2015年4月11日 完歩
奈良県桜井と三重県松阪を結ぶ街道で伊勢まで通じている。現在の国道165号線に沿って進む、青山越・阿保越・参宮表街道・参宮北街道・長谷道とも呼ばれた伊勢への道である。
【1日目】 2014年3月9日
桜井駅南の起点~近鉄室生口大野駅
桜井駅 7時05分 スタート
室生口大野駅 16時00分 着
45.541歩 27.32㎞ 2.025kl
【2日目】 2014年6月1日
室生口大野駅~近鉄青山駅
大野駅 6時30分 スタート
青山駅 16時40分 着
49.706歩 29.82㎞
【3日目】 2015年2月1日
近鉄赤目口駅~西青山駅
赤目口駅 7時30分 スタート
西青山駅 16時30分 着
48.542歩 29.12㎞ 2.196kl
【4日目】 2015年2月28日
西青山駅~近鉄川合高岡駅
西青山駅 7時50分 スタート
川合高岡駅 17時00分 着
45.732歩 27.43㎞ 2.023kl
【5日目】 2015年4月11日
川合高岡駅~六軒町にて伊勢街道に合流 完歩
川合高岡駅 8時10分 スタート
伊勢街道合流点の六軒町 12時49分 着
23.632歩 14.17㎞ 1.040kl
松阪散策終了後 16時22分 着
46.773歩 24.46㎞ 1.774kl
【1日目】2014年3月9日
桜井駅南の起点~近鉄室生口大野駅
桜井駅近くに車を預け、7時05分起点をスタート、寄り道が多く余り前に進まなかったが、快適なスタートの街道歩き。
桜井駅 7時05分 スタート
室生口大野駅 16時00分 着
45.541歩 27.32㎞ 2.025kl
初瀬街道の起点に移動しますJR・近鉄桜井駅の南口より南の通りを少し下り本町通りの交差点に出ます
辻に街道の標識が立っています、全街道歩いています

その左角に案内表示があります、左の本町通り商店街を進みます。桜井からは多くの 街道の起点 が出ています

本町通りを入ります、正面の道は桜井駅方向

本町通りを100m程入ると右に 来迎寺


来迎寺の北側から振り返ったところ


本町通り商店街3丁目左に旧家

旧家の残る本町通りを東に歩きます。山本五平薬局の手前を右に折れて、左に大願寺を見て進むと国道165号線に出ます、その交差点を南に進む道が 多武峰街道 です

右に 大願寺


途中で左に入ったところに 琴平神社

その少し先、栗原川の手前右の石段の上に 地蔵の石仏・題目碑 があります



すぐ先に栗原川に架かる跡見橋を渡ります

橋の袂左に お地蔵さん

右の栗原川に沿って進みます。右の川向かいに 桜井茶臼山古墳 があります。以前いっているので寄りません


奥山菓子店の手前の右の橋を渡った辻にある 報恩寺の道標 「右 たふみね よしの 大みね かうや 左 はせ いせ」


道標の南側に 報恩寺

元に戻り、栗原川の北側の旧道を進みます

やがて国道165号線の宇陀ヶ辻の信号交差点に出ます

交差点を左に折れて165号線を進みますが、交差点の右角に 石碑と舒明天皇御陵への道標 があります
右に折れて進む道は榛原への 忍坂街道 です

宇陀ヶ辻の交差点から振り返る。右の道を歩いてきました

交差点より100m余り進むと、近鉄大阪線の高架を潜り慈恩寺の交差点を右、線路に沿って進みます

高架を潜った交差点、左が165号線で、右の線路沿いの道

150m程進むと右の線路との間の高台に

天誅組烈士の墓碑 が建っています 大正七年五月の銘

墓碑からの北側の慈恩寺地区から東方面を見る。右側の川が大和川(初瀬川)でその右が近鉄朝倉駅です

近鉄大阪線を右に離れ、左にカーブして大和川に架かる橋を渡ります

橋を渡ると慈恩寺の集落に入ります左街道沿いに 常夜灯

少し先でT字路になります 慈恩寺追分で街道は右に折れます。
左の上街道を見ると165号線の慈恩寺北交叉点が見えます。

慈恩寺追分
桜井から今歩いてきた道は 奈良横大路道 で北葛城郡当麻町からここの追分までの古道です。
また桜井の商店街からは 初瀬街道 が重複しています。
左から追分に入ってくる道は、奈良からの 上街道 でここが終点です。
慈恩寺北交差点、左右の道は国道165号線上街道は真っ直ぐ進みます

