妙見街道

2013年10月27日 1日目

高槻市郡家新町~安威川に架かる長ヶ渕
大阪JR駅~摂津富田駅まで、今日は大阪マラソン開催日、台風が多く雨がよく降ったが幸い今日は良い天気。
摂津富田駅から暫く歩き郡家新町の西国街道との分岐点でスタートする。
茨木街道支線の安威川の長ケ橋で合流するので、便利上今日はここまでとして、引き続き茨木街道支線を歩く

         摂津富田駅   6時55分 スタート
        桑原橋バス停   10時30分  
          17.660歩  10.59㎞ 

妙見山
「能勢の妙見山」で親しまれ、西の見延山と言われ、日蓮宗の妙見大菩薩が山上に祭られている。江戸時代後期から明治の初めにかけて人々の信仰を集めて参詣する人で大層にぎわった。妙見宮を開基したのは、清和源氏の流れをくむ多田満仲の子孫である能勢頼次とされる。見延山の日乾上人に帰依し、妙見山山上に妙見大菩薩を祀ったのが妙見宮の始まりと言われている。

妙見山に参詣する主な道は
北からの 本滝道(表参道)・主に 地元、丹後、丹波、但馬からで
東からの 清滝道(脇参道)・   京、 丹波、茨木、高槻方面から
南からの 新滝道(裏参道)・   大坂、兵庫、池田、方面からであった
の3コースがあった。                     
関西 山越の古道を参考 

今回は、高槻市郡家新町の西国街道から分岐するところを起点として歩く。途中、亀岡街道と重複するが、豊能郡豊野町野間の妙見口までを妙見街道とします。
そこか分岐して、東側の清滝道を登る。
帰りは妙見山上から、西側の上杉尾根道を下り、妙見口駅まで歩く

JR摂津富田駅をスタートする

駅からスタート地点に行くまでの間に、駅からまっすぐ北に歩いたところにある 春日神社

神社の隣にある遺跡の案内、この付近には遺跡がたくさん出るようだ
郡家今城遺跡
奈良時代から平安時代にかけていとなまれた集落跡

集落跡一帯、左が三島高等学校

西国街道 郡家新町交差点。東北角に 3基の道標
妙見街道起点

一番大きい 道標
西面 「右 石川 見山 妙見道」 北面 「右 芥川 山崎 京都、左 豊中 池田神戸」
東面 「此処芥川村郡家」 南面 「明治四十三年六月建之大阪府」

小さい方の 道標「右 妙見道 是より五り」天保六年

右の 自然石の道標「右ハ妙見、すぐ惣持寺、すぐそうじ寺 道」

左斜めの道が西国街道、右への道が妙見街道の分岐

右に進むと、右手に大きな古墳が綺麗に整備されて現れる。
今城塚古墳

古墳を右に見ながら進む、古墳の周り

水をためない濠
外濠は、西が高く東が低い傾斜をもっていて、はじめから水をためない浅い空濠でした。古墳の輪郭をきわだたせ、より壮大にみせるために掘られたものと考えられます。この付近の濠内からは戦国時代の火縄銃の弾丸がみつかりました。「今城」の名の起こりである、城砦として利用されたという記録や伝承を裏付ける資料です。(解説版より)

今城塚古墳の東端で小川に突き当たるので妙見橋を渡る。妙見橋に沿って右に折れてもいいし、私は橋を渡った少し左の細い道を入った

妙見橋を渡りフェンスの所の入る狭い道

右の川のところから来て、右に折れ川沿いに進むと150mほど進むと信号交差点の手前の交差点で、左後方から川を渡ってくる 富田街道 と合流する。富田街道は信号交差点を渡って真っ直ぐ進む。妙見街道は信号手前の交差点を左に進む。

信号交差点の真っ直ぐ行く富田街道

信号交差点の手前の交差点で、橋を渡り真っ直ぐ進む道。200mほど先で、信号交差点から来た道に合流
(この道が旧道なのか1つのコース)

