下板街道

2026年6月10日

徳島城鷲の~鳴門市撫養町 新池川を渡った撫養街道・淡路街道との合流点
自宅を早朝に出てJR一番電車で和歌山港へ、和歌山港8時25分の南海フェリーで徳島港へ。南海フェリーは来年(2027年3月)で幕を閉じる。
徳島城鷲の門 11時45分スタート。途中で淡路街道とつなぐ 中央街道 を歩き。再び下板街道を進み、撫養町の淡路街道、撫養街道との新池川を渡って、JR鳴門線の金比羅前駅と撫養駅との中間あたりでの合流点する。

       鷲の門  11時45分 発
       撫養町  17時40分 着   39.600歩  
途中短い中央街道完歩鳴門駅のホテルへ  18時30分 着  
          45.715歩  27.42㎞  1493kl

下板街道は淡路街道の西側を進む脇往還で、徳島城鷲の門からほぼ北に真直ぐ伸びている、重要な街道であった。

今夜は鳴門駅近くのホテルファーストシーズン鳴門で泊まる
2日目は、撫養町岡崎湊から 撫養街道 を歩けるところまで進み、次回池田迄引き継ぐ。

鳴門駅に戻り昨夜と同じホテルに泊まる。
3日目は、JR鳴門駅から立道駅まで昨日撫養街道で歩いているので移動、立道駅北側から淡路街道を徳島城鷺の門迄。

徳島城の南東に位置する 鷲の門
徳島城は標高62mの渭山(いのやま)の山上とその山麓に築かれた平山城。秀吉から天正13年(1585)阿波一国を与えられた、蜂須賀家政。
江戸時代に入り淡路国を賜り、25万7千石幕末まで続く。現在石垣と堀の一部と表御殿庭園(国名勝)が残り、1989年鷲の門が復元された

鷲の門前からの、石碑と石垣と堀

堀を左に少し進んでいくと、 数寄屋橋 城の鬼門に当たり、城内の凶事の時以外開かれない門で、不明門とも呼ばれた

北に堀沿いを進んでいくと助任川に出ますが、助任橋が改修で右に迂回します

橋を渡り二筋目を左に折れる

左に折れてさらに二筋目を右に折れて旧道に戻る

300m程北に真直ぐ進むと、右T字路に出ます左に進む旧道は 淡路街道 でこの辻で分岐します
下坂街道 は真直ぐ

淡路街道との辻の数m先は、興源寺川に架かる助任小橋

北に進んでいくと左に 「日枝神社 芳野神社」蜂須賀家の守護神

拝殿 の両側に完成3年(1801)と天保2年(1831)常夜灯

境内の お頭大明神

保存樹 まきの大木

助任本町を進むと、吉野川の堤防に突き当たります

堤防から広い雄大な吉野川ここから対岸にほぼ真直ぐあったのが 別宮の渡し で右斜めに対岸の右の橋の袂へ、
鈴江の渡し跡

鈴江の渡し跡の石碑

堤防より今来た助任本町の通りを振り返る

堤防を少し右に折れて吉野川に架かる吉野川大橋を渡る。橋は1137mと長く渡るのに16分かかりました。私は特に高い橋(高度恐怖症)など渡るのが苦手で少し足がすくみます

