2013年2月3日
余野、豊野町役場北の亀岡街道分岐~池田市木部町の能勢街道分岐
亀岡街道の 福井~余野間の歩いた後引き続き歩く。
余野街道は全体に府道に沿って歩くところが多く、山越えの旧道は殆ど消失しており分からない。往時は川沿の集落があるところだけが平地で後は山道でなかったかと思われる。府道には歩道はもちろん白線のない路肩ばかりで、結構スピードの出す車が多く危険な道で、元々歩くことを想定していないのだろう。日曜日で行楽の車が多く、幸い大型トラックがなく助かったが、もう一度歩きたくない道である。本来は川沿いの景色のよい道であるが写真もゆっくりとれなかった。
池田市は所々に案内標示が立てているので道は分かりやすかったが。箕面市や豊野町は全くといってよいほど説明板もなく全然力が入っていないのが分かる。
茨木市・池田市・箕面市・能勢町・豊野町・高槻市・川西市等々の境界が入り乱れており、行政も譲り合うのだろう。
12時40分 スタート
17時30分 完歩
27.662歩 16.59km 1.273kl
余野街道と亀岡街道と交差する近くから北に進む亀岡街道を写す


余野街道と亀岡街道 の交差する辻で、余野街道の起点

大阪高麗橋から進んできた街道できた亀岡街道余野街道の起点で右へ

亀岡街道が交差点を北に進む(亀岡へ)余野街道はここから左へ

423号線の新道が北に進む

スタート左に東能勢中学校、豊野町役場と続く

この街道は殆ど旧道が消失してまた分からなくて、大半自動車道を歩くこととなる

左に中央公民館、木代口信号を横断して余野川の橋を渡る

橋より振り返る

木代で自動車道を右に分け左の道に入ると、また橋を渡る

橋を渡ると道が分岐するので左の道を進む

暫く静かな道を進む

左に 祠


423号線に出るので左に折れて自動車道に沿う

この先423号線に沿うが、往時の旧道は423号線を横断して余野川を渡り西側に出ていたのかも分からない

左に 魔除地蔵尊

左側に入っていく旧道のような道もあるが多分左に入り数百m先で右にカーブして423号線にでてまた横断していたのだろう


川尻のバス停で右に折れ、すぐ余野川の橋を渡る

橋を渡り振り返る

緩やかな坂を上っていくと、右からの道と合流して左へ

川尻の集落を進む

川尻の集落を振り返る

殿方バス停、集落内にある 川尻殿方庚申塔婆
平安時代に中国から伝わった庚申信仰によると、庚申の日の夜、眠らずに身を慎めば、災難を除かれるといわれ、人々は酒食をともにし、物語や遊芸を楽しむ行事となった。この行事を庚申待といい。江戸時代には、町では商売繁盛、農村では豊作をねがう行事となり、各地で庚申講の組織がすすんだ。庚申塔婆の建立もこれにゆらいする。
この塔婆は正面に地蔵尊を表す梵字の「イ」、その下に青面金剛と刻み、両側に「享保七壬(寅)天十月八日」(1722)「施主六人」と刻まれている。青面金剛は庚申待に祭る本尊名である。(豊野町教委)


前方の余野川に架かる金石橋を渡り左岸に出る

余野川の東側の風景、あるいは旧道はこの山裾を通っていたのかも

金石橋を渡り信号で423号線を横断して右に折れ少し進んで左斜めの道に入る

右が423号線で左の道を上るのが旧道ただ同じように上る道が二つあるので迷うがどちらを上っても上の新道に合流する



金石橋交差点から斜めに入る道と少し423号線を歩き左に入る道

金石橋交差点から右斜めの高山道

高山道と更にその東側の新道が合流する

合流した先を少し進むと、右から旧道が北摂信愛園バス停の斜め道を上ってきた旧道と合流 旧道は新道を進まず、宝筐院塔の右に細い道が残っている

角に 川尻向井山宝篋印塔 江戸時代の石造物 横に 向井山地蔵石仏

宝篋印塔の横を入っていく旧道の跡

途中に 小車利助の碑
相撲頭取の碑で、当地の贔屓の大阪藤嶋取締りの絹川部屋の門弟たちが建立した

北摂信愛園の裏手の旧道にある称徳4年(1714)の 道標


よくも消失しないで旧道が残っている



先を進むと谷川に架かる橋がある、橋を渡り進んでいくと


橋の先で旧道は完全に藪に覆われ消失している。でも人も通らない旧道が残っていたので嬉しくなった。折角の橋もそのさき手入れが出来なく廃道化してしまう
橋の袂からもう進めない

