奈良・下街道(郡山街道)

2011年6月24

大和郡山市役所前~大和街道(伊勢南街道)との分岐点、五條市三在交差点

橿原神宮駅近くに車を預け、5時13分発で大和郡山駅まで。5時50分スタートする。2時間程郡山市街地を見学したため後にひびき結果的に完歩出来なかった。そのため2回に分ける事となった
その上、暑く脚が重くなって少しいつもよりつかれた。旧道の資料が乏しく、旧道と新道が半々ぐらいだろうか、でも新道でも旧道のような雰囲気のある道も多く楽しく歩けた。暑くて余り昼食が食べたくなくとらなかったが、飲料水はさすがに10数本飲んだ。
後8kmぐらい残るが西寺田橋で今日は終わりとする。
    郡山起点  5時50分 スタート
    西寺田橋  16時45分  着   本来なら後8kmぐらい歩いて完歩するのだが。
        60.771歩  36.46km  1581kl
   

でも朝5時50分から歩いて結構歩いている。

(2回目続き) 
2011年7月3日 西寺田橋~三在交叉点
    
西寺田橋   9時30分 スタート
    三在交叉点 13時30分 着
       24.184歩  14.51㎞  628kl

    2日間トータル 84.855歩  50.97㎞  2.109kl
この距離では、1回では無理だった

下街道は、資料が少なく正確な街道を歩いているかどうかわからない。郡山をスタートして筒井・高田へと南に進み、御所を通過して風の森峠を越え、五條の三在交差点までの道のり。

5時50分大和郡山駅を出発して、郡山の城下の一部を見て歩く

郡山市役所の北側、郡山城跡への道、近鉄線路踏切手前の左にある 地蔵の祠

郡山城の堀

鉄御門跡

表門跡

天守郭跡にある 柳沢神社 早朝なのでまだ入場できない

石垣と堀

追手向櫓

左、追手向櫓と右、追手門

追手門

城内玄武郭にある市民会館

城下の街並み

市役所北東にある 豊臣秀長公の菩提寺 秀長の画像を所蔵している 真言宗春岳院

春岳院の東隣にある 日蓮宗宋延寺

その直ぐ東側の県道108号の左角に 火の見櫓と消防分団

更に東に進むところの街筋

街筋には至る所に古い建物が残る 中村酒造の建物

更に東に進んだ突き当たりにある 良玄禅寺 1639年城主となった本多政勝の菩提寺
境内に「時雨塚」がある、松尾芭蕉の
       初しぐれ猿も小蓑をほしげなり  の句碑 
まだ朝が早いのでどこのお寺も入れません

郡山の市街地にはこの様な建物が当たり前のように残っているのが嬉しい

まだまだ沢山回りたいが時間的に無理なので、大和郡山市役所南側のところに戻り、柳1丁目
下街道をスタートする

右手角には 老舗菓子店の菊屋 創業400年の菓子舗。みるからに時代を感じさせる。残念ながら朝早いので買うことができなかった

菊屋の角から北側の市役所方面・柳御門跡と百寿橋をみる

寄り道)菊屋の通りを南に進み十字路を右に進むと近鉄郡山駅となる、駅の北側の踏切を渡り数百m進むと左側にある カトリック教会

幕府は1596年以来300年間切支丹禁制をとってきた。明治二年新政府も7代にわたって潜伏を続けた、長崎県河上村民3416名を捕縛、家族を分散総流罪とした。内大和郡山藩流配された戸主10名と婦女子76名を執拗なる改心への責苦を与えた。それでも屈することなく9名の殉死者をだしながらも頑強に抵抗した。明治6年解放され故郷にもどった。昭和40年遺族は祖先の難渋を忍び尊崇の記念として碑を建立した。

その先を左に曲がり100m程進み右入ったところにある
大和大納言豊臣秀長の墓
1591年ここ郡山にて没する、この地に葬られたが、豊臣滅亡後秀長の菩提寺大光院は移転し、墓所は春岳院に託された。その後墓所は荒廃したため、1777年五輪塔が建立された。五輪塔は約2mで法名は「大光院殿 前亜相春岳 紹栄居士」と刻まれている
大納言塚への道

