2012年12月22日
近鉄八尾駅~信貴山越えで近鉄信貴山下駅
近鉄で八尾駅へ、八尾駅7時30分スタート、今日は前回立石越え街道の経験で時間的余裕もあるのでゆっくり楽しみながら歩く。信貴山上で1時間程見学する。
八尾駅 7時30分 スタート
信貴山下駅 14時30分 着
31.801歩 19.08km 1.3352km
近鉄八尾駅の北側の出入り口よりスタート

線路沿いに西に進み、近鉄八尾駅西信号交差点に出て、ガードを潜り南西への広い自動車道を移動して、本町1丁目交差点に進む


本町交差点は五叉路で駅から歩いてきて、左斜めの細い道を進むのが 信貴越え街道起点 交差点右(西)から交差点に合流する道が 立石街道 で同じ道を少し進む

少し入ったところで、赤いテントのお店の角が分岐している。右が 信貴越え街道 で真っ直ぐ(左の道)が立石街道

お店の角に 道標「右 信貴山 柏原 恩智 すぐ 瓢箪山 枚方 生駒」

分岐点を右に折れた道

左に 梅ヶ枝地蔵尊 右前方に八尾市役所が見える


右に市立八尾幼稚園の所に、かつての 新橋の石柱(志んばし)が残り橋を渡る


南本町の交差点に出る、その交差点の左に お堂


南本町の交差点を左に曲がり自動車道の5号線を進む

左に曲がる5号線の道筋

すぐ左に 真宗浄蓮寺

東本町4丁目交差点を横断し東に進む

次の信号手前右に、ユニクロ、ライフがあり、ライフの角を右に折れる


ライフの角を右に折れた先の道

少し先左に昔懐かしい、長屋建物

右角大北ハイツの所で左にカーブ

その先を進むと、正面に高美中学で左に折れる

左に折れて高美中学を右に沿って進む

左角にガストがある、広い道路に出るので右に曲がる

右に曲がったすぐ先の左GSの手前の信号交差点を左に折れる

左に折れる先の道 青山町

左に折れた先、正面に市立総合体育館がある、その突当りを右に曲がる

立派な体育館を見ながら右に曲がった道

そのさきT字路を右に折れる、真っ直ぐな道が続く、道の両側にフローラー青山・メゾンカリブのマンション

左斜め後方に体育館を見ながら進む

下を川が流れる交差点を越えて東に真っ直ぐ暫く進む

右に山本小学校

小学校の先、山本町南6丁目8の交差点角左りに 矢無田地蔵尊


かつての街道は左の地蔵尊を見ながら、右斜めに八尾球場の中を進んでいたが、今は球場で消失しているので、迂回真っ直ぐ進む
真っ直ぐ進んだところで、玉串川に出る。川の東側に15号線が南北に走り信号交差点となるが、川手前の道を右に折れ、川の西側の道を進む

玉串川の右側の道を進む、気持ち良い道だ

きれいな川であると思ったら疎水百選に選ばれている大和川の分水で 玉串川の碑

玉串川に沿って少し南に進む


やがて高安駅前交差点に出るので左に曲がる。玉串川とはこの信号で分かれる


すぐ先で近鉄大阪線の踏切となる、左が高安駅

踏切を渡った先の高安の町筋、正面には信貴・生駒山系が迫ってくる



恩智川に架かる信貴乃橋を渡る

信貴乃橋から右(南)の遠景

外環状線(170号線)の教興寺交差点に出るので横断して真っ直ぐ進む


どんどん街道情緒が残る街並みを進んでいくと 東高野街道 が南北に走る交差点にでる

交差点の東西の右角に 二基の道標 「和州信貴山道是四十」 「すぐ信貴山毘沙門天」

交差点左(北)の東高野街道の道

交差点右(南)の東高野街道の道

交差点の西の今きた信貴越え道を振り返る

東に進んでいくと、左に天理教の有力教会高安大教会

みぎの細い道を少し入ると 融通念佛宗徳宝山大通寺


境内に建つ 六字名号板碑は、近松門左衛門作の浄瑠璃曾根崎心中で有名なお初、徳兵衛の墓碑で、俗に夫婦塚、又は縁つなぎの墓といわれている。また門前の 地蔵堂 内に祀られる子安地蔵には、正和二年発丑の紀念銘があり、鎌倉時代末期の造立で、傍らの 矢高地蔵 はもう少し後期のもの。(八尾市教委)
お初、徳兵衛の夫婦塚