先ほどのフェンスの細い道を入るとすぐに鎖の向こうの、「富田街道」との交差点。ここを右に折れて、先ほどの川の所に出て、妙見街道と合流して、信号手前の交差点を左に折れる

富田街道と交差するところを右に折れた交差点からの富田街道と妙見街道の重複道

(2つ目のコース)この辺り高槻市氷室町1丁目

富田街道との交差したところを右に折れず真っ直ぐ進む

100mほど先で右にカーブする。その左角に祠がある

地蔵 を左に見て右に進む

立花荘のところを右に折れると、富田街道と分岐した信号交差点からの道に出る

岡本バス停の所に出てきたところ
(3つめコース)

果たしてどのコースが正しいのかわからないので、3コースとも歩いてみた。本当は其処までこだわらなくていい。本来の旧道は完全でないのだから。でも少しでも旧道を歩いてみたいのが、街道歩きの究極の拘り

でも自分でも作成していてよくわからなくなってしまった。要は
簡単に説明しますと、今城塚古墳を右に見て進み、切れたところ少し鍵型に、左に折れて直ぐ右に折れると直ぐ先で富田街道と交差して、西に進み道なりに300m程、氷室町2丁目を右にカーブしながら進んでいくと、広めの車道T字路になり左に折れて西に進みます

3コースを歩いてみて、ここから西へ進む

西へ進み

ローソンのすぐ先の二股道を右へ

100mほど行った先の信号交差点を右へ行く

すぐ右手少し入ったところに 浄土真宗明覚寺

その先で名神高速道路の高架が見えるので、その30mほど手前で右に折れる道があるのでそこを入り名神高速に出る

名神高速に出たところで少し東側の高架下を潜る

高架下を潜ったところで真っ直ぐの細い道を進むが、少しそれて(寄り道)、右の名神に沿って進むと、
左に 八幡大神宮

もう少し坂を上り先に行くと 闘鶏野(つげの)神社

神社の裏山は 今城塚古墳附新池埴輪製作遺跡

神社の参道は珍しい、名神高速道路の上にある

表参道の階段

表参道入口の鳥居 名神高速を間に参道と神社がある新旧入りまじった感じ

参道鳥居の右手に有る 観音寺

神社にもここにも説明版があるが、字が消えていて読めない。同じなら新しく作ればいいのに説明版の意味がないといつも思う
寄り道が終わり先ほどの名神の高架を潜ったところに戻る

前の細い道を進む

川の所で橋を渡り広い道に出る

右角にピーコックの交差点を渡り進む

右、手前に尾広池がある交差点。右の道奥に、高槻赤十字病院が見える上土室4丁目

右手に尾広池

右手奥に高槻赤十字病院

その先1つ目の信号の所で、少し(寄り道)左に折れ下っていく

この道は、西国街道の太田からの 塚原街道 が合流

八幡宮

北側に 経王寺

先ほどの街道に戻り、塚原4丁目の緩やかな坂を上ると右手に池

更に少し上っていくと、左にゴルフ練習場・こんもりとした森が見えてくる。
塚原八十塚
この辺りは古墳のオンパレードっで、かつて百数十基の古墳があった

道を挟んだ少し先の街道沿い右に 石碑

その先で坂を下るが、その左側後方の安威川の見る景色は絶景
長ヶ渕

坂を下っていく、右にアルテ高槻エミネンス、左に安威川

坂を下りきると、左から安威川を渡って 茨木街道支線 が合流

茨木街道支線の北方向を見る

安威川に架かる 旧長ヶ橋と長ヶ渕

ここで少し(寄り道)、新長ヶ橋を渡り200mほど広い国道46号を北へ歩き、国道を渡り、今度は南への道を進んでいくと、妙顕山本龍寺がある

法華宗妙顕山本龍寺

ここの案内板も字が消えていて読めない

元の交差点に戻る長ヶ橋北詰信号の所を、国道は右へ、街道はコンビニの所を左へ進む

桑原橋へ進む

妙見街道1日目は、交通の便を考えここ桑原橋バス停で一旦終了する。先ほどの長ヶ橋まで戻り「茨木街道支線」を歩く。

 