もう少し(寄り道街道に戻り十字路右に折れてを進まず、そのまま真っ直ぐ行く,左手に 浄土宗西方寺

その先108号に出る手前左側に 社内宮

その隣に 浄土真宗本願j寺派光専寺

108号を左に曲がり2筋目左に 箱本館 旧奥野家は代々つづく紺屋

道の真ん中に郡山城の堀へつながる水路があり、両側に低い町家が続く、かつては13軒の紺屋が集まり、水路の水で布や糸を洗っていた。昔の面影が残る道筋

108号を左に曲がったところに戻り真っ直ぐ進むと左手に 園融寺

更に東に進んでいくと右手に 薬園八幡神社

神社の隣に 薬園寺

その直ぐ先が 外堀緑地外堀跡 を緑地化したもので、郡山城の広大さがよくわかる

園融寺の近くの 報土寺

108号の交差点に戻る向かって左側手前が園融寺、道筋の寺が報土寺真っ直ぐ進んでいけば外堀緑地に行く

信号の手前の路地を右に入ると洞泉町。この界隈一帯は 遊郭跡で、江戸初期からここに遊郭があり、幕末には6軒、昭和初期には17軒を数えた。今でも路地には3階建てを含む木造の建物が残っている。特に昔のままの高楼が残っている建物もあり当時の傾城街の面影が残っている珍しい街角である

高楼が残る三階建ての建物

昭和の中ごろまで使われていたそうで大きな建物

高楼の建物のところから右の路地を見ると奥に更に3階建ての遊郭であった建物が残っている

外観は少し改装しているようだが大きな建物だ

建物の隣に 浄土宗浄慶寺

三階建て建物と浄慶寺

この路地からもとの高楼の在る建物の前の路地に戻り更に奥に100m余り進む
左側に木造の 遊郭跡の建物が並ぶ

正面突き当たりに 洞泉寺 重文の阿弥陀如来像で知られている

その正面隣にある 源九郎稲荷神社

少し寄り道で時間をとってしまった、先ほどの紺屋町の信号まで戻ります
信号のところから街道へ戻る途中少し左のところにある 浄照寺と文信寺
浄土真宗本願寺派浄照寺

文信寺

街道に戻りスタートします四辻から西の近鉄郡山駅方面街筋

四辻から東・外堀方面

四辻から北・市役所,菊屋方面

四辻から南・これから進む下街道

街道右手に 常福寺

柳町商店街を進む

商店街の南の端右手に 郡山八幡神社 大宮町

郡山城外堀跡の石碑
八幡神社の直ぐ先が四辻となっている。街道は真っ直ぐ南に進むが、東西の道路が 旧外堀跡 大きなお城であったようです

四辻より柳町商店街通りを振りかえる。左手前が八幡神社、その向こう隣にも古い三階建ての建物

四辻の向こう右手の角の旧家が残る
狭い道だが車が多く幼児・小学生の通学路であり少し危険であるため、地元のボランテアの人達が毎日交通整理をしているそうだ

この旧家の右手向こう側一帯も旧遊郭の傾城街であったそうだが、いまは殆ど無くなって、一軒だけその面影の建物がある。こうして見ると、郡山城下市街地の一角はかなり傾城街として賑わったことだろうことが想像できる

直ぐ左に 西向寺

寺の前の路地を少し右に入っていると、一軒かなり老朽化した遊郭の建物が残っている。交通整理していた人のはなしでは、この付近に10軒前後のこの様な建物があったそうだが、老朽化で壊してしまったそうだ
それにしてもすごいですね