初瀬街道は、左T字路の車の所に右から出てきました

T字路に出てきた、奈良横大路・初瀬街道の筋

T字路の追分を右に折れた100m程先右に朝倉薬局の看板があります

左に大きな屋敷の酒屋さん、情緒のある街並みを進みます

やがて川に架かる橋の手前両側に 常夜灯


ここで街道歩きを一旦中断して【寄り道】をします。
先ほどの朝倉薬局の十字路まで戻り、北に折れます100m余り進み、165号線を越えさらに200m程進むとT字路に出ます、そこを左に折れてすぐまた右に折れて橋を渡り数十m先に桜井市慈恩寺集会所があります、その前に道標があります。
慈恩寺集会所前の 道標 「右 みわ なら道 左 かく山 ほうねん寺道」

そこで少し北に上る玉列神社への道を進みます

摂社 玉列神社

長い石段の参道を上ります

拝殿手前石段の右袂に 誕生石


拝殿から下る石段

玉列神社の参道近くの 慈恩寺 本尊 阿弥陀如来像

後ろの山に多くの椿の木が、初瀬街道近辺にあった 石仏や道標 も多く境内に移されている
「右 はつせ 左 なら」「右 おか よしの道」「左 はせ いせ道」「みぎなら 左 かうや道」

境内の、樹齢800年といわれる「阿弥陀寺のケヤキ」

朝倉薬局の前の街道に戻り、常夜灯まで進み、その先右に巽製粉工場の前を進みます
すぐ先、右T字路の左角に お堂・庚申塔・天保年間の常夜灯


右に大和川(初瀬川)が接近します

右の朝倉台住宅地への高架道路を潜ります

ここで再び街道歩きを一旦中断して【寄り道】をします。なかなか前に進みません
先ほどのお堂の右T字路まで戻り、北に入ります、165号線を越え北への道を200m程進みます。
北の脇本の集落を見ます、大きな屋敷が並んでいます

道路沿いの 祠2つと小さな灯篭

脇本妙楽寺の 大日堂

脇本妙楽寺

東に100㎜余り旧道を彷彿するような道を行きます、真っ白な壁の土蔵、屋敷も非常に大きい

東に進むと 春日神社

桧皮葺きの拝殿

春日神社本殿
三間社春日造りで、慶長八年(1603)の建立

もとの街道高架下に戻り橋を渡った街道、雰囲気のある集落を進む

街道沿い左に 朝倉村道路元標

街道雰囲気が漂う街並みを進む

元標から200m程進むと小さな川に架かる橋を渡ったところで左へ、165号線を横断して150m程北へ再び【寄り道】をします
北に進んだ先斜面に 石仏 が祀られている

大日寺


大日寺より200m程東に進んだ165号線沿い左に

白山神社

雄略天皇泊瀬朝倉宮伝承地 この白山神社付近に朝倉の宮地との伝承地として境内に記念碑が建つ

神社より元の街道に戻ります、橋より200m程進んだ左、白山神社へ入る道の角に 青面金剛

左に青面金剛、その前の街道

その先150m程で、左からの165号線が合流します

黒崎地区の国道を暫く進むと左に 出雲の流れ地蔵
本尊は室町時代末の地蔵石仏文化八年(1811)の大洪水で、初瀬川上(長谷寺の桜の馬場)から現在地まで流されてきたのを当時の出雲村の人たちが助けて祀った。本瓦ぶき宝形造りの立派な堂前に建つ 石灯籠 に、天保十一年(1840)の銘

100m程先で左への斜めに入る旧道を進みます

どの道も、国道より一歩旧道に入ると、素晴らしい街並みになります石垣と白壁の本格的な土塀の大きな建物

一方、昔のたたずまいを見える建物歩いていても疲れを感じさせない

左奥に 地福寺

地福寺の地蔵石仏
融通念仏寺だったが、今は村の会所寺。本尊は阿弥陀如来像、土製の弘法大師坐像が祀られている。東より 小祠 その前に 石仏群 中には室町時代(1350年ごろ)の地蔵石仏があります

