亀岡街道 2日目

2013年2月3日

東福井~佐保川に沿う~泉原~多留見峠~豊野町余野
自宅4時40分に出て茨木駅へ、更にバスで福井バス停まで。前回1日目に大阪高麗橋より福井まで歩いているので今日は福井からスタート。
福井街道分岐点を8時20分スタートする。亀岡街道は多くの市町が入り混じっているので旧道案内はされていなく、また地元の人に道を尋ねても亀岡街道を知らない人が大半であった。山に入ると道案内看板もなく前もって資料で調べていかなければ歩けない。

        福井スタート  8時20分
         余野着  12時30分
           29.651歩 17.79km 1.369kl

交通の便の都合でこの後、街道を変更して余野から絹延駅までの 余野街道 を進む。

一日目歩いた時、新屋橋の袂の道標は見つけたが、その手前、市立福井幼稚園手前の右にあった道標を忘れたので、2日目に見る

道標 「左 たんば 妙けん 右 郡山 大坂」

石垣の下に、半分埋まっている

一日目に進みスタートすぐ先で福井の辻、右に折れた左に道標

井の辻の道標 「右 石河 左 亀山妙見」
明治25年佐保川沿いに亀山街道が通り、それ以前の旧亀山街道は右に折れて、真龍寺の南側から西に折れていた。
清阪街道を歩いた時にその道を歩いた

右に折れた、旧亀山街道(清阪街道)の道

今回は右に折れず真っ直ぐ進むとすぐ左に、佐保川に架かる橋を左にわたり、余野茨木線の110号線を横断した先に
新屋大社
平安時代の延喜五年(905)に延喜式に出てくる古い神社。茨木城主の中川清秀の信仰が厚かった。現在の社殿は、天保十二年(1841)に改築された建物。

新屋古墳群
新屋座天照御魂神社の裏山一帯に存在する古墳群は、六世紀後半から七世紀初頭にかけての円墳が三十基余り群集している

街道に戻り先を進む

左に 

更にそのすぐ先、右の民家の門柱の横に 地蔵さん

東福井2丁目で、左からの110号線に合流110号線を少し進むと、その先の東福井3丁目信号交差点で左に110号線を分け右に折れる

100mほど進むと道が分岐する、上福井バス停で左の道に入る

分岐する角に 福井の道標
正面「右 石河見山亀岡 左 亀岡街道」
左面「右 茨木吹田大坂 左 清坂元山妙見亀岡 亀岡街道」
右面「此処福井村大字福井」
裏面「明治四十二年四月建設 大阪府」

分岐する右土手に 福井城跡の石碑と説明 
分岐する右の旧道は 清阪街道

複井城跡
山から延びる尾根の先端に台地上に築かれた一種の山城。本丸・城ヶ谷・構えなどの地名が残り、亀岡街道から真龍寺参道に入る中間北側が大手跡で、それより北側へ、三の丸・二の丸・本丸・搦手跡と続く。福井城は建武一年(1334)楠正成が築いたとされ、後、大永七年(1525)二月、細川高國の代に、三好元長にて落城したときされている。