柳町6丁目の左手公民館の傍に 水玉大明神と灯籠

その先天丼町に入り右側に お地蔵さん が祀られている

その先で関西本線大和路線の踏切を越える

杉町の交差点を抜けていく

左手 天丼神社の森 を遠望して通る

杉町を抜け筒井町に入る左手に遠望に、八雲神社の森 がある

筒井町は戦国の武将 筒井順慶の本拠地 です

八雲神社

神社の南側方向に 千射寺

筒井町に入り右先、筒井小学校の前の街道。

筒井の街筋をすすみ細い道を少し左に入ったところに 光専寺 がある 筒井順慶の木像が安置 されているとのこと門が閉じられていって中に入れない

街道に戻るところの右手に お堂 がある

街道を進むと直ぐ右手に 浄土真宗本願寺派信光山正念寺と祠 がある

正念寺前からの街道、この先の25号の信号で右に曲がる

25号の交差点を街道は右に進むが、左に曲がり行ったところに、筒井城址の石標 が角に立っている

交差点向こう側の右手角に 筒井村元標

右に折れ200m程行くと、近鉄橿原線の筒井駅が右手にみて、高架線路を潜る

線路の高架を潜った右手にある お堂

直ぐに右手にコンビニがある信号交差点のところを左(南)に折れる

今度は左手に近鉄線と並行して暫く進む

前方に西名阪自動車道が見えてくる、その直ぐ手前右手に 常夜燈と祠 がある

その右手奥に 春日神社

自動車道を越し振り返る

その先の信号交差点の右手手前角に 地蔵尊の祠

その直ぐ先、左手の昭和郵便局の道向かいにある お地蔵さん

その先の街道筋

右に大きくカーブしながら進む

数十m先の二股道を、左の道を進む

柏木町に入り左に大きなお寺がある 光明寺

街道右手に お地蔵さん

正面に推古神社が見える旧道は左にカーブして大和川の堤防に出るが、左にカーブする右手に推古神社

森の中の 推古神社

神社を右に見て、左に折れて進み振り返る、左の森が推古神社。残念ながらその左の奥に、聖徳太子ゆかりの 額安寺があったが逸した

堤防にでて、左の川にそって堤防を進む

暫く進んだ先で、信号交差点でみぎからの108号線と合流し左に曲がり大和川に架かる枝尾ヶ瀬橋を渡り、108号は真っ直ぐすすむが渡ったところで旧道は左の大和川にそって堤防を進む

橋の左を見ると大和川に支流が合流しているところ

橋を渡ったすぐ先で旧道は堤防より大和川に下りていく

右手にごく普通の民家建物の 念仏宗念仏寺 前に 灯籠と常夜燈 が建っている

その先の旧道、大きな旧家の建物がいかにも旧道の細い道の情緒を漂う

直ぐ先で左の大和川の堤防に上り進むと、右手にお寺の建物が見える。前方に橋が見えてくる手前で堤防より右に下るる道に入る

右に下って100m程で突き当たりを左に
この先少し旧道かどうかわからないが見るところがあるので回ります

左に折折れたすぐ先で分岐しているので左の細い道に折れます

直ぐ右にお寺がある角を右に折れます

更に直ぐ左に曲がるところ

左に曲がったところから振り返りお寺のところを見るミラーのところを右から来て、左に折れたところ

その先に 春日神社 がありそこを抜けていく

神社の先の田んぼの中に実盛塚があるはずだが見当たらなく、畑仕事の人に聞くと、直ぐ先に移したと教えてくれた
確かに前方の道路の脇の田んぼの畦道に石碑が建てられている