子安地蔵と矢高地蔵

街道に戻り東に少し進むと、正面に教興寺があり突当りとなり右に折れる
別格本山教興寺



境内に 湯川直光公勇戦の地の碑

不動尊

くすのきの大木



お寺の突当りを右に折れたところ

すぐ先の十字路の右角に新しい 史蹟の道 道標 十字路を左に折れる

左に折れた右に 教興寺会館


右に池


右民家の軒に 「三丁信貴山」道標

旧道を道なりに趣きのある街道



右に 道標「右 岩谷弁財天」

今は緩やかであるがかなりの上り坂を歩いてきた

「四丁信貴山」の 道標

左に 融通念仏寺放光山意満寺


門前の 祠


左に放光寺の所で道なりに右にカーブし、すぐまた道が分岐するので左に曲がる

分岐道を左へ

左に進み坂を上ると、正面に権現社が見える

権現社

権現社の東側の道を進むと道路に出る

境内には古い 燈籠が残る一基は元禄十三年(1700)拝殿前の二基は、宝暦二年(1752)
拝殿

一基の燈籠

拝殿前二基の燈籠

神社の横の道から上の少し広い道に出た

かつての旧道は右斜めの三階建ての所から登っていたが、資料では藪がきつく歩けないので、新道を左に迂回するのがよいと書かれていたが、季節は12月なのであるいは歩けるかもと思って挑戦してみる。
信貴山道
東高野街道の教興寺の四辻を起点に、この権現社までの山越えの道は、丁石が建てられている参詣道としてはここだけである。往時、信貴山信仰が盛んであったことを物語る丁石の中には、灯明を入れる火袋を持った立派なのが多く、信貴山の宿坊内の鳥居下の四十二丁石が終点であった。
教興寺の四辻には、市内で一番古い宝永五年の道標と元治元年の道標の二本があり、何れも信貴山案内のものである。またこの辻の寺川家の庭には千手院の関係者が建てた宝筐院塔があり、その台石には「天下泰平、五穀豊穣」に文字が彫られている。これから信貴山信仰の人達が、自分たちの安心立命だけでなく、みんなの平和と豊かなくらしをも願っていたことを伺うことができる。(八尾市教委の碑より)
挑戦ここの旧道を上ってみる。上り口に上記の石碑が建つ三階建ての民家の横の上り口