左に折れた先で、佐保川の福井橋を渡る

横に 旧福井橋の石柱

橋の西側で道が分岐、右に進む

すぐ左に 高野山真言宗無量寺

その先上集会所を右に見て進むと、110号線は左にカーブ
カーブする右下に茨木川が、110号線がカーブする手前を右下に下る

旧道は細い道に真っ直ぐ右に坂を下り、茨木川を渡る。集落も少し固まっており、この道が旧道と確信する

数軒の民家を過ぎて、田畑の間の道を進む念のため畑仕事をしている中年の男性に、亀岡街道が正しいか尋ねても、亀岡街道を知らなかった

左の茨木川の西側を平行して通る、110号線を見ながら進んでいく

右前方に白い大きなインターロジサービス本社が見える。本社の東側(右)にも114号線(忍頂寺福井線)が通っている

東福井4の田園の道

右のインターロジサービス本社を右にみて茨木川の小さな支流を渡る手前、道は分岐しているので、左側の真っ直ぐの道を進む。右に進むとその先で忍頂寺福井線に出てしまう

茨木川の小さな支流を渡たると獣柵が取り付けているので柵を開けその先を進んでいく

多分この道は地元のごく一部の人しか通らないのだろう

なんだか怪しい道になってきたが、コンクリート道だ。小さな川を渡ったところで、左にカーブして茨木川に突き当たる手前で、茨木川を左に沿って更に北に進んできたが

旧道は完全に廃道、前に進めないし、左の茨木川までには藪でいけない万事休す

かつての旧道は、茨木川の東側の左岸に沿って進んでいたことが分かったと思って慰める。この辺りは佐保地区、左、川向は高木山バス停左に川が見えます

仕方がないので元の、110号線の分岐まで引き返すしかない

元の分岐まで戻り分岐から左へ300m程進むと

左から、新道の110号線が合流してくるので右に折れ110号線を歩く。時間はかなり要したが、旧道を歩けたので大満足、これが旧道歩きの愉しみなのだ。こうゆうのが嫌な人は新道を進むのがいい
(私が変人なので、殆どの人はそうだと思う)

歩道のない110号線を、車に注意して歩く。

この先境界が分からないが、茨木川が佐保川に名前が変わり、府道110号線を進む

右手の川向の旧道を歩いていた

高木山のバス停、この辺りまで旧道を歩いてきたが消失。バス停があるが民家もなく乗車する人いるのだろうか

バス停の川向かいの旧道が消失した地点

福井から佐保地区を進む

左に車道を分けて右に下る道があります、右に下って行く

右に下り左の府道の擁壁を進み、右にカーブして佐保川に架かる橋を渡る。

橋を渡ったT字路を左へ前述の歩いた延長がここに出てきていたが、右を見ると、完全に廃道となっていますしかし確認が出来ました

でも残念ながら左の道もこれ以上は進めないので戻るしかない

左の先を見ると、佐保川の少し上流に橋が架かっていて道がありそうなので、一旦府道に戻りそちらへ回る

府道をすこしすすんだところで、右への道があるのでそこを入る

橋への道が畦道としてつながっている

佐保川に架かる石橋を渡ります

右の佐保川へ行く前に、府道をすこし進んだ辰巳工場の手前に 佐保栗栖山砦跡の石標と案内板
標高184mの栗栖山頂に築かれた砦で、東西200m・南北100mの範囲、今も遺構が残る。詳細は不明だが戦国時代の築かれた砦で、摂津と丹波を結ぶ、連携的な砦と推測されている