実盛塚 ここにある磐余はよくわからないが来てみたかったので、迂回した道になった

時代に流され何かわびしいこの辺りは多分旧道より入ったところ

東洋シャッターの工場のところに出て工場のところ南北に歩くと、県道36号にでる、信号を右に折れる

右に折れたところ、右手は東洋シャッターの工場が続く、その先108号が右から直角に合流する。結崎工業団地の信号。その先36号となる

やがて寺川に架かる梅戸橋を渡る

橋を渡り直線道を少し歩くと、左手に森が見える。島の山古墳

古墳を左に見ながら進むと左のセブンイレブンの先の信号交差点を左に折れる

左に折れると、右手には大日本印刷奈良工場が一帯を占める。工場の前の直線道を進んでいく
この辺りは田畑の中に立つ大きな工場の新道

大日本印刷の工場を過ぎると、緩やかに右にカーブするあたり左に島の山古墳・比売久波神社・浄徳寺が集まる森が見える、この先、唐院集落

左に(寄り道浄徳寺

比売久波神社 アマハチ姫を祭神

右に町立給食センターを見て真っ直ぐ歩くと、飛鳥川に架かる唐院橋を渡る

飛鳥川に架かる唐院橋を振りかえる

三宅町に入り、左に飛鳥川を見ながら少し歩く

飛鳥川の堤防を200m程進むと右の道に入っていく

右に入ると小柳の集落 その入口右に 道標

右に下ったところから350m程進むと曽我川にに突き当たります

曽我川の案内板と曽我川に架かる橋を渡ります

橋を渡ると左手に 地蔵祠

パチンコ店のところを回り込み、桜橋東詰めから右に葛城川の堤防に上り葛城川を右手に沿って南に進む

暫く進んでいくと近鉄田原線の踏切を潜り

踏切から250m程先の枯れ木橋東詰めの信号交差点を右に折れ、葛城川に架かる枯木橋を渡る

枯れ木橋より葛城川を見る

右に折れたこれから進む的場地区の道

左に中堀医院がある二股を右斜めに入る(五差路)

入ると直ぐ右側に 常夜燈

箸尾の集落

右手に 教遠寺

教遠寺の十字路を左に折れる右手に進めば近鉄箸尾駅

左に曲がり広い道路を横断して細い道を真っ直ぐ進む

右手に箸尾郵便局があるので、その先を右に折れる

右に折れるところ左側に 西願寺

右に折れて真っ直ぐ進むと、国道167号に突き当たる

突き当たる手前右手に 祠 がある

国道を左に折れ167号を進む、左手に 教行寺箸尾御坊 

その先、右手に広陵北小学校の前の信号を左に少し(寄り道)をする
蓮行寺と門前に地蔵堂

道を挟んだ南側には 願乗寺

更に南、14号線に近い所に、櫛玉比女命神社 神社の位置は前方後円墳の後円部にあたる

箸尾南の信号交差点の旧道に戻る

交差点の先右手に 祠 広陵町を進む

暫く真っ直ぐな道を進むと、右手に森が見えて 神社の鳥居が見える

古寺地区に入る 小北稲荷神社の道標

右手に 赤い鳥居とその奥に 小北稲荷神社の森 が見えるがかなり入らないけないし、少し疲れてきたので遠望とする

更に進んでいくと左手に 正楽寺 本尊は木造十一面観音立像

その南側に 八坂神社

境内のケヤキの巨樹

古寺地区の街筋

街筋より少し左に入ったところの 願行寺

その向かいの 心光寺

この辺りは環濠集落の南郷地区で集落の回りに堀がめぐらされている

集落を抜け真っ直ぐ進んでいくと古寺の交差点を渡り、更に直線道を進む

右手に広陵町役場の新築工事

広陵町役場前信号で左と右に分かれるが分岐右の真っ直ぐな旧道を進む(五差路)