地福寺の東側に 十二柱神社
神社は「出雲ムラ」の村社、大昔は神殿がなく「ダンノダイラ」(三輪山の東方1700mの嶺の上にあった古代の出雲集落地)の磐座を拝んだ明治頃まで、年に一度、全村民がダンノダイラに登って、出雲の先祖を祀り偲んだ。一日中相撲をしたり遊んだり、食べたりしたという伝説がある。




五輪塔
境内入り口右側石垣上に、鎌倉初期のの物。神社の南300mの初瀬川のほとり塔の本・塚の本との伝承地にあったのを移転した。狛犬の台石が相撲取りの人形型で八基みな形が異なっている。お宮は古くから相撲好きで、いつも雨乞いに子供相撲をして願いをかけたという。
相撲の開祖伝・野見宿禰五輪塔 ともいわれる

この出雲村は 泊瀬烈城宮(はつせのなみきのみや)伝承地、 日本書紀によると、武烈天皇の皇居のあったのはこの付近といわれている



大和国出雲村 相撲開祖 野見宿禰顕彰碑

右からの国道に合流するが、信号交差点を横断して左斜めに旧道を入る

国道は車が多く信号交差点には横断歩道がないので少し左に進み歩道橋で渡ります。歩道橋から西側の横断する旧道を見る

出雲集落の旧道を進むが、旧家残る街道

右に初瀬川が接近してきます右斜め前方の対岸に桜井東中学校が見えます

左からの国道が合流します。合流したところで初瀬川に合流する白河川に架かる橋を渡り国道を進みます

国道を暫く歩きます、国道の歩道橋があります、そこから150m程先で右の第三保育所の方に入ると

天龍津地妃子神社

その先で国道を右に分けて左の旧道、長谷寺の参道に入ります。総本山長谷寺の大きな石碑 が建っています

参道入り口の 二基の常夜灯一の鳥居跡

参道入口のアーケードの所を、左に入り坂を上ると 金毘羅神社 があります



参道に戻り、門前町の緩やかな坂を上っていきます

参道右に石柱で囲われた 灯籠とお堂 かあります


直ぐ先左の高台に上ると、沢山の 石造り物 が集められています

万福寺


雰囲気のある門前町を進みます

長谷路という看板

右に 旧旅籠あぶらや の古民家

左にホテル井谷屋

井谷屋のすぐ先、左T字路の辻に出ます 伊勢の辻 です街道は右に折れます

角に 道標
伊勢辻」「右 いせみち」「左 いせみち」「右 くわん音 左 なら大坂 道」名物の草餅が売っています、美味しそうだったので買って食べました。
街道は伊勢の辻を右に折れるのですが

街道歩き一旦中断して【寄り道】して長谷寺を散策します。本日は寄り道が多く前に進みません。またここの辻に戻ります。
すこし先、左上に立派な石垣の塀がある 崇蓮寺

その先右に 興喜天満神社切石御旅所
中央の石を切石と呼ばれ、菅原道真公が、天慶九年(946)九月二十日に座られた石。当社は我国最古の天満天神信仰の天満宮

紅梅
樹幹内は樹皮を残し空洞化し、中から子木が伸びる。樹齢300年以上の老木

参道が左にカーブする左に 白髭神社

鳥居を潜り石段を上る左に 山の神


神社より長谷寺が見ます

参道を街並み

左にカーブの所分岐しています、どちらを行ってもいいのですが、真っ直ぐの興喜天満神社へ先に行きます。
初瀬川に架かる朱色の欄干橋を渡り上ります



橋から左の長谷寺を見た景色です

坂の途中左に 石仏と道標 「左 いせみち」

坂の途に立つ 鳥居

鳥居より振り返ったところ

長い石段を上ります

途中の 手水舎 この手水鉢は、慶安三年(1650)徳川家光より寄進された


鎮守聖廟 興喜天満神社 平安時代の創建


掌石と沓形石

明治維新以前、この地に 連歌会所菅明院 が建っていた跡

右側には延喜式・式内社 鍋倉神社

御祖の磐座と男女(夫婦岩)

神社から正面の参道に下らず、裏参道で長谷寺へいきます

綺麗に石組みのされた道

石段の下る途中右に 玉かづら庵跡の案内板 が立っています

石段途中で右に進むと 素戔雄神社


境内の天然記念物 初瀬のイチョウの巨樹 樹高約40m、枝張り南北約23m、東西約21m、目通り周囲7.15m。県下最大の老木

急な石段を下ります、石段の下で初瀬川に架かる連歌橋を渡ります

正面に 新宝物館

長谷山の中腹にある 本堂 西国三十三カ所霊場

長谷寺仁王門(重文)
長谷寺の総門。平安時代の創建であるが火災により焼失、現在の門は明治18年(1885)に再建された
平安時代貴族の間で初瀬詣でが盛んとなり、一時衰退したが、江戸中期から明治初期にかけておかげ参りが盛んとなり初瀬街道筋も賑わった五月のぼたんをはじめ、花のお寺で知られる


仁王門を入ると 399段の回廊式登廊(重文)



本堂(国宝)







三重の塔跡
慶長年間豊臣秀頼により再建されたが、明治九年三月祝融の災にかかり礎石のみ残る

五重塔

歴代能化墓所












番外札所法起院



散策も終わり元の伊勢の辻からスタートします。左角の道標を見て進みます

初瀬川(大和川)に架かる伊勢の辻橋を渡ると突き当たるので左に折れます

橋から下流(右)を見たところ、川沿いに軒を連ねる景観

すぐ右に小さな 鳥居と祠

この先急な坂の 上化粧坂(かみけわいざか) にかかる



坂(峠)の頂上に着きました

頂上の右は少し広くなっています。愛宕神社への参道

奥には小さな 愛宕神社 が祀られています


門前町と長谷寺が望め、本居宣長がまるで別世界と感嘆した絶景が広がる


上化粧坂より下化粧坂へ下ります

愛宕神社への入り口を振り返る

下化粧坂を下る道、暫く左の山裾を歩く、右前方に広がる長閑な里山の風景である。ゆっくり風景を味わいながら進みます



下る途中にある お堂と小さな灯篭・庚申

左から地道が下ってくる左角に 道標 「右 くわんおんちか道」地道を指しているようです

静かな与喜浦の集落を進みます

集落内の右に お堂


電柱が邪魔になるけど感激の旧道

集落を抜けると再び、左の山裾と右は一段下に雑木の湿地帯

右に田畑が広がると地道になります



途中で振り返ったところ、山裾を進んできました


地道を進んできた正面に舗装の車道が左右に通り右に折れて下ります。舗装の向こう正面には桜井浄水場の施設があります

下りきったところで国道165号線に出ますので、左に折れて国道を進みます

国道から振り返ると、向かって左の道をきました。正面奥の二階建ての向こう山裾を左から歩いてきました

暫く国道を進みます

200m程進むと右に 緑の道標と案内板 があります


奈良県桜井浄水場が左に続いています

吉隠地区に入ります浄水場が切れる手前で、右に入る旧道が残っています

左に自然石を組んだ 石造り自然石の仏

傍に 道標 を兼ねた石造り物 「右 いせ」文化四丁卯八月日の銘

すぐ先で左からの国道に合流します

吉隠地区の国道を暫く進みます

途中右に下る旧道がありますのでそちらに入りましたが

旧道が消失していたので戻りました

吉隠バス停のすぐ先で右に下る旧道がありますのでそこを下ります。旧道はおそらく国道165号線に吸収されながらつかず離れず通っていたと思います


集落を進みます

集落内左に 吉隠の道標 「右 いせ」文化四年八月の銘


道標の先50m程で左からの国道に合流

更に国道を100m弱進むと右へ下る旧道があります

100m弱先で分岐していますが左の道を進み、50m程で国道に合流します

国道に合流したところで、国道を進まないで、右に下る道を進む。榛原町角柄地区に入ります

田園風景の中を進みます

その先、榛原柳地区に入ると少し荒れているようです

道は急カーブで左に曲り国道に出ます。多分国道改修等で旧道は消失したようです。国道の右下あたりをこの先、西峠へ進んでいたと想像します

左にUカーブしながら坂を上り国道に出ます

国道からUカーブの所を振り返ると、その先右の山と、左の国道の間を吉隠川に沿って上っていた旧道の状況が感じられます(想像です)