石橋を渡って対岸の旧道に出て左に進むところで獣よけの柵がしてある

柵から石橋の方向を振り返る

佐保川を左下に沿って進む

獣よけの柵が再びあり、扉を開けて外側に出る

 その先で左に大きくカーブする

右側に佐保集落の中 真宗大谷派清谷山教円寺

北側に石段の高い 言代神社

お寺が切れた角を右に折れる

左の道を進む

その先でT字路に出るので、右に折れると正面は吉野酒店、裏は茨木川が流れている

右に折れ川に沿って左にカーブする

暫くした先で、左から110号線と合流して右へ

合流した左を見ると、茨木川に架かる馬場橋

橋から佐保の集落少し進むと、東(右)から一直線の新道が合流してくる、そこに佐保公民館

左(西)川向斜め前方に 教恩寺 が見える

茨木川を左に110号線を北に進む

ここで110号線より左に入る道を進むが、果たしてどちらが旧道かわわからないが

左に見えていた 真宗大谷派松谷山教恩寺

少し北西に 高座神社

右に茨木川を見ながら左の山裾の道を進む

やがて正面の茨木川の手前で、右からの110号線と合流して左へ、右に庄の本バス停

合流する手前左角に大きな 若緑源次郎墓

合流点り110号線を少し右に戻ったところから写す庄の本橋

この川、佐保川なのか茨木川なのかややこしい

分岐点から佐保川を右(右岸)にそって緩やかな坂を進むと、免山集落免山バス停を過ぎすぐの信号交差点右に免山橋、その袂に佐保川の碑が立つ

山の斜面に結構大きな民家が建ち並んでいる
暫く右に佐保川の流れを見ながら1㎞ほど進む

やがて、フユーチャ―ストーンの看板の見える所で、左に進む旧道を110号線とほぼ平行した道を進む

暫く進み泉原地区に入る、左石垣に組み込まれたような 道標 「左 かち・・・・」

道標の前より緩やかに上ってきた街道を振り返る

この先下ったところで左の道を進むのが旧道であったがやむなく右にUターン

ここで二人の人に別々に亀岡街道の道を聞いたが分からなく、確かに山道があるとのことで、道に迷うから110号線を歩くのがいいとのことであった。止む無く地元の人がそうゆうのであるから、諦めて右にUターンして110号線へ出る。  
後日資料を調べると、やはり道を聞いたところで川沿いに左に進み、泉原の西谷に出て、東海自然歩道で峠越えをするのが正しかったようだ。
地元の年配の方たちであったが、旧道をあまり知らないのには正直驚いた。
ただ後日、妙見街道 を歩いた時東海自然歩道は歩いたがこの部分歩いていないので完璧でない

止む無く右へ下って府道にでる泉原の信号交差点にでた

交差点右から 妙見街道 の細い道が下ってきて合流

その左角に キリシタン遺跡への道標 が立つ 妙見街道の時に寄っている(ここから約800m)

坂の入り口右には 常夜灯

交差点先の110号線、前方の千堤寺のグリーンビラいばらきの建物が見える

この泉原の交差点で分からないのだが、右から妙見街道が下ってきて、交差点を真っ直ぐ進む。110号線は新道だから、亀岡街道はここの交差点に出てこないで、その手前先で、左に曲がった道を進み、この交差点を左に行った、西谷で妙見街道と合流していたような気がするのだが。そして道に迷うよと教えられた、東海自然歩道を重複して進み、多留見峠を越えて豊野町木代に出るのだろうが、今日は110号線を進んだ。(後日妙見街道で東海自然歩道は完歩したがその前の一部旧道は不十分この区間は妙見街道と亀岡街道の両街道参考にしてください

暫く110号線を進むと、右からの道に入ると市立キリシタン遺物史料館がある   

少し先で千堤寺口バス停があり、その手前右に北辰中学校すぎると、ここで道は分岐、左は亀岡街道の余野茨木線、右は豊中亀岡線に分かれる

左の道を進み、少し先グリーンビラのまえで左に入る細い道を進もうとしたが、どうも旧道で無いようなので110号線に戻る

110号線に戻り右に第2茨城学園舎を見て北に進む

110号線からから左り下の細い道を見ると柵がされている

 右の丘に 正修寺

すぐ先で、右に箕面学園第二校地グランドの所で左に大きくカーブする

左に先ほどの細い道が合流してくる

合流してくる細い道を見る

その先の110号線

その先左に、歩けなかった東海自然歩道がここに合流してくる(妙見街道で歩いているので参考に)

東海自然歩道、多分亀岡街道はこの道で、右の山越えになり、泉原に抜けている(妙見街道で歩いていますのでご参照ください)
この時点では残念であったが、後日、妙見街道でここに出てきて歩いたから満足

東海自然歩道はすぐまた右に折れて真っ直ぐ北に進んでいる。入口に 案内標柱と題目碑 この道か迷ったが、そのまま110号線を進む

東海自然歩道は、明治の森箕面国定公園から東京都の明治の森高尾国定公園までの延長1.697㎞に及ぶ自然豊かな山道を主体とした歩道

街道は少し真っ直ぐ進むと右にカーブして緩やかな坂を上るのが110号線の新道、旧道は多留見峠越えを下北側の木代で合流する

曲がり角から見た北方向、右川向に東海自然歩道が山に向かって通る

旧道は右に曲がる所で、左の細い道を入るが、すぐ先で消失しています。おそらくかつてはほぼ真直ぐ谷沿いに北西に登り、多留見峠に出ていたのだろう

多留見峠への登り口

旧道は廃道化しているので暫く舗装道を進みます
想像ですが前述のかつては、泉原からの東海自然歩道が北に進んできて、110号線の南で東海自然歩道と分かれ西北に山道に入り、このあたりにでてきていたのではないだろうかとおもう。

舗装道は右に大きく円を描きながら迂回します。迂回して一旦かつて旧道が抜けていたであろう谷道に近づきます。左からの道(先で廃道)が合流して右に折れる。
旧道は更に北西に引き続き真直ぐ登っています。迂回する舗装道は更に再度右に大きく迂回して半円を描き峠に登っています。