信号越えたところの園の街筋

昔懐かしい長屋建物

右手に 仏願寺

直ぐ近くにある小さな 神社

少し先右手に 山王神社の森 が見える足に疲れが出てきた200m程だが遠景のみとする

更に進んでいく

左手一角に  が祀られている、隣に石碑もあるが何だかわからない

大きな旧家の建物

この辺りにも大きな建物の旧家が点在する

旧道沿いの 灯籠

左側に 円徳寺

前述の信号交差点で左に分かれた道が左から合流して右に進む

その直ぐ先で左にカーブする

カーブする角右手にある 灯籠と祠

その先南郷地区を真っ直ぐの道が延びている

途中左に  が祀られている。後ろの森付近には 慈雲寺・勝善寺・高龍神社 がある

藤森交差点を横断して真っ直ぐ進む

暫く進むと左の民家の軒に  が

更に続けて左に 祠 が祀られている

高田市日之出町の交差点

右に土庫病院のところ日之出町中信号を165号でなく右の細い道に進む

右側に 地蔵堂

その直ぐ先に 明治天皇遙拝所の石碑

近鉄大阪線の踏切を渡る

踏切を渡ると右側に 水掛不動尊

大東信号交差点を真っ直ぐ進む

その先右手に 天神社 そこの辻を左直角に東に折れる

左に折れて100m余りで国道165号にでて右に折れる

右に折れて200m余り先でJR桜井線の踏切を越える

左手にお寺らしくない 隆妙寺

その先旭北町の信号を越える。ここを右に行くと 常光寺 がある。その近くの片塩小学校近くに 高田城址の石碑 があるそうだ寄り道が出来ない

その先今里の交差点で国道24号(現165号線)に合流し右に折れる

国道24号を200m余り進み高架の下の道に沿ってJR和歌山線を越える

高架の下の左側の道を進み、JR和歌山線の踏切を越えて50m程のところの左への道を入る

左に折れて150m程先で少し右にカーブしたところで近鉄南大阪線の高架が見える手前右手に  が

近鉄南大阪線の高架を潜る右手に近鉄高田市駅

高田に入りやたら踏切が多くややこしい高架を潜り100m余り進むと

三倉堂交差点で、右から国道が合流してくる小さな川を渡り暫く国道煤を進む

その先、東中地区で国道を左に分け右に入る旧道を進む

右に入ると、国道の車の騒音が嘘のように静かだ、少しの間だが裏側の道を進む

少しの間だが再び左からの国道が合流真直ぐ南に進む

バイパス道路の高架が左右に走る、高架を潜り国道(24号・168号を進む。この辺りの道路は様変わりして全く昔の面影は残っていない

少し歩いたところで、左手に古池、右手にジップドラッグのところの交差点で国道は右に、旧道は左真っ直ぐな道を進む

左手方向にお椀を伏せたような形の 畝傍山が見えている

この辺りから旧道らしい道に戻り車も少なく快適に歩ける

左に大和新庄駅を過ぎ直ぐのところで左からのJR和歌山線の踏切を越える

踏切を越えたすぐ左に 浄円寺の森 が見える

右の小川に沿って新庄町の旧道を進む真直ぐ南へ

更に広い道路を横断して真っ直ぐ

前方右に笛吹若宮神社が見えてくる

笛吹若宮神社

右の線路の向こう側に 弁天社 分からないが池の中にあるようだ

線路手前の少し南に 正覚寺

その先で、やすい川に架かる新町橋を渡る右手はJR和歌山線忍海駅

橋手前左側に 大神宮と常夜燈

振り返る

忍海地区の街筋を進む

立派な松の老木、街道名残松だろうか

旧街道らしい風情の旧道

旧家が残る街筋

その先右手に 閻魔堂

道を挟んだ閻魔堂の前に 常夜燈

東松本地区の信号を渡っていく

その先左に沢山の お地蔵さん が集められている

その向かい右に 常夜燈

この辺り右に入れば、JR御所駅・近鉄御所駅

御所の旧市街地、旧街道沿いの商店街だったようだが今は表通りに出ている

御所の街並み

趣があっていいですね

市街地のはずれ、右にカーブ

すぐにJR和歌山線の踏切を越える

踏切を越えた左手に お堂 がある

川に架かる鴨口橋を渡り少し緩やかな下り道を進む

下りきると右手に 鴨都波神社の鳥居 葛城の古道 歩きの時に見学しているので寄りません

その先で分岐に出ますが、真直ぐ進むと葛城川を渡りますが、橋の手前を右に

国道24号線にに出ますので左左に折れます国道の向かいにこんもりした森が 孝昭天皇陵

国道を左に折れて100m程進むと三室交差点に出ますので、国道は真直ぐ進み葛城川に架かる橋を渡り進むが。旧道は橋の手前で国道を左に分け右に進み、左の葛城川に沿って進みます

この先、葛城川を挟んで左が国道、右堤防沿いに平行して暫く道がある。果たしてどちらが旧道か分からないが、特に史跡らしいものもないので、安全のため堤防沿いに歩く

国道と並行して進むが、車も走らなく静かです

右手に金剛山がどっしりと構えている

堤防を800m程進んだ先で葛城川が分岐しているところで左に折れて、分岐起点を橋で渡ります。
葛城川を渡り国道に出てもいいのですが車も多いし、もうしばらく堤防を歩きます

前方左に葛城川に架かる室戸橋を左に見て更に堤防を進む

左に室戸橋309号線を横断

更に堤防を進む

室戸橋から300m程先に寺田橋が見えてきた寺田橋を左に渡り国道24号線に出ます
ここは先日歩いた 富田林街道 との分岐点であり起点

寺田橋到着16時47分、夏の日長でまだ時間は在るが、今日はここで終わりとする。残り10km程と思うが、かなり足が重く疲れて足取りも重い。
今日はここまでで 59.577歩 35.74km 1551kl よく歩いている。

