戸時代から近代まで、かつて当山の仁王堂の辻にあった。
正面「右 はせ いせ 左 たへま 大坂道」
左右「右 あべ をか寺みち」「左 あべ をか寺 よしの かうや山」
江戸時代、この伊勢街道は大坂から竹之内峠を経て、大和八木~当山仁王堂の辻~長谷寺~伊勢神宮へ続く重要な街道であった。また伊勢街道の仁王堂の辻から当山を通り吉野へ続く街道は、飛鳥時代は磐余の道と呼ばれ、中世には吉野への連絡道、江戸時代からの近世では紀州から伊勢への大名街道でもあった。

「特別史跡」文殊院西古墳願掛け不動を安置 国宝・重文に匹敵する遺跡


金閣浮御堂

白山堂室町時代・国重文恋愛成就・良縁成就・縁結び大神


閼伽井古墳(東古墳)飛鳥時代、閼伽井の窟と呼ばれている枯れることなく湧き出ている泉

文殊院東古墳

石佛群

その前に 弘法大師とお砂踏み




ウオ―ナー博士の報恩供養塔

境内と金閣浮御堂

大和長寿道は北側の奈良横大路に並行しています

山門 山門を出てここから西に一直線にのびている道が、大和長寿道

山門の前、大和長寿道の起点やっと起点に着いた

山門を出て二筋目の交差点を左に100mほど曲がったところ突当りに、安倍史跡公園・安倍寺跡

国史跡 安倍寺跡
この地域一帯は、安倍氏一族の本拠地であったといわれ、氏寺である安倍寺(崇敬寺)の建立は山田寺の創建時代(641~685)と同じころで、安倍倉梯麻呂の建立であると伝わる。伽藍が整備されたのは安倍朝臣御主人の時代だとわかってきた。寺の範囲は約200m四方で、伽藍は南に面し、東に金堂、西に塔、北に講堂という法隆寺式、あるいは川原寺式に近いよう。(桜井市教委)


安倍木材団地の中を通る


県道15号線と交差する、右角にはサークルK

真っ直ぐ伸びる街道である

米川の笹穂橋、橋の手前は桜井市と橿原市の市境

⦅寄り道⦆笹穂橋を渡る100mほどの手前を右に入っていく、角に運送会社の駐車場がある
右田園の中に堤跡が残る

堤に 石仏

二上山の遠望

300mほど入ると 吉備神社


吉備池が神社の南側、堤の中に広がる堤に建つ 石仏

大伯皇女の万葉歌碑

この付近一帯は 磐余池跡吉備池廃寺跡 現、吉備池

明治・・・水死惣法界碑


元に引き返す道の右に お地蔵さん


元に戻り米川を渡り進む

その先の十字路左に 石碑

大和長寿道は真っ直ぐだが斜め左の道を進み少し

50mほどで突当り、左に折れる

左に折れた右に浄土真宗 本福寺

突き当たったところを右に折れ、長寿道に出て左に曲がり歩くが右角に新しい、案内の道標「御厨子観音妙法寺」

ここで左に折れず、再び突当りの所に戻り本福寺の前に出て150mほど南に歩き、三叉路を右に折れすぐ先左に、
御厨子神社と御厨子観音妙法寺がある

穏やかな田園風景を見ながら進むと前方に 御厨子観音が見える


みずし観音への参道

途中に 大津皇子の碑文
ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を
今日のみ見てや雲隠り南無

ぼけよけ地蔵尊

光明不動


御厨子観音妙法寺 本尊 十一面観世音菩薩


すぐ隣の 御厨子神社への参道

御厨子神社


神社の前を少し西に進みT字路に出て右に折れると信号交差点に出るので、左に折れて長寿道を西に進む

真っ直ぐに伸びた街道を進む

橿原市膳夫町に入る

右に、香久山幼稚園・小学校の見える所で真っ直ぐ長寿道を進まず、右に折れて迂回⦅寄り道⦆をする。左に幼稚園・小学校をみて前の道を北に200mほど進む。小学校の切れたところで左にグランドに沿って左に曲がる

左に折れて100mほどで左の学校の校舎が切れる所に 常夜灯が立つ

そこで少し左に入ると 膳夫寺

その南、香久山小学校の西側に 三柱神社

元に戻り西に進む、200mほど進み十字路を南に、200mほど歩くと、長寿道に出るので右に折れて西に進む

南に進んできて長寿道に出たところ

高殿町に入る、右に耳成山の遠望

左に 藤原宮跡が広がる

特別史跡藤原宮跡16年の短い宮跡


持統天皇・文武天皇藤原宮址


街道の左側は藤原宮で右側は、醍醐池が広がる

醍醐池が切れる西の端、池の堤に 祠

池の西側、池に沿った堤

醍醐池を過ぎて100mほどで信号交差点を横断して165号線の縄手町の交差点を越える

右に交通安全の 祠

祠の所の辻を右に少し入ると 正明寺

更にその少し奥に 正光寺

道路は狭くなっているが更に縄手町を進む

少し進んだ右に、おふさ観音寺

おふさ観音の山門



おふさ観音寺の100mほど先でT字路となる。

T字路で 大和長寿道は完歩 T字路左右の道は下ッ道
T字路から南(左)の道下ッ道

T字路から右(北)の道、下ッ道

このT字路下ッ道で、大和長寿路は完歩となるが、近鉄大和八木駅まで下ッ道を歩いて移動する
T字路を右に折れてすぐ左に浄土真宗 大願寺

この小房町の街筋も古い大きな民家や商家が並ぶ道筋である

北に暫く街筋を進むとJR桜井線の踏切を渡る、すぐ左が畝傍駅

165号線との交差点手前右角に、八木町道路元標

交差点を渡り古い町並みを更に進む

左に 西福寺 その先100mほどで、下ッ道と横大路との交差する辻に出る。趣きのある建物が沢山残る。
八木札の辻交流館、旧旅籠で東の平田家跡

奈良横大路の東側の街筋

辻の角に立つ標示


下ッ道と横大路の辻で、大和長寿道を完歩とする
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