2013年2月22日
高槻市田能の樫田郵便局前~高槻市三島江(淀川)
大阪駅にでてJRで高槻駅へ、7時51分発阪急バスで30分樫田郵便局前まで乗る。バスには10人余りの登山グループが乗っていた。家を出るときは雨が降っており心配したが幸い雨も上がり助かった。前半は山間の尾根道を歩く街道なので雨や雪は辛い。
8時30分樫田スタート500m程進んだところで早々と山間部に吸い込まれていく。でも車も通らないし快適な道です。舗装もされている、車一台通れるぐらいの道が続く。おそらく旧道に沿って作られた林道だろうか、所々で旧道らしき道が舗装道より枝のように伸びているが直ぐ道が無くなり判断はできない。地元の山仕事の人に聞いてみても道はなくなっているとのことであった。萩原集落までは左右深い谷で尾根の道を歩くことになる、特に右は地獄谷といわれる急峻な深い谷で旧道と思って入ると迷ってしまうので危険。富田街道という名前も知られていないようだ。
後半少し雨が降ってきたが迷うことなく完歩。
8時30分スタート
16時45分 淀川堤防の三島江に到着完歩。
42.984歩 25.79km 1.962kl
富田街道起点
左角の樫田郵便局の手前の道を左に入るところからスタート

郵便局側から見る起点、街道は右に曲がる

起点のT字路から西に進む街道朝から空模様が少し危ない

T字路の東側の風景、うっすらと雪が残っている

温度は0度少し寒いがあまり感じない、冬の山道は熊やヘビが出ないから安心して歩けるので好き

左、田園の先に樫田小学校



右高台に 柱香寺


右に 祠

祠のすぐ先で左にカーブするところ道は分岐するので、左坂道の旧道を上る

車両通行禁止のさくが降りておるので、ここで作業している人に道を聞くと、この道が旧道とのこと

分岐したところ上から振り返る

当然車も通らない山道を一人歩く坂道であるが舗装がされているので歩きやすい。この状態であれば車十分走れるのだが

快適な山道だ

道は凍てついているので注意しなければ滑る

道は狭い山道と分岐するが舗装を進む、どちらが旧道か資料もないので不明。この辺りで標高400m以上


所々で旧道の残骸かと思われる道が目につくが無理せず、舗装道を進む

少しでも陰に入ると、道は凍てついて真っ白

暫く高槻市田能の山中を進む


峠のようだ、車が入っている狩猟であるかもしれないので注意。標高500m程です



随分南に尾根道を進んできました。案内標識がありますがどのような状況で断っていたかよくわかりません


この辺り 地獄谷峠
地獄谷峠の少し南の地下を、新名神高速道路の高槻と茨木を繋ぐ3057mのトンネルが通っています

右斜め前方に 高尾山(480m)を望む



山の景色を見ながらモクモクと歩く

かなり視界が開けてきたが、こう見ると山深いところを歩いているのがよくわかる

夏場なら熊はいることだろう

下って行きます。幸い道幅のある舗装道だから助かる







旧道の地道が右真直ぐ登る山道があるの入ります


少し心細いが快適

旧道のようだが、この先道がどうなっているかわからないので、この辺りで諦め元の舗装道に戻る。右は、深い地獄谷なので迷うと大変だから。
今日の旧道歩きは殆ど資料がないので、無理せず分かりやすい道を歩きます



まだまだ山は深いようです



ここにも旧道跡らしい道、少し歩いてみてまた元に戻る

ここで戻ります

とにかく長い山道が続く



ここも旧道の跡のよう

右の枝道

素晴らしい道、一人占め


ここもだろうか

沢山写真を撮っているのは道順の軌跡もあるが、心細い気持ちを紛らわすためもある


右鋭角に下る地獄谷線、振り返る

名前を聞くだけでも怖い






とにかく枝道に入らないよう注意して下って行きます


ようやく民家が見えたという感じ

民家が見えて坂を下っていった左に標示


萩谷の集落へ入る


石垣に組み込まれた可愛い蛙


道は分岐するが、右の集落へ進む この辺り標高350m程か

右に村の鎮守 諏訪神社



神社の南隣に 西法寺

本堂

下って行きます

萩谷集落の中の細い道を進む


小川を渡り、先ほど分岐した新道が左から合流

萩谷の集落を見る



合流から300m程下ると右下に旧南平台小学校萩谷分校、今は萩谷公民館 付近に何もない

公民館の少し先で左に坂を上る分岐がある左に行けば摂津峡へ、街道は真っ直ぐ


振り返ったところ

萩谷のバス停の先で標示、左の細い道、東海自然歩道が分かれるが、どちらの道が旧道なのかわからないので迷ってしまったが、新道を進む。




その先で、中萩谷バス停、再び分岐する右の道を進んだが、結果的には左の道を下り集落を抜けるのが正解であった。
その上近道でもあった。右の道は新しくつけられた道、何故わからなかったのか悔しい