多留見峠への快適な道

途中沢山の大型犬を飼っていて吠えまくる怖いが囲っているので大丈夫だが

峠に近いと思われるところでT字路となり左右に分岐峠に近いと思われるところでT字路となり左右に分岐
二回目の半円形に迂回する一番東側の辻

右に少し広場のようなところが見えてくるここが峠だろうが、峠という感じがない
上音羽の多留見峠

旧道の左手は少し広場になっており、かつてここに峠越えの谷道が来ていたようです。確かに完全に廃道化で雑木林になっています

ここで真っ直ぐ新道を行かず、右の峠(広場の反対側)を下ることとします。標識もなく全く案内もないので少々不安

結果的にここで大チョンボで道を間違えた。後日再度、妙見街道の時歩いて分かったのだが、笹で判りにくかったが、左に進む旧道跡の山道が下っていたのを

真っ直ぐの道が踏み跡もあり、入り口に心無い人が捨てたゴミがあったが、その道を下ってしまった

前述のここで右に下る道と、微かに左に行く道があったようですが、迷ったので間違い

最初は快適な道跡と思われた

下るにつれて倒木もあり荒れた道跡となって来た

何とか進むことが出来る、かなり下って来たので今更戻れないし下の方から野球している声が聞こえるのでそれを目当てに真っ直ぐ下る。2月だから熊も蛇もいないし安心

ブルが入って道路を改修しているようです。この道もかつては旧道の下る道であったのかもしれない

とりあえず難儀をしながらがむしゃらに下る

やはり街道ではなかったと思う。林業者が使用していた山道だろう。
この峠越えは妙見街道に詳細に載せているので参照してください
何とか、110号線の豊野町営業所前バス停に出る。次回歩いた時は、道こそ違えこの近くに出てきた。今回は峠より真っ直ぐ下ったが、本来の峠からの下りは、左に回り徐々に尾根道を下ってここよりもう少し北の木代集落に下って来た。
まあいいでしょう、これも街道歩きの経験

110号線の右は希望ケ丘住宅地が広がる

左に木代の朝川禅寺霊苑

木代川に架かるしょうてん橋を渡る

その先に左から坂を下ってくる道が見える次回は、峠を越えてここに街道は下りきます

振り返る

福田バス停ここに下りてくる

左高台にある木代の 曹洞宗朝川寺

木代朝川寺地蔵石仏
この地蔵尊は檀家の墓地にあったものをここに移したもので、台石に両親と思われる法名、並んで「智参童女」と刻まれている。
幼くして親に先立った子っへの思慕と慈愛から、せめてあの世なりとも親のもとにおいてやりたいとの願いが込められているのであろう。伏目がちに見開いた目、きりりとした口もとにあご、大きな耳、肩を落として思いに沈んだ聡明な顔と姿が印象的である。(豊野町教委)

街道に戻り先を進む、右に大きな民家

右に大きな民家が見える所で、110号線を右に分かれ、左の旧道に入る

左の集落を進んでいくと左に 三界碑

右斜め後方には希望ヶ丘が遠望できる

坂を下っていきます

右から左から道が合流してくる、変則十字路を真っ直ぐ進む

やがて坂を下ると木代川を渡り110号線に突き当たるので左に折れる

左に折れて、木代川沿いに右にカーブした浅田バス停の所、右に走落神社がある
走落神社

木代走落神社石灯
明治40年神社合併時に余野からうつされたもの

旧道は神社の鳥居の正面の民家の間の道を左に折れる

神社を振り返る

左に折れると、右には大きな屋敷が建つ

門構えの立派な旧家だ

100mほど先で木代川に突き当たるので右に折れる

右に折れて更に100m余り先で。右からの110号線に合流して左に進む

合流した先少し進んだ右に石垣に組み込まれた お地蔵さん

お地蔵さんのすぐ先で分岐している道を右に入る

右の高台には、東能勢小学校と隣接して郷土資料館が建つ

街道沿い右に 石造りの地蔵祠

余野の集落を進む

余野交差点に出る 亀岡街道・妙見街道 は真っ直ぐ。
左から 余野街道 が合流起点

歩いてきた亀岡街道を振り返る

本日は交通の便もあり、ここで亀岡街道2日目終了とする。交差点で左に折れてこの後引き続き、余野街道 を引き返す強行軍。 食事もしてる時間がないしまた食堂もないが、交差点を右に折れたすぐ左にコンビニがあるので、小休憩でパンを購入

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする