2012年5月6日
豊中市阪急服部駅の西、能勢街道との分岐~東淀川区上新庄交差点
市場街道に引き続き吹田街道に進む、市場街道終点地から堤防沿いにモノレール南摂津駅へ約30分歩く。モノレールで蛍駅まで阪急に乗り換え服部駅まで、約1時間25分移動に要した
吹田街道 スタート 14時25分
上新庄 完歩 18時10分
24.252歩 14.54㎞
市場街道も含め1日トータル
53.716歩 32.20km
阪急服部駅東側前

服部駅の少し南側の能勢街道沿いの、足の神様として有名な 服部天神社 の前、この街道は江戸時代、大阪から池田・能勢・亀岡に通じる主要幹線道路として人.馬の往来で賑った 能勢街道

服部天神宮
能勢街道工程の中間に位置した服部天神宮は足の神様として崇敬を集めた。全国からの参詣で賑わい、旅籠・料亭・茶店は軒を連ねた

服部駅前の広い新しい道を真っ直ぐ進むのが 能勢街道、その一つ手前の細いみちを右に折れていくのが、
吹田街道起点


起点の細い道を東に進むと国道176号の服部本町の信号交差点にでるので真っ直ぐ進む

服部本町交差点を真っ直ぐ東への道

右手に 住吉神社

本殿
創建年代は明らかでないが奈良時代から平安時代のはじめと思われる。織田信長による荒木村重の討伐時に、兵火で焼失し、その後再建された。境内には能舞台がある

境内の衣食住、商売繁盛の 住吉稲荷社

天竺川を渡る

天竺川

天竺川を渡った堤防にある 天竺延命・子安地蔵尊
堤防決壊の水害時にここに流されてきた地蔵尊を本堂の中に安置された

天竺川から下りていく脇にある 大東妙典一字一石塔
この碑は経塚であり、1842年に浜の学者、樋口慶助が天竺川の洪水から人々を守ることを祈願して経典を埋めたという


左に曲がる堤防の草むらに祀られている お地蔵さん

川より直角に左に折れる先の細い街道。右角に松林寺

左に曲がる右角に 松林寺

薬師堂と本堂

松林寺境内の 今西家石造り五輪塔群
今西氏は、中世・春日大社摂津領の荘官として勢力を持っていた
境内の 今西家歴代の墓所

そのすぐ先左奥に広大な敷地の 春日大社南郷目代今西氏屋敷(府指定史跡)

重厚な表門

長い板塀と脇出入口


右第十二中学の前を通り信号交差点を越える

先で、鳥山酒店の所で左に折れる

酒店のすぐ先の左に路地を入ると 浄土真宗常光寺


小曾根の集落 蔵のある大きな屋敷

すぐ先左に 浄土真宗養照寺


となりに 浄土真宗西福寺


小曾根の集落を進む右手に 地蔵堂と燈籠


その祠のすぐ先右に 道標 「左 いけだ みのを 中山」

道標の手前左の、たきい畳店の前T字路を街道は右に折れる、右角が 地蔵堂と燈籠 右に折れたところから先の道を見る

真っ直ぐ進むと道は、高川に突き当たり橋がないので少し右にカーブして少し坂を上り高川の堤に上がる

提の上から振り返る

150mほど堤に沿って進む

高川に橋がなく、一旦左の堤防の下に降り、高川の下の道路で(川が高くなっている天井川)右に出る

旧道は道路の少し左に沿っていたが今は消失しているので、トンネルを潜った工事中のすぐ先で左の旧道に入る

工事中で旧道は消失


旧道に復し、榎坂の集落に入る

旧道は134号線に交差する、左向かい角に 道標 「右 かちをじ・・・」下部が固定され埋もれてしまっている


榎坂西道標


榎坂西道標の向かいに石標 分からない只の塀を守るためか

榎坂西道標と右側の石標 (江坂3丁目36)

すぐ先右手角に 榎坂東道標 「左り 勝尾寺」



街道筋に大きな建物が並ぶ


左に少し入ると 法泉寺

分岐の辻を右に進む

名神高速道路の高架を潜り、新御堂筋を潜る

新御堂筋を越えたところ左に 南無延命地蔵菩薩堂


現在豊一市民センターは 旧豊能郡豊津村役場跡(昭和15年まであった)

敷地内に建つ 記念碑

そのすぐ先突当りを左斜めに、すぐの交差点を右へ


右に折れた先の真っ直ぐな道

垂水町1丁目の左に 垂水神社への鳥居と参道


拝殿

玉之井の井戸

垂水弥生遺跡跡
千里丘陵東南端の丘陵上に展開する弥生時代を中心とする集落遺跡で、垂水町1丁目から円山町にかけて広がっている
境内の 垂水の滝「
いははしるたるみのおかのさわらひのもえいつるはるになりにけるかも」万葉集



鳥居を過ぎた少し先の町並み

右手に 雉子畷
淀川の長柄の渡しに橋を架けようとしたが、中々できない、そこで人柱となった岩氏のおかげで橋ができたが、岩氏に一人娘がいてこの父の悲劇があったあと物言わぬ人になった、嫁いでいた先から実家に帰されることとなり、夫とともにこの辺りに差し掛かった時、雉子が鳴いて、夫がそれを射殺してしまった。その時女は悲しんで、
ものいわじ 父は長柄の橋柱 雉子も鳴かずば 射られざらまし
とよんだという。それから、このあたりを「雉子畷」といわれたという。

その先の突当りのT字路を右に曲がり、コンビニの先で145号線にでて左に折れる


左に折れたところからの商店街を進む

豊津交番前交差点から商店街を振り返る

交番前交差点から進む先の道、すぐ阪急千里線の踏切を渡る

踏切を渡った先左に 糸田橋石柱
豊津交番のところを吹田街道と交差する糸田川が流れていた

案内板の直の所の川を渡る

145号線に沿って暫く進む

左に吹田カトリック教会

その先で、広い道路にでる、街道は真っ直ぐ行くが左に⦅寄り道⦆

帝釋天 玉林寺 の参道


右に朝日ビール吹田工場の前を

左に 片山神社 前に入っているのでここまでとする

元の交差点に戻り歩道橋より、右に朝日ビール工場、左が片山神社

歩道橋を渡りこれから進む道

歩道橋を下りた先の町並み

右に入ると 泉殿宮


隣東側に 浄土真宗浄光寺

泉殿霊泉 吹田朝日ビール工場建設に伴う逸話が残る


浜の堂地車庫

川面町地車庫

向かって右の道から進んできたが、鋭角左への道は泉殿宮への参道。角の燈籠

東海道本線の高架を潜る

左に 鎮守社

内本町2丁目辺りの街並で吹田旧市街地。所々に重厚な大きな旧家がある


右に入ると 浄土真宗光徳寺

左に入ると 高野山真言宗常園満寺 門前に石碑が四基


更に町筋を進んでいくと、大きな蔵付きの建物


14号線の広い信号交差点を越えて細い道を通り抜けると広い道に出る


左に 高浜神社


神社東側に 蓮光寺


高浜神社正面か南へ進む街道の左に歴史文化センターの 道標

右手に 大雄院

吹田歴史文化まちづくりセンター 浜屋敷

別の街道で中に入る、重複するので写真のみ 豪商の広大な屋敷跡


吹田の渡しへの道

吹田の渡し跡と祠





上高浜橋で対岸へ

神崎川と高浜橋

高浜橋より向かって左淀川、右神崎川を見る、渡し跡は合流していた辺りで渡っていた

高浜橋

橋を渡り上新庄に入る

上新庄交差点への真っ直ぐな道

上新庄交差点

交差点の左手前にある 祠

上新庄交差点

吹田街道は神崎川の北側、渡し跡の南高浜町で終わるが。交通の便もあり上新庄交差点まで来て完歩とする
吹田街道 完歩


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