幸い元に戻らなくても谷川に沿って右に下り423号線に下る道が残っている


谷川から下り国道に出ます、右(北)は豊野町、左は箕面市の境界

高山口バス停

読みにくい名前の、上止々呂美(かみとどろみ)に入る


右への旧道跡と思われる地道が残るので入る

すぐに423号線に合流

その先右に小さな 竜徳寺内信寺 この辺りの標高229m

余野川に沿って緩やかな坂を下っています



バス停から右(北)川向に集落が見える、あのあたりがかつて旧道があったのだろうか、分からないが


上止々呂美バス停のところで、左の旧道に入る道があるので入ります

旧道に入るとこで振り返る


左に入り上止々呂美の集落を進んでいきます

真っ直ぐ進むと、すぐ国道423号線に出るので、小さな谷川の手前を左へ坂を上る

少し上ったところで、小さな谷川に架かる橋を渡る

結構広い集落内

街道の雰囲気が残る集落内の旧道、町と違ってこのような集落内を歩くのは楽しい


谷川に架かる中谷橋を渡る

左に 嶺水山養谷寺



お寺の西側の道を下っていく、暫く坂を下っていくと

左の川沿いに 止々呂美神社



神社を下ると国道の中止々呂美交差点に出るので国道を左に曲がる


神社から交差点へ下りてきた道を振り返る

更に100mほど進むと止々呂美信号交差点があり、国道は右にカーブして余野川を渡り右岸に出るが、旧道は左の山裾を進む信号の右には新道の高見橋


右にスノーピーク箕面自然館、左に止々呂美郵便局を見て、左は山、右には田畑の広がる道を進む

暫く進むと道は分岐するので、左の旧道を入る

下止々呂美の集落に入り、左に集会所を見てその先で右にカーブする

川の所でカーブする右角に 祠

右にカーブする左川沿い上流(カーブする左)には 青龍寺

川を渡り進むと突当りの道で右から先ほど分岐した道が合流左に曲がる

合流後暫く右の余野川に沿って歩くと、前方に箕面グリーンロードの高架が見える

後方の下止々呂美の集落を振り返る

この先は道路建設工事(新名神高速道路で今は完成)で完全に道が消失している


かつての旧道は、この辺りから余野川を右手に外れ、ほぼ真直ぐ南西に山の中を進み、池田市の伏尾町の新明神社の東辺りに出ていたようです。(その間直線にして約2㎞)ですから余野川に沿って歩く道は明治以前の旧道だはないようです

高架道の下に 道標 「右 池田道 左 ・・・・・」
移されたのだろう残っているかつての旧道は、左(東)の山越えであったようだが今は想像するほかない。明治になって余野川沿いに道ができたので伏尾へのかつての山越えの旧道の分岐にたっていたのかも

右に箕面バイパス北口を見ながら新道を進む

余野川に沿って新道(423号線)を車に注意しながら坦々歩く。景色はいいのだが車が危険なので余裕がない


明治以前の旧道は前方の山越え道であった



箕面市より池田市に入る



池田市は余野街道の案内板を立ててくれているので分かりやすい。
明治になって余野川沿いの道ができるまでは、下止々呂美からは山越えの道であったが、その後、使われなくなり現在は果たして残っているのか分からない。一部でハイキングコース「またたび谷コース」となっている資料もあり歩いてみたい気もするが詳しい資料もないし一人では無理と思う。この辺りの国道は路肩も狭く危険だがこの道を歩かなくては仕方ない。


余野川を右に沿って歩いていたが、左に大きくカーブして

やがて、てんぐ橋を渡り左に余野川をみながら400mほど進む

左、川の対岸にサンロイヤル池田バードヒルズ2号館がみえるところで、国道は真っ直ぐ進むが、旧道は左、鋭角にUターンして30mほどで右に折れ余野川を渡る


2号館の北の端を右に折れながら迂回するが、その間短いトンネルを潜る

右に2号館、左に3号館が建ちその間の道を進む

トンネルから400mほど先で谷川に架かる橋を渡り、すぐ十字路を右に折れる


十字路から150mほどで余野川に架かる番匠屋橋を渡る

余野川の上流(右)を見る左に見えるのが老人ホーム伏尾荘

更に100mほどで左側でUターンしてきた、余野川に架かる八千代橋を渡る。
その手前右に橋の袂に 道標 「右 かめ山道 南無阿弥陀仏 左 久安寺道」 寛文十年(1670)の銘