ここからの交通の便が悪く、朝早かったので車を、橿原神宮駅に預けているので、本数の少ないバスで近鉄高田市駅まで戻り、近鉄で橿原神宮駅に移動します。

2011年7月3日 JR和歌山線で、わき上駅まで行き以前歩いた 葛城の古道 の補足分として、わき上駅~寺田橋まで歩き。そこから前回の下街道の続き分、寺田橋~三在交差点まで歩く。
9時30分寺田橋スタート

国道24号線に沿って進む

車が多いが幸い歩道があるので助かる

左の御所工業団地を見ながら国道を進む

右は 水越峠 向かって右の山が葛城山 左の山が 金剛山富田林街道 はあの間の峠を越えてきたいる

右手に かやの木と淡島神社

そこからすぐのところで国道を左に分け右の旧道を進む 下茶屋

200m弱の短い期間で左にカーブしながら小殿交差点で国道24号が左から来るが、信号を横断して向こう側の旧道を進む

向こう側の小殿地区の旧道

直ぐ先左側に 常夜燈が2基

直ぐ先左手に 西蓮寺 とあるが小殿公民館の表示がされている。裏側は墓地である

家長どう庵の石碑
徳川末期の儒者、小殿村の住人、家は代々大庄屋で所管40ヶ村に及んだ。その先祖は平忠盛の家人で平家長と伝えられる。墓地は西蓮寺

小殿の集落を進む

旧道を進んでくると左手角に 子安地蔵尊 がまつられている

傍に大きな 石碑 が建つ

少し(寄り道)して左に曲がり進むと 浄土真宗本願寺派龍光山教学寺

元の子安地蔵尊の三叉路に戻り南に旧道を進む

車の通らない静かな道、右に葛城川に沿って山際を進む、気持がよい

鳥井戸の数軒の集落、街道らしい雰囲気国道より少し離れているだけでこれだけ長閑

右の川向かいの小高い所に建つ 妙相寺

更に右に葛城川に沿って進んでいく

新四国八十八番霊場の石碑
その先左手に舟岡山があり山には、新四国八十八番霊場詣りとして、一番から七十九番までの霊場があったが、今は山が荒れていて分からないだろうとの地元の人の話