国道に合流した北(山裾)に入ると 高龍神社

国道から右の旧道を想像する

西峠に向かって国道を進みます


国道が少し広くなった左側に 板碑・小さな石仏多数・祠 が並んでいます

石仏の先から振りかえると、やはり失われた旧道跡が残っています

すこし進むと国道に沿って右に旧道跡があるので入りましたがすぐ消失しています

右にパチンコ店跡の建物の脇から右に入ります

右の旧道に入ると暫くは舗装道ですが、右にカーブする辺りから地道になります


右にカーブしてまた左にカーブします

左にカーブした左手に 祠

石垣が積まれた旧道跡が残ります。それもよく手入れされていて気持ち良い旧道です

国道から国道に抜ける間の旧道は200m程ですが雰囲気はいいです

やがて左に折れた、その右に榛原市消防団第一分団の支所があります

すぐ先で国道に合流し右に折れます

右に折れて150m程坂を上っていきます

長い坂道を上ってきて、やっと 西峠 の交差点に出ますが、新しい住宅が建ち峠という雰囲気は皆無です
でも往時は長い厳しい峠越えであったと想像できる

西峠は萩原からみた呼び名で、古くは墨坂と呼ばれていました。街道は信号交差点の左右の広い車道でなく、その間の旧道を下ります

西峠の交差点に入ってきた道を振り返りました

間の旧道を下っていくと、十字路に出て横断していきます

さらに下っていくと左に西峠集会所があります。
古くから天ノ森と呼ばれ、文安6年(1449)まで「墨板神社」が鎮座していたところ。西峠集会所には、薬師如来像、阿弥陀如来立像、阿弥陀如来坐像が保存されており、また永仁2年(1294)銘の石仏断片(ムラサキ地蔵)も残されています。このほか集会所周辺には、中世の五輪塔もあります


集会所周辺の沢山の 石仏 他が集められている

西峠集会所下にある 道標 「右 いせ道 左 かいばやくし道」

坂を下っていくと交差点で分岐した、右からの165号線が合流します

国道に合流する右角に 西峠旧村道改修記念碑 が建つ
数十m国道を進み右斜めに入る旧道の坂を上ります

正面の国道向こうから斜めに下ってきて、手前の坂を斜めに上るところを振り返った

左の国道と並行して100m程進みます

国道に合流しますので国道を進みます

100m余り国道を下ると上ノ町信号交差点に出ます

すぐ分岐に出ますので、国道を左に分けて右の鳥見山通りの旧道に入ります。榛原の 旧萩原宿 の街並みに入ります
萩原宿

上ノ山交差点を振り返る、左側の道を来ました

鳥見山通りの宿の街並みを真っ直ぐ下ります

伊勢本街道の看板 があがっています、桜井の慈恩寺の追分から 伊勢本街道と初瀬街道 は重複してきました。少し左に弓なりにカーブした左に、市立中央図書館があります

この辺り左に 旧庄屋・川口家 がありました

左角に池中薬局がある十字路を越えます

すぐ先右に 旧旅籠あぶらや
街道の風情漂う古民家、初瀬街道と伊勢本街道分岐点で、榛原萩原の札の辻前にある旧旅籠。本居宣長が宿泊したことで知られている。現在は資料館です

札ノ辻を 伊勢本街道(現在、御杖まで歩いています) は真っ直ぐ進み、

初瀬街道 は左に折れます

「あぶらや」を正面から見る。萩原宿の中心にあり明治末頃まで旅籠を営んでいた。建物は江戸時代の後期の建築とみられている

札ノ辻角に建つ 榛原町道路元標

傍に立つ 道標 「左 あおこえみち」「右 いせ本かい道」文政十一年の銘

少しまっすぐ伊勢本街道を進むと左に 旧家と常夜灯

振り返って札ノ辻の左にあぶらや、右に道標を見る

札ノ辻を分岐して左に折れる旧道を進む

国道165号線の信号交差点を横断します。旧道の雰囲気がある街並みを進みます

左角の旧家も大きな屋敷です

少し進んだ左に 融通榛原本山宗祐寺

交叉点を越えた先の町並み

宇陀川に合流する、香酔川に架かる橋を渡った先の集落、素晴らしい街並みです

街道より少し左に入ると 大日如来・法利善神の祠 北側には 妙祥寺 があります


少し先左高台に石段を上ると

金平稲荷神社


神社から榛原の市街地

さらに進むと左に 椋下神社 高い石段を上ります


すぐ左に 往来安全と刻まれた 石碑


福地の町並み

左T字路に出ます、正面に大きな旧家があり、その辻を右に折れます。左側に祠があり、右に折れる旧家の角に道標があります

祠

道標 「左 は山 右 いせ 道」 は山=吐山(都祁村)