神社の方を振り返る

細い民家の傍の道を進む


民家が途切れると急な地道の道に変わる

少し手を入れていただいているのか、旧道がよくわかり歩けます

先に石段が見えてきた

石段を上り更に雑木林の間の道を進む。今は12月だから枯葉になっているが、夏場や秋口は厳しいかも

権現社の上の林道が迂回してここで合流しています。旧道に挑戦してよかったと思う一瞬

合流点は平らで広場になっている


展望台からの眺望

林道と合流、右に進み左に回る道となっているが、旧道であったのだろう、林道を横断して上る道が残っていたので、そちらを歩く

急な登りで50mほど進むと、今度はすでに旧道は雑木で消失していて、元の林道に戻り、林道を進む


林道を右に進み、左に急カーブして上っていくが、舗装もここから無くなり地道に変わる



この先の登山道は説明が難しく、写真に沿って進んでください

暫く上ったところで、本格的な山道に入る

イノブタが出るようで注意書きの看板

かなり荒れている道


左が開けた尾根道の所で、常夜灯が倒れて散乱している





大坂方面の遠望


右に十三丁石

夏場は笹で丁石も隠れるだろう




かなり厳しい道


左、岩谷新弁財天社・・ 道標


岩谷道との合流点を振り返る向って右から登ってくる







二十一丁石 道標

二十二丁石 道標





標識があります

分岐を左の道を進む

小さな丁石が笹に隠れるようにしてある

ようやく前面が開ける、全面は大きな信貴山公園墓地

高安山霊園西、恩智越道から高安山への道に合流。開けたところに出てきた街道を振り返る

幸いイノブタもでなくて助かった

旧道はやや左に進んで、信貴山公園霊園の中を進んでいたが、今は墓地で消失しているので、霊園の東側に沿った道を進む

旧道の通っていた左の墓地辺りを望む、この辺りの標高は約340m

結構おおきな墓地ですが、車がなければチョット大変。北に700m辺りにケーブル高安山駅がありますが

墓地霊園の中の道




かなり歩いたが広大な霊園だ

左の金柵の中が霊園


霊園の外周の途中に鉄塔の展望台よりの眺め

下に整然と並んだ墓地が望める



展望台、墓地にあるのが珍しい

この道は旧道に復活したようだ




登山道から信貴山道路に出ました

道路に出る手前右に赤い鳥居と 祠

道路に出た辻、向かいに 辻堂

辻堂の傍に 道標 「左 信貴山」

正面は車道

辻堂の左側の旧道を進む

12月だから車も少ない、道なりに下る





池の手前右に 二十五丁信貴山 道標



小さな お地蔵さん

古い 二十五丁道標と灯籠二基

この分岐は右の道

次の分岐を左の道を南畑集落に下る

集落内の旧道を進む


集落内を抜け細い手すりのついた旧道を進む

標高350m程に結構民家があります

右の高台に 融通念佛宗禅入寺



本堂


お寺の先の旧道

南畑歌舞伎一座
明治22年頃、南畑に「日出座」という歌舞伎一座があった。座長の名優鶴沢三枝の碑


碑と傍の 地蔵

その下に 道標 「左 信貴山」

更に集落内を進み小川の橋を渡る


急峻な屋根の古民家が見える


旧道の両側に 自然石の碑 に迎えられ



坂道を上っていく

坂から南畑集落を振り返る

坂の途中左に 巡礼塔とお地蔵さんの祠

坂の上より、祠 を振り返る



やがて自動車道となり道は広くなる右、南畑幼稚園があり、道を挟んで左に 祠

祠の先左に 信貴山真言宗仲禅寺
宝亀四年(773)信貴山中興の祖、命蓮上人の姉君が薬師如来を本尊として創建されたと伝わる。戦国時代に松永久秀の兵火により焼失したが、秀音という尼僧の努力により再建されたが、近世のジエーン、伊勢湾台風の度重なる災害で堂宇は壊滅したが、その後復興した

旧道は正面の道を上ってきた、左からの信貴山の自動車道に合流の辻を振り返る

自動車道を少し進みます、宿泊施設も出てきた

左に 祠

祠の先で左にカーブ

自動車道は真っ直ぐ下るが、左角に「すぐ本堂」の 道標 がある


左に折れて進む 御茶屋が並び、池の赤い橋を渡る

橋より左前方に信貴山の堂塔が見えてくる

橋の右側には新しい自動車道橋が見える

橋よりの眺望


橋を渡ると、正面に 鳥居と総本山信貴山

二つ目の鳥居 正面高台に本堂が見える


一番南から回っていくと 聖徳太子 開山堂

命蓮塚

延喜の頃に信貴山を中興した高僧「命蓮」の墓と伝わる塚。塚上には成福院墓石室十三仏と類似の十三仏が祀られ、周囲にも室町末頃の一石一尊十三仏板碑が多数樹立されている


北へ 三重の塔への道

塔の手前に 日本一大地蔵尊



多宝塔

眺望




奥の院への 道標 「右 をくのいん」


信貴山奥の院への道

河多大天狗



奥の院へはかなり山道を上る

奥の院・信貴山城址への道をここで諦める。少し寂しくなってきた

奥の院入り口の 毘沙門天王道の石碑

多宝塔の右が奥の院への山道、左が行者堂から山上の空鉢護法への山道

鐘楼


本堂



十三塔

護摩の毘沙門天王




一山を駆け足でグル―と一回りしてきたところで、先ほどの鳥居に戻ってきた

左に曲がると左に 猪上神社


更に東にすすむと 信貴山の仁王門 正面出入り口の参道となる

仁王門を出たところに

仁王門を振り返る


参道を真っ直ぐ下っていく、両側には土産物店や旅館が並ぶ

先で道は分岐するが右の道を進む

右の道の街筋

右に 地蔵尊と石碑 が沢山並ぶ

その先右に 延命地蔵尊と多数の地蔵


長い参道を下ていきます

途中右にカーブするところに 石仏

信貴山自動車道と交差する

交差した先すぐ左に さくら観音 一番右

さくら観音の先で参道終わり、以前ケーブルカーがここまで上っていたが今は廃線となり遊歩道に変わっている


住宅地に変わり、旧道も消失しており、そこから自動車道に歩くが、車が多いので軌道線跡の遊歩道の直線を一気に下る

旧ケーブル駅を振り返る


ケーブル軌道跡の遊歩道




ケーブルカー跡だけに真っ直ぐな下り




千本桜並木道と名付けられているハイキングコース


軌道跡を振り返る

やがて下っていくと、自動車道に出る。正面に西和清陵高校があります。右に下っていく

右に折れ、すぐのところで左に折れて、左の西和清陵高校に沿って進む

ケーブル道跡から出てきたところを見る

旧道が無いので新道を下る。両側には信貴ヶ丘・城山台の新興住宅地が広大に建ち並ぶ


正面に近鉄生駒線の信貴山下駅に到着

信貴山下駅から振り返る

ここで信貴越え街道を終点とする
信貴越え街道 完歩


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