八千代橋

八千代橋を渡った左に 庚申と地蔵


ここで⦅寄り道⦆街道は真っ直ぐ進むが、右の道に入り余野川に架かる千代橋を渡り100mほど先で、国道を横断した先に名刹久安寺が建つので寄ってみる

久安寺への途中国道手前右に 神明神社


神社より北に進んでいくと 高野山真言宗久安寺
立派な 楼門 が建つ

神亀2年(725)行基菩薩の開創、その後天長年間に弘法大師が再興したと伝えられる安養院が前身。その後、久安1年(1145)金堂・楼門・塔等伽藍49院の坊舎を再興し久安寺と称す
元の街道に戻り情緒のある集落を進む

右からの国道に信号の交差点で合流する

右、余野川に架かる吉田橋があり渡ると、伏尾温泉不死王閣

国道に戻り少し進んで交差点を振り返る

川向に伏尾温泉不死王閣

国道を進む

余野川に架かる橋と伏尾交差点を振り返る

国道を右に、左に入る細い道があるので入る

左に入り暫く進み、くの字に曲がったところから振り返る

再び国道に出て左に進む、短い区間でした

左(東)の山裾の集落内には 円成寺

国道に合流してすぐ右に 祠

国道に合流したところをを振り返る

その先東山交差点「岸の辻」で道が分岐するので、左側の道を入る

岸の辻の分岐点正面角に 地蔵堂と二基の道標


大「右東山 直亀岡道 左細川神社毘沙門 吉田陽松庵」小「右ハさい・・・・ 左ハ久安寺かめ山みち・・」



国道を右に分かれ左の旧道を進む


左山裾に 東禅寺

東山地区を縛らく進む、右にダイセイ東山工場、左に老人ホームポプラの前を通り、さらにカーメイト甲陽池田店の手前で橋を渡り右に折れて東に進む

進むと右に自然石の 道標 「南無阿弥陀仏 右久安寺かめやま道 左ハのせ道」

中川原地区のなかほどで、右から道が合流してきて左に大きくカーブする


中川原町内の左に 専行寺

その先右には台石に乗った小さな 石仏 が多数並ぶ


この先国道423号線に突き当たるので、左に折れるが、往時は国道を横断して前方で左に円を描き再び、国道を横断していたが今は旧道は消失

余野街道木部地区の案内板

国道に突当り左に折れた左に 「いちいがし」の大木、かつてここに細河小学校があった

国道のすぐ先で再び左の道に入るが、国道に平行分岐した左の道でなく、更に左、90度に曲がる道を進む

左には細河小学校

小学校に沿い少し進んだところで右に曲がる。右に曲がった道筋

南に歩いていくと突き当たるので左に曲がる

左に曲がりまたすぐに突き当たるので右に曲がる

右に曲がった先の道


暫く南への旧道を進んでいくと真っ直ぐへの道と、左への道が分岐するので、左への道を進みすぐにまた右に折れる。80mほど進むと左に蓮壷寺をみて、すぐの十字路の先左に松操寺がある。
その先100mほどで道なりに右にカーブ、分岐しているが右の道を、20mほど進むと今度は道なりに左にカーブした先を50mほど進むと交差点となる。左前角に市立木部会館がある。更にその東側に入っていくと、天満宮と永興寺がある。

天満宮




左に市立木部会館の前の交差点

天満宮の参道の鳥居

右に 功績碑

街道左に入ると 曹洞宗永興寺

民家の間の木部の集落を進む

道は細い道の十字路に出るので右に折れる

祠

右に折れたところを振り返る

すぐ先で国道423号線木部町交差点に出る 高架は阪神高速池田線
この木部町交差点が 余野街道の起点

木部町交差点真っ直ぐは 能勢街道
国道と木部町交差点能勢街道左(南)の筋

交差点から国道の北側

余野街道完歩
この先、能勢電鉄の絹延駅まで移動するので、少し能勢街道を重複する。
木部町交差点より100mほど進むと、国道を右に分け左に入る道があったので左に折れすぐ右に曲がると、左が五月山の山麓が続く細い道がある。能勢街道の旧道の面影でないかと歩いてみる。

左に 地蔵 が並ぶ

左の山裾と右に民家、その後ろが国道、高速道路と平行した旧道らしい道を進む

道がより細くなってきた


右に新宅会館がある辻で、能勢街道は真っ直ぐ進むが、右に折れて絹延橋交差点を横断して、高速道路を潜り、余野川の橋を渡る

橋から余野川の右(北)

余野川の左(南)阪神高速池田線の陸橋

能勢電鉄絹延駅から帰宅



コメント