妙見街道

2013年12月30日 2日目
前回、桑原橋まで行っているので、今日は自宅4時40分に出て阪急梅田駅から茨木市駅までいく、駅前から7時06分の阪急バスで桑原橋までそこから引き続き歩きます。
昨日まで雪と寒さで今日は歩くのをだいぶん迷ったがいい天気になり良かった。今年最終の街道歩きでよかった。途中泉原で以前歩いた亀岡街道に合流して歩くが、以前間違っていた道を今回修正する。
妙見口で亀岡街道と分岐、妙見街道はここで完歩
        桑原橋  7時45分  出発
        妙見口 12時35分  完歩
          26.247歩  15.74㎞
 
引き続き 妙見山上へ「清滝道」を登る 

桑原橋バス停前スタート

桑原橋バス停すぐ先で、旧道は右に進む200mほど右の旧道を歩き再び、桑原橋手前で左の道に合流。

桑原橋の袂に、旧橋柱 が保存されている

100mほど進んだところで左斜めに進む

道を進むと、左に桑原自治会館がある、その角ガードレールの所に、道標 「左妙見道」

道標の所の道を左に折れる
右に 地蔵堂 がある、道なりに左にカーブして進む

竹藪手前の街道に突当るので左に曲がる。緩やかな登り

その先で、新しい住宅地に出て様相が一変に変わる

この先、広大な新興住宅地、サニータウンで、街道は完全に消えている。とにかく北東に向かって歩き、住宅地を抜ける

私は、山手台東町を右に進み、陽和台第4住宅と6号棟の間の比較的中心道路を北東に進む。そして右に、第4住宅2、第4住宅4号棟の前の道路を緩やかに登っていく。そして少し右に折れすぐ左に折れて真っ直ぐ、左に第4住宅11号棟の前を進んでいく。さらにその先に、山手台小学校を通過し、山手台4で右に折れる

山手台4の右に折れる所

直ぐ先で左にカーブ

カーブした道、その道の右の上に細い道が並行している

並行している道、旧道でないだろうが、街道情緒がある

右には住宅に混在して、大きな太陽パネルが作られている

細い道を下って、左の下の主要道に合流する

そのさきをさらに進んでいくと、住宅地により突当りとなる。旧道はおそらく真っ直ぐ下っていたと思われるがやむなく道がないので、この先は適当にパズルで下っていくことにした。
茨木市山手台7丁目まで下ると、車の多い114号線 が左から合流してくる 清阪街道

更に左の広い道を暫く、清阪街道と重複しながら進む

合流した直後の街道

少し歩いた左、竹藪の道を挟んだ向かいに 国見の常夜灯
妙見山や八大龍王を祀る、龍王山への道中安全を願って建てられた

常夜灯のすぐ先の二差路を国道を右に左の道に入る。大岩の集落へ

 左に入ると途中左道沿いに 石仏

 JA茨木市石河を左に、国道の上を右側に横断する。国道の右側の旧道を進む

その先で再び左からの国道に合流するが、国道を横断して、再び左の細い旧道に入っていく

暫く集落内を進みます

右手の国見集会所を過ぎると、細いわかりににくい路地を少し入ると、
大岩八幡神社

大岩八幡神社五輪塔
八幡神社の創建時期や五輪塔との関係などは不明だが、神社は国見地区の鎮守社で、現存の棟札から1640年まで遡ることができる。五輪塔は、地元産の花崗岩緑岩で造られたもので、地上総高219.5cmで二十基壇の上に建っている。下段は切石の組み合わせ、上段は弁の大きく突出した複弁の反花座となっている。地輪高は46cm、幅69cmで少し中高に造られている。正面に、大日報身真言を薬研彫りしている。室町時代を代表する五輪塔です。 (茨木市)

すぐ先で分岐、左が 妙見街道 右が 清坂街道 此処で分かれる、分岐点に 道標 が並んで立っている

一番手前の 道標 「右 あなう 左 ささ山 道」
真中の大きい 道標 「八大龍王山 二四丁」大正五年

赤才集落へ進む

坂の途中右手に 

右手に大きな 燈籠、「大峰山上銀坐組」と刻む

赤才集落の北端で右への千堤寺方面と左への泉原への分岐がある

そのすぐ右手に 石燈籠 正面に「妙見大士」1832年

石燈籠の先は少し綺麗な雑木林の中の道を進む

目の前が開ける、大きな土木工事をしている新名神高速道路の工事で、現在は完成して旧道の景色は大きく変わっているだろう。茨木千堤寺ICも右手にできている2013年の時はまだ工事中でした

一町田(ひとまった)集落

キリシタン遺物史料館の案内があるが、この先のことを考えると寄る時間がない

妙見山の鳥居

鳥居の右高台に石碑が建っているが詳細解らない

その先に分岐があり、そこの中央に道標この道標の右への道は、妙見山への近道であったが、現在工事のため通行できなく、この先の旧道も残っているかわからない。左の泉原への街道を進む

自然石の道標

土木工事中の道を進む。旧道なのか、造られた道なのかわからない。数年したら様相が変わって、街道はどうなる

その先、暫くは気持ちよい山道を進む

山道を抜けると、眼下に泉原地区が見えてきました

坂を下っていく

亀岡街道 に出ます。その手前に 石燈籠 が建つ

妙見街道を降りてきて、亀岡街道に合流するところで、家の間の道を下ってきました

泉原の亀岡街道との交差点で合流。妙見街道はここで終点(起点)となっているが。以前、亀岡街道を歩いた時には、亀岡街道は交差点の左からきて、右の新しい道をすすんだので、今日は本来の街道と思われる旧道を進む。
ここからは昔は、妙見山に行くには亀岡街道と妙見街道は重複して進んだので、一般的にはここからは亀岡街道に吸収されたのだろう。そうでないと、ここで妙見街道終了というのも少し疑問におもえるから。あまりこだわる必要はない。

交叉点を横断し泉原集落を進む

坂を上ると左側に、清渓小学校があり、かつての 泉原城跡 

小学校の前を進み直ぐ先の見落としやすい、右への旧道に入ります

少し進んで左に折れて、先ほど分岐した道に出ます
その手前右手に旧道沿いに、大神宮の石燈籠

左からの道路に合流し、横断して右に曲がりながら少し進むと、四つ角に出ます
十字路を右に折れて少し進むと、前述で横断した道が右からきて交差点となりますので横断します

十字路を北に進む集落の旧道(東海自然歩道)です

その右手角に 石仏 がお堂の中に沢山並んでいる

お堂より200m程旧道の坂を上っていくと正面に 素戔嗚尊神社

赤樫
高さ約10m余り、幹まわり5m木質は赤色でかたく、用途が広い木である。神社の境内に大昔から成長し神社の神木として、多くの人にたくましいこの木の姿を見てほしい。樹齢推定500年以上、ブナの木科の常緑喬木。(宮総代)

神社の右側の旧道を上っていく

暫く歩くと左側に 石碑

旧道は集落を抜けて、東海自然歩道の山道に入っていく

切通しの気持ち良い旧道

分岐があるが左への道をとる

よけの柵が張られており、錠を開けて入る

暫く進んでいくと再び柵があり開けて出る急な下り坂を下ります

山を下ると前方が開ける

曲がりくねりながら田畑の中を進む

この地点で右からの亀岡街道妙見街道が前述の交差した道路が大きく迂回してここで合流。
以前、亀岡街道を歩いた時はこの道路を歩いてきた。(どちらも間違っていないだろう)

土手の坂を上り亀岡街道に合流する。東海自然歩道はすぐ道路を横断してすぐ右への道を山裾に沿って伸びている。案内もあります街道は左に折れてこのまま真っ直ぐ進む。

右に折れる東海自然歩道の入口に 源氏講の題目塔 「南無妙法蓮華経 妙見大士」「天下泰平国家安全」

100m程先で新道は右にカーブする、以前は右に沿って歩いた右に大きく多留見峠まで迂回する道でした(亀岡街道を参考にしてください)
今回はほぼ真直ぐ峠までの旧道ですが、果たして旧道が残っているか下記写真の正面の道