橋の途中より振り返ったところ

ようやく対岸に着いたところです

橋を渡った交差点真直ぐ行きます

400m程西に少し飛び出たところがありますが、多分 別宮の渡し跡 で、北の先で合流しますが、下板街道の別道であったようです

振り返り対岸の徳島市街地を見る

車道に沿った左下に旧道があるのですが、柵により左に高くて降りれないので、低くなったもう少し先で飛び越えておりました

下の道に降りて少し先から堤防方向を振り返る

ここを左斜めに入ります。車の前を

工事中で旧道は無くなっているようですが、道らしくない畔道を入っていきます

かつての旧道か細い畦道のようですが、正面のビルを目標に北に進んでいます

残念ながら途中で消失、右の車道に迂回しますそしてコンビニの辻を左に折れました

迂回してきた先から南(左)を見る

迂回して車道より左に入ると、沢山の 石仏 が並んでいます

この辺りに旧道が北にのびていたのだろうが、よく分かりません

神明神社 の鳥居の所に出ました

そのすぐ北側に新しい道が出来ていて、目の前の徳島自動車道を潜ります

高速道のトンネルの所から神明神社方向を振り返る

高速道を潜り北への道を進みます

途中新道も合流しますがとにかく北へ進む

進んでいくとT字路に出ます、その右手手前角に 地蔵堂 「三界萬霊」と刻まれた地蔵尊と横に「般若心経一万遍供養塔」の 石柱

少し鍵型になっている辻真直ぐ北に進む

左に 三宝荒神社

左手に 真宗光雲山善集寺

更に鍵の辻、右左と北に進む

車道に出ます、向かい右に川内中学校、左に川内支所の間の道を進む

右の学校に沿って右に折れ、そして左にカーブします

学校が右に過ぎて左にカーブ、田の間の狭い舗装道を進むそして突き当たるところで左に折れます

数十m程進んだ十字路、右に空色の二階建ての建物の辻を右に折れる。竹須賀地区正面向かってくる道が前述の 
別宮の渡し跡 からの旧道でここで合流します

右に折れた右手に 祠と庚申塔、大師像、石仏多数

右手に 石碑 「嗚呼森先生」 森魯山の墓で寺小屋を開いたそうです。隣には 森家の墓 が並ぶ

少し進んだところで 車道の信号交差点を横断

左に 自性寺

左に 吉田酒造小さな 石の祠 が玄関の所にあります

吉田酒造の直ぐ先T字路を右に折れる,更に70m程でT字路に出て左に折れます

直ぐ先で高速道路を潜ります

そして400m程真直ぐ進むと11号線28号線の広い交差点に出て横断真直ぐ進みます

加賀須野地区に入ります

やがて今切川が近づいた左に鳥居があります参道が長く奥になっているので寄りません

今切川に架かる加賀須野橋日本最大の昇開式可動橋

橋を渡り次の道を右に折れて50m程先の十字路を左に折れます

十字路を右に折れると今切川の堤防に出ますが、策で入れません。かつての 加賀須野渡し跡

十字路に戻り、北に真直ぐ進みます。途中広い信号交差点を横断して進む

やがて旧吉野川の堤防(広島橋)の交差点に出ますスターとして 22.600歩 14時40分

この日、この辻で下板街道を中断して、この交差点を左に行きました。中央街道で下板街道と淡路街道を繋ぐ旧道で距離は3㎞余りと短いが列記とした街道名がついています。
とりあえず淡路街道の合流点まで行って戻ってきます。戻ってきた時点で、31.778歩 16時15分でした。街道は別途掲載します。

交叉点左の堤防下の道中央街道中央街道は私が歩いた街道の中では、2番目に短い街道です

交叉点を右に折れたところからの中央街道

旧吉野川に架かる広島橋橋の袂にある 石仏

直ぐ先左木の下に 地蔵堂 「西国三十三か所九番」 と小さな 常夜灯

左旧吉野川の堤防を進みます

空港橋が見えてきました

右手に 地蔵堂 「西国三十三番」

旧吉野川河口堰

右手段下向かいに 二体の地蔵

更に 石の祠 「三界萬霊」

前方に大津橋が見えてきました

旧吉野川に架かる大津橋を渡りますかつての 大津の渡し跡

橋を渡ってすぐの所に 地蔵堂 「西国32番」

地蔵堂 「西国33番」

大津町を北に進みます

 石の祠

大津町を進んでいきます

小さな橋を渡り少し右斜めに、そのすぐ先で左斜めに

お堂が2つ

広い交差点を横断します

その先右にマンションが建つところ右に折れる

道なりに左にカーブしながら進むと新池川に出ます新池川に架かる新池橋を渡る

橋を渡ると数十mでJR鳴門線を渡ります

更に50m余りでT字路に出ます 淡路街道と撫養街道 との合流点です

T字路より振り返る

下板街道完歩

39.600歩 17時40分 ここから明日の岡崎の港起点の街道を歩くので、鳴門駅近くのホテルまで歩きます 
   1日トータル 18時30分着  47.715歩 27.42㎞ 1493kl

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