右に折れた道筋

数十m先で369号線を横断します。すぐ先で小さな川に架かる橋を渡ると、369号線の榛原バイパスの高架を潜ります

古民家風の蕎麦屋右の真っ直ぐに旧道を進みます

左に お地蔵さん

地藏より50m程先左に 道標 「宇陀西国第二十一番霊場 観音寺道是より二丁」


右からの165号線に合流します

暫く右の近鉄線と並行して歩きます、榛原長峯地区に入ります


右の踏切の向こう側に 天満神社 が見えます

ここも高い石段を上ります 天満神社


左に榛原天満台住宅地が広がっています


信号交差点があります、その先左に榛原体育センター、ナフコと続きます。更に左から天満川が接近した左にAコープがあります。100m弱で天満川に架かる橋を渡ります。その先天満台東で小さな川を2つ渡り進むと信号交差点に出ます。

榛原山辺三信号,交差点で国道と分かれ右に折れます、100m弱で木隕鉄大阪線の踏切を渡ります


すぐ先で左にカーブします

ふれあい広場公園を見ながら進みます

右に室生ダムによる室生湖があります

正面右の川向の山裾池のほとりに 濡れ地蔵


湖の対岸なので行くことができない

その先で右にカーブします

川に架かる小さな橋を渡ります

川に架かる橋を渡るとT字路となりますので右に折れて進みます。右に折れるとすぐ道は分岐しますので左に折れます

右の室生湖方向を見たところです

100m程で再び小さな川に架かる橋を渡ります川のすぐでT字路になりますので左に折れます

街道は右の山裾に沿って静かな里道を東北に進んでいきます


快適な旧道を歩いていきます、結構大きな民家が散在しています


やがて左にカーブして近鉄大阪線の高架下のトンネルを潜ります

トンネルを潜り右に折れて線路沿いに進みます


左に瓦屋根の 祠

上り坂の山辺の集落を進みます


線路に急接近します

左にカーブして坂を上ります

室生大野地区に入ります

その先で国道165号線に出ますが、横断して側道のような上り坂を進みます

国道のガードレールのある坂を上っていきます

坂の途中から国道を横断したあたりを見ました

かつては地形的に見て峠であったようです、凄い切り通しにして国道が通っています

頂上で変則十字路に出ますので右に折れ、国道の信号交差点に下ります

信号交差点で左に折れます、この先、暫く国道を歩くことになります


緑川半焼バス停 緑の道標


国道向かい側には 祠


国道は右にカーブします

室生大野地区に入ります、右の石垣と白塀の手前の旧道を右に入ります

国道を右側に車に注意市ながら渡ります。横断したところからの国道。右の旧道に入り先の信号交差点の出ます

右に入ると50m程で近鉄大阪線に接近して左にUカーブします

Uカーブして急な坂を下り国道の信号に出ます

前述の緑川信号交差点に出ました右に165号線、左に新道の車道、その間の旧道の坂を上ります

真ん中の旧道も結構広い道です

坂の上から室生大野の町を見る

坂の頂上で左にカーブして、左からの新道が合流します

合流してから150m程坂を下ると新道は真っ直ぐ、街道は右に折れて、川に架かる橋を渡ります


左すこし高台に 妙園寺

左の山裾の道を進みます、高台に旧道があるので、右の民家は屋根が見えるだけです

左に 灯籠と山口兵作先生碑 が立っています

その先右西田商店の横に 道標 刻まれている字が読めない


左に、旅籠を思わせる建物

道は分岐しますので真っ直ぐの左側の道を進む。更にすぐに分岐しています、真っ直ぐの右の道を進みます

そこから真っすぐ150m程進み左に緩やかにカーブします、50m程進むと十字路に出ますので90度に右に折れ数十mで再度右に折れます

十字路を振り返ったところです。正面の道を歩いてきて右に折れます

左にお寺があります 融通念仏宗法林山善正寺


お寺を左にして南に下り近鉄線の高架を潜ります

高架を潜ったすぐに左に折れます

左に折れた右に室生中学校、室生小学校と続きます


右に 大神宮常夜灯 初瀬街道沿い、安政六年(1859)の建立


坂を下っていきますと十字路に出ます

十字路右角に 道標 「石佛弥勒」

右に行くと大野寺から室生寺へ、左は室生口大野駅です

鉄大阪線室生口大野駅、切りの良いところで本日はここで終了します

伊賀街道 1日目終了帰宅します


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