旧道らしい道が残るが鎖で通行止の表示がある嫌な予感がします

その先は、だけどますます旧道らしい道が残るので奥へ進む。左に谷川、資料には谷川に沿って登っていくと書いていた

やはり道は誰も入らないし踏まれていないので荒れてきた。その上道が消失しているようで、この先、進むのは危険なので中止して、元の道に戻る。これだけ探究すれば満足かつての旧道は消失しているが、谷に沿ってほぼ真直ぐ北西に峠まで1㎞余り登っていたようです

分岐近くまで戻り振り返る。多留見峠はこの前方の高いところあたりだから、まず旧道であったと思われる。歩きとおせなかったが大きな収穫

元のカーブの所に戻り、緩やかな坂を進む

写真には撮っていないがこの先で、左にカーブして右にカーブするところに、左に入る道がある。以前、亀山街道を歩いた時に通った街道。同じ道を進む。新道は右に迂回し、また先で合流する。

新道に分かれて、左に入る道

こちらも旧道らしい山道が続く

このさきで、猛どう犬が沢山、恐ろしく吠えまくり恐ろしかった

ここで突当りを右の坂を上る。

右に曲がり坂を上る道

峠に着く、道は続くが峠は右に入る 多留見峠 かなり荒れているが峠

峠の道を挟んで左側、この先で道はないが、先ほど、谷を上り途中で道が消失していたところから、真っ直ぐ谷に沿って登りここに出てくる様だ。そして峠に至り一気に下る。(推量は正しいか間違っているか解らないが、今回の収穫)

かなりのごみが捨てられている。
前回の亀岡街道の時は、真っ直ぐ荒れた谷であったが下って行った。間違って降りたようだ。今回は、左への道を進んで下った。前回は入口が荒れていたので気が付かなかったが、今歩いてみると街道らしい道がある。

前回間違って下った道、今思うとかなり荒れているよく下ったものです
今思うと熊にも遭遇しないでよかった。この当時(10年ほど前まで)はクマよけ錫など持っていればほぼ襲われることがなかった。今ではとても怖くて歩けない

左への今回の旧道を下って行く

どんどん下っていく

獣よけの柵がされているので、開けて入る

ここまで下りてくると道が現れた。地図で見ると間違いなく豊野町木代地区の道である
薄っすらと雪が残っています

多留見峠超 成功でもここは冬場でなければ藪や草に遮られ歩くことは少しむつかしいかも
この辺りの標高は400m前後です

木代の集落に入ります亀山街道の時はここに降りてないので、この旧道は通っていない

長閑な山里です

田畑の間の道を通り、木代集落の道に出る

左へ

左へ

下っていきます

 下り坂の途中左に小さな お地蔵さん が祀られている

また自然石に刻まれた お地蔵さん

右に新道の亀岡街道が迂回して間もなく合流。
前回、亀岡街道を歩いた時は、前方のバスセンター辺りに峠から降りてきた。

右下に新道が迫ってくる

坂を下って右からの道に合流

新道と重複して暫く進む

左に 朝川禅寺(亀岡街道の時行っているので省略)

禅寺をすぎて100mほど行くと、左に入る旧道があるそちらを進む

この辺りも木代地区、坂を上っていくと右手石垣の上に自然石に刻まれた 地蔵磨崖仏

道を挟んだ向かいにある 石碑

坂を下っていくと右前方に余野の町が見えてくる。豊野町の中心

坂を道なりにどんどん下っていくと、亀岡街道新道に川の橋の所で突当り合流。左に折れる。

左に曲がり、新道を50mほど行ったところ右手に、走落神社があるので、その鳥居の前の道を左に入る

走落神社(前回行っているので省略)

右の神社の鳥居の前の道を90度に左に下り集落に入っていく

右に大きな旧家を見て前の道を進むと、川に突き当たるので、右に曲がる

右に折れたところの旧道、100m行ったところで新道に合流

少し進んだところ、右手の石塀に 地蔵

地蔵のすぐ先の信号で右折れ。手前の坂は、東能勢小学校への道なので、越したところ

右に折れたところでまた右手に 地蔵

地蔵のところから更に坂を100mほど下ると余野の交差点の出る

余野の交差点で左から 余野街道の起点 が合流

交差点から南西方向の余野街道

亀岡街道:妙見街道 の交差点に来たところ 

交差点を越えると橋を渡り右にカーブする

左に大きな旧家の前を進んでいく

橋の手前右手に、道標 が刻字が読めない

道標の先で、余野川に架かるしろのこし橋を渡ると切畑口交差点で新道に合流するので、左に折れて200mほど進む

右に入る旧道があるので右に入っていく

少しの間旧道を進み、また左からの新道に合流

前回はここで新道を右に折れて進んだが、今回は少し違う

新道に出たところで右に折れず、新道を渡り、真っ直ぐの田畑の間の道を下る

進んでいくと、川に古い石橋が架かり、その先に旧道らしき道が見えているが鎖を張って通行止めとなっている。この辺りでこの道は断念する。
多分、資料と地図からして、江戸時代以前の古道と推測するが如何。左を迂回していたのだろう

少し戻って、川に沿って進んでいく

その先で左に曲がりここで川を渡る

橋を渡り少し川を右に沿って進み、すぐ左にカーブしながら山方向に真っ直ぐ近づいていく

この先右に進む旧道で、江戸時代後期から使われた旧道と、それ以前の旧道が残っているそうでその道を探りながら進む
すぐに、右川沿いの道があるが多分違うだろう

其の数m先に、左の真っ直ぐの道が、先ほどの石橋方向にあるがこれが石橋からの旧道かと思ったが少し地形的に違うかも

更に20mほど先で、右に道が真っ直ぐあるのが江戸時代後期の旧道なのか、でもこの道の左側は田で、石橋方向に伸びている道がないのが腑に落ちない

更に数十m進むと山に突き当たる。左の山裾を石橋方向に道らしき跡が残る

 突当り右への道が、これが旧街道か進んでみる

林の中に吸い込まれていく

右手に田畑が開け、左が山裾と正しくこの道が街道の道と確信した

江戸時代後期の道か、それ以前の道か解らないが

推測するに、石橋の先の廃道になっていたところから、先ほどの山へ突き当たった左の山裾の道が、旧江戸時代後期以前の旧道で、右へ折れた先の今のこの旧道は江戸後期まで残りそれ以降も街道として残っているものと推量

これ以上は私にはわからない

とにかく旧道の雰囲気を楽しみながら歩く

右の田畑の中に、先ほどまで推測した道が真っ直ぐ伸びている
前回亀岡街道歩いた時は、前方の新道を歩いてきて、写真の真中辺りから左に下ってきた(やはり再度歩くとわかってくることもあるようです)

更に山裾の旧道を進む

新道の妙見口信号交差点から左に曲がってくる道に合流。
右鋭角から、前回歩いてきた道が合流

右が今歩いてきた旧道。左が前回歩いてきた旧道どちらも旧道に間違いない

妙見口信号交差点からの道に突当り、少し左に折れたところで、またすぐ二股道を右への旧道を進む。
左は妙見への新しい車道

ここが 亀岡街道/妙見街道 から 妙見山への登る 清滝道 の分岐点、亀岡街道は右に折れ、清滝道は真っ直ぐ

分岐の左に 野間口妙見山道標
1828年に建てられた 正面「右 妙見山 開運講」 右面「左 京亀山道 綸子屋平兵衛・・」
左面「摂州能勢郡野間庄 鷹ヶ峯岩戸大千代講和歌山儀兵衛 御山江十八丁」
裏面「文政十一歳戌子九月吉日・・」  (豊能郡教育委員会説明)

亀岡街道の分岐した道

引き続き、清滝道から妙見山山上に登りますが、妙見街道(一部亀岡街道重複)はここで終わりとします

妙見街道・亀岡街道一部重複の街道 完歩

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