左に下る道を見る、旧道のように思えるのに何故左の道を進まなかったのか残念

新道より集落を振り返る

右に大きな民家が

暫く進むと左に、萩谷総合公園テニスコートが


その先右に


再び道を暫く進む、車があまり通らないので歩くには楽だ。気が付かなかったが、前述で旧道と分岐した道が、左に出てきていたのが気が付かなかった


左に北大阪変電所が見えてきた辺りの右に 道標 「左 車作 妙見道」「右 萩谷道」


左に、北大阪変電所

北大阪変電所の広大な敷地とここへきてトラックが一気に増えて歩道もないので、また砂煙で歩きにくい

その時右のガードレールの切れ目に、旧道らしき道があるようなので一か八か進む。新道を造った時の旧道の残骸かも

旧道のようだ右に 鶴林山霊仙寺

境内の 一言不動尊堂

薬師堂

お寺への浦道であったようで
舗装道に出て左側に 白山神社

舗装道を下って行きます。左に荒廃している大阪興正寺別院

更に下り道を暫く進んでいく

前方には、開発された広い住宅地が広がる

奈佐原の地区へ入る

左に 殿岡神社


隣に 太神宮


殿岡神社東側には古墳



元に戻り先を進む
その先奈良原元町右に 真宗紫雲山浄正寺 阿弥陀如来が本尊、慶長十四年(1609)創建

街道よりすこし入ると 八幡神社


左り南平台の新興住宅地を南に進む


やがて名神高速道路が見えてくる

高速道路の左手前に 祠

高架下を抜けた、岡本西バス停

次の信号交差点を左に曲がる

直ぐまた道なりに右にカーブする

カーブした角に岡本公民館があり、とその手前の道を少し街道から離れ左に入ると
左に小さな 祠

名神高速を背にして 白山神社

街道に戻り、南に真っ直ぐの道を進む

やがて道は高速道の高架を潜って分岐した道が右から合流する


左に、今城塚古墳 が見えるよく整備された古墳


古墳の南西角で川を渡り、少し川沿いに進み高槻氷室局の前を通り、川を左に見て分かれる


分岐を右へ

115号線に合流して、右にフレンドマートを見て南に進む


フレンドマートの過ぎた南側の道を右に少し街道を離れて入っていくと

浄土真宗氷室山萬徳寺

萬徳寺の手前には 日蓮宗廣宣


街道に戻り南に進む

少し先の巡礼橋で 西国街道 と交差する、橋を渡り真っ直ぐ進む

西国街道川沿いの道西側

西国街道の川沿いの道東側

西国街道の交差する交差点を少し超えて振り返る

左に 春日神社 の森が見えてくる



宮田町の通りを真っ直ぐ南へ進んでいく

やがて171号線、大畑町交差点の広い通りを越える

大畑町の左、第四中学校の西側を進む

学校を越えたところの信号交差点を右斜めの右に進む

右斜めに進むと、右正面にダイエーがあるので、手前で左に曲がる

更にすぐ先で左斜めに曲がると、正面にJR東海道本線の高架下を潜る。高架の左はJR摂津富田駅

JR東海道線を潜り一つ目の信号交差点を横断して更に南へ

今度はその先で、阪急京都線の踏切を渡る。左は阪急冨田駅

右手奥に、煙突と因光寺の屋根が見える、雲行きが怪しい

その先に信号交差点、右に富田小学校、その前の133号線にかかる歩道橋より

133号線の北側で歩いてきた道。南側の道。道は、歩道橋の所で左(東)に曲がる

市営富寿栄団地の北側の細い道を右に巻くように進み


右にカーブする左に普門寺で西側で少し右に巻き門前に出る

向って正面の左に出てくる 臨済宗慈雲山普門寺


名勝 普門寺庭園の石碑

薬師如来と十一面千手観音を本尊とする。明徳元年(1390)に説厳によって開かれた。永禄四年(1561)には、室町幕府の管領・細川晴元が入山。同9年には、足利義栄が当寺で14代将軍の宣下式を行い、普門寺城と呼ばれ、境内を取り囲む土塁遺構はその名残。
江戸時代初期には広大な寺域で隆盛を極めた。明暦元年(1655)に、明の高僧・隠元が宇治の黄檗宗萬福寺を開創するまでの約6年間住職として滞在した。その後荒廃したが、戦後、再興され、方丈が重文となり。枯山水の庭園が名勝に、平成12年12月には表門、毘沙門堂等も含め境内の全域が名勝に指定された。
境内の一角には、細川晴元の墓 と伝えられる宝篋印塔がある