ここが舟岡山への上口なのか石碑が建っている

石段を上っていくと お堂と石碑や墓石 が沢山、登り口でこのような状態なのだから・・・

八十番から八十八番までは船路寺までにあるそうだすぐ旧道左に八十ヶ所目

五百家地区の旧道

その先左に 八十一ヶ所

竹藪の中に 八十二ヶ所目 よく整備されている

葛城川の田口橋にかかる葛城川も随分細くなってきた

橋の手前右に、八十三ヶ所目

旧道を挟んでその向かいに 北向き地蔵

旧道を進む 八十四ヶ所目 は後の話で分かったがこの先の民家のところにあったらしい

船路の集落に入る左に 八十五ヶ所目 ここで気さくに話しかけてくれたおじさんにこの様な事をいろいろ教えて頂き勉強になった。

船岡山はもう荒れて手がつけられないが、旧道筋にある霊場は地元の人達で整備しているそうで御苦労様です
その先で葛城川を渡る

その先、左、船宿寺手前の左に お地蔵様と祠

更に少し先の船宿寺への上口近くの左に、八十六ヶ所目 がある

八十七ヶ所目と八十八ヶ所目はお寺の本堂の裏手にあるとのことを教えてもらった
八十七ヶ所目はお寺の駐車場のところにあった

高野山真言宗医王山船宿寺

山門

本堂

船宿寺からの遠景

旧道は寺の前の道を進み車道を横断南西へ

船路地区の静かな旧道を進む

右に国道24号が見える

この先 風の森峠に至るがその手前の旧道を緩やかに上っていく

風の森峠手前で、右から国道24号が合流してくるが、合流せず手前の道を左に沿って進む

左手前の旧道

右から上ってきたところを振りかえる向かって右から上ってきた

短い期間だが旧道を進み、その先で右に曲がり国道に合流する

右からの国道に合流するところが、風の森峠 左に曲がり進む

信号北側の左角にある 風ノ森の石標

少し上から峠を見る

少し坂を上っていくと 風の森神社 でも鳥居も何もない

交差点に戻り24号線を下っていくバス停があります

下ったとこったところから峠を振り返る

下っていきます

下り坂の途中で左に入る道がある

左に入り突き当たりを右に曲がる

右に曲がった右手に 灯籠 がある

竹藪の間の旧道を下り進みます

右手に 弥勤寺 がある

旧道は弥勤寺に突き当たり、少し右に折れ直ぐ左に折れて進む

弥勤寺の門

門前に案内板が立っている

弥勤寺の全景

100m程進むと左の池の先に右に折れるのか旧道で、左の山に入っていく道がある
弥勤寺の有名な 峯山百体観音
この山に百体の観音が祀られている巡礼のように山を歩きながらまいるのだそうだ

百体観音の上り口を右に折れて東佐味集落を少し進むと、右手角に 2基の灯籠 が立っているそこを左に折れる

灯籠の先すぐまた分岐を右に折れる

東佐味地区を進む

東佐味信号交差点の少し先の国道24号に、左の高台から下って合流する

下ってきたところを見る

国道を暫く下り進む

左に春日神社への石段

春日神社の鳥居とお堂

居伝町交差点に出るが、その間、京奈和高速道路・JR和歌山線を越えてきます 

交差点を渡って喫茶店がある、向かって右が国道、喫茶店を挟んで左の旧道を下ります

喫茶店から振り返る。左が国道、旧道は多分真っ直ぐ山の裾に向かってついていたことと推測される

喫茶店を右にみて細い道を下っていく

左からの道と合流して坂を下る

真っ直ぐな下り坂です

坂の途中右からの24号に合流するところで左の道を更に下る

下ッ道(中街道)との合流点、左からの道

正面の旧道を下る

下るところの先の旧道

交差点を振りかえる、向かって左が国道24号線右が下街道で下ってきたところ右に入るのが下ッ道(中街道)

直ぐ右手に  が

住川町の旧道

交差点を右に行けばJR北宇智駅へ旧道は真っ直ぐ左の新道を行くと木材工業団地へ

(寄り道)して交差点を右へ24号線を越えると 浄心寺

門前の大木

境内には 弘法大師の記念碑

旧道の交差点に戻ります

田畑をみながら進む

旧道は右からの24号線に出る手前で左の細い旧道に入る

細い旧道

その先で竹藪手前で右の道に上っていくが、国道に出ないで南に旧道を進みます

やがて龍池神社、御霊神社の横に出る

龍池神社本殿

御霊神社本殿

西の表参道へ抜けていく

石段の参道を下ると右から24号が合流

下街道(郡山街道)もいよいよ終わりの 起点三在交差点 がすぐそこに見えてきた

進んできた三在交差点、旧道を振りかえる向かって左の道が国道。その右手の森が神社でその辺りが旧道が通っている

この交差点が 下街道の起点

もう少し先、交差点を横断すると国道を右に分け、左斜めに下る旧道がある

左斜めに下る旧道下から振り返る

下って行ったところ右手に 石碑

右の石碑、突き当たりがT字路となっており、ここで右の和歌山から来ている集落の中を通る、
大和街道(伊勢南街道)が右から左に進む道と合流する分岐点

交叉点からT字路の辻に出たところからふりかえる大和街道を来て下街道を歩く旅人はこの道を進んだのだろう

辻 左が上街道、右が大和街道

大和街道は、和歌山城下からこの先、伊勢南街道で鷲家~高見山峠を越え~松坂に入り、和歌山街道(紀州徳川の飛び地)を進み松阪への道。江戸中期までは紀州徳川家の参勤交代の道でした

下街道(郡山街道)完歩

寺田橋スタート 9時30分~三在到着 13時30分
         24.184歩  14.51km  628kl

ここからJR五條駅まで交通の便が不便で仕方なく歩く、
2日間での下街道合計  84.855歩  50.97km  2.109kl
この後15時ぐらいから1時間弱大雨で助かった

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