普門寺の正面参道

参道右にある 三輪神社


三輪神社拝殿

普門寺前の 道標 街道はここを右に折れる
正面 「右 京山崎高つき芥川」 「左 能勢妙見 かふさん」 西面 「右 みしまへ」
東面 「左 大阪尼崎いばらき すぐ そうじ寺」


道標の辻から真っ直ぐ南に街道は進む

南へ進んだところ右に 大峯山常夜灯と祠


左側には 道標 「右 富田街道 左 西国街道」

その先の信号交差点を横断

小さな川の橋を渡り真っ直ぐ南へ、ほぼ3㎞程は真直ぐ南への道

左にレストランさと、業務スーパーを見て進む

暫く進んで左に茨木鮎川局の前に 常夜灯

その先左に 真宗無量寿山慈光寺

更に進んで、鮎川の交差点、左ローソンの向かい、右から旧街道が合流してくる

その先河野樹脂工業の手前交差点で左に分岐していく 冨田街道は真っ直ぐ


雨が降ってきたもう少しだから頑張ろう。朝から雨が降らないか心配していたが今まで持った


左にサークルK、右に茨木ゴルフセンター、広い自動車道を進むので、全く旧道の面影は残らない

暫くして目垣2の信号交差点に出るのでそこを左に折れる
交差点野右(西)に 崇徳寺

左に交差点を曲がる

138号線を東に進む

暫く歩いて右に大きくカーブして、西面大橋西の広い交差点を横断


西ノ川の西面大橋を渡る

大橋からの右(南)を見る

橋の東側の分岐で左に折れて、すぐ右に折れて東への道をとる


旧道に復活した西面中の東への道 西面仲二丁目6


十字路の右角には立派な建物

その角に立つ 宝篋印塔と常夜灯

しとしと雨が降るなか自動車道ばかり歩いてきたので、懐かしく、心が休まる旧道

街道沿いにポツンと立つ 石造りの仏像

右に大きな 道標

街道より少し奥まったところに 曹洞宗東仙寺


右に


左に 凌雲山浄土真宗正徳寺 阿弥陀如来を本尊とする


趣きのある街並みを進む



十字路の左角にある なかばし柱石

大きすぎて全部入らないが重厚な建物

前方に東海道新幹線の高架が見える右に 祠


新幹線の高架を潜り、またすぐ先で自動車道の高架がある

自動車道の高架の手前の道を右に折れる

右に折れた一つ目の西面信号交差点を左に折れて東へ

道路の左右とも流通センター

暫く進むと、右に高槻三箇牧局

局の隣に 三島鴨神社



三島鴨神社のすぐ東側が三島江

神社を出て東側の淀川に沿った南北の道三島江はこの十字路を右に入る

淀川の堤防に突き当たります

淀川の堤防と三島江
三島江の ひしの浮葉に ぬる玉を
薦しか夏の 月もさやけき 後鳥羽院

堤防の手前左に 祠

毘沙門天道標と妙見燈籠

三島江の玉江の薦を標めしより
己がとぞ思ふいまだ刈らねど (万葉集)
三島江は、万葉集に芦や菰の生い繁る淀川の光景としてあらわれる。以後淀川の三島江・玉江は、玉川の里の生活感あるたたずまいに対して、清麗な自然を表現する歌枕として、大宮人に意識され定着してきた。
かつて三島江には河港があった。対岸枚方市出口との渡し口として、また江戸時代~昭和 初期には富田・茨木と大坂・伏見を結ぶ舟運で栄え、三島江浜と呼ばれた。
また出口からここ三島江浜に渡り、神峰山寺や能勢妙見山へ参詣した。その名残が、毘沙門天道標・妙見燈籠である。
しかし、交通体系の変化とともに、昭和27年淀川堤防が改修されて付近の景観は一変し、往時の面影は想像できないが、遠い昔の郷愁となっている。
新古今集 藤原俊成
夏刈の芦のかりねも哀れなり
玉江の月の明がたの空
拾遺愚集 藤原定家
みしま江の波に棹さすたをやめの
春のころもの色ぞうつりふ
金槐和歌集 源 実朝
水辺恋 三島江や玉江のま菰みがくれて
めにし見えねば刈る人もなし

三島江の淀川堤防 北南


三島江からの淀川の対岸枚方市と出口の渡し跡



堤防から三島江

雨も大降りにならず助かる
富田街道 完歩


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