深坂古道

2015年3月22日

疋田の分岐(追分)から、新塩津街道の上沓掛までの区間


塩津街道に続き歩く峠越の古道
疋田宿から西近江街道を少し戻り、JR新疋田駅のそばを抜け500m程で、西近江街道と分岐して深坂古道入口に出ます。古道は、中世(平安)の道で、塩津街道の前身であったようです。近世に入り、厳しい峠であったので、新道ができた。
距離は短いが、当時は大変な難所であった、古道は廃道化していたのを、地元の人たちの努力により2013年見事に復活、歩けるようになったがかなり荒れている。整備がされなければすぐ消失してしまうと思います。
この古道歩きは、私にとっても失敗でした。古道入口近くの集落で畑仕事をしているおじさんに、道の様子を聞いたところ、私たちが整備しているとおしゃっていた、シーズンになるとこの峠クマが出没するので注意してくださいとのこと。3月だからまだ冬眠していると思うが、鈴と笛を鳴らしながら峠に入りました。
途中から所々に雪が積もり道が消えている所があり、迷わないように注意しながら歩く、膝辺りまで積もっています。峠の頂上がもうすぐというところで、地図を見なければいけないし、雪にも注意、熊にも注意笛を吹き歩くが、つい気が散漫となり道を間違えた。左の谷川沿いに歩いてしまい、気が付いて元の道に戻ろうとしたが、雪でわからなく、右上に古道らしき尾根が見えたので上ろうとして木の枝に手をかけた時、木が折れて下の谷川に滑り落ちた、幸い水が少なかったので大事に至らなかったが、でもかなり濡れてしまった。その後、古道を探すのに苦労した、とにかく尾根道へしっかりした木をつかみ上に登っていくと古道が見つかった。その間も熊が出ないか心配しながら峠らしき頂上に着く。
ところが、峠に着いてほっとしたのか、力を出し切ったのか足が少し弱っていたので、木の根につまずいた瞬間、左のふくらはぎの筋肉が硬直、こぶらがえりを起こした、その場にへたり込み暫く手当をしながら休み、少し良くなったところで峠を下るが、街道歩して、甲州街道の途中で股関節を痛めて途中で中断して帰ってきたことがあったが、こぶらがえりは初めてのことでした。
下り道も、雪でぬかるんでいる所があり、十分注意しながらやっと、沓掛の国道8号線に出ることができました。
更に悪いことに、国道に出た時、前を4時のバスが出たばかり、次は5時30分までないので、足の調子も戻ったので、待っていてもつまらないし、国道を行けるだけ時間までバス停通りを歩きました。
      深坂古道スタート  13時55分
      沓掛        16時00分 着 
           16.289歩  10.21km
 塩津街道・深坂古道トータル
           43.699歩  26.21㎞  1.953kl
   

塩田街道を完歩して、疋田宿の西近江路との合流点から、西近江路を南に暫く歩きます。北陸本線に沿って東側を進んでいくと、JR新疋田駅の東側に出ますので、構内の踏切を西側に渡ります。
JR新疋田駅前

塩田街道を完歩して、疋田宿の西近江路との合流点から、西近江路を南に暫く歩きます。北陸本線に沿って東側を進んでいくと、JR新疋田駅の東側に出ますので、構内の踏切を西側に渡ります。
JR新疋田駅前

正面を西に数十m進むと161号線に突当りますので左へ

左の先に分岐が見えます、右は161号線ですが、西近江路は左の旧道に入ります

分岐の角に追分の標示と案内板 

角に深坂古道600mの標示

愛発追分区の集落を進みます小さな川橋を渡り集落内へ

集落内右手に 日吉神社への入り口

左手には 浄土宗真正寺

その先、深坂集落を進みます

愛発深坂区の案内板

集落を抜けると民家がなくなり畑が広がります

やがて川に架かる橋に出ます、橋を渡る旧道は 西近江路 です。深坂古道 は橋の袂を左に入ります。道案内板が立っています。

街道の両側に立っていますので間違わないです

右の川に沿って古道を入っていきます,この左の畑で地元の集落の人と少し話をしましたシーズンになると熊が出るから注意するよう言っていた。
10年余り前なので、熊が近くにいても、鈴や笛を鳴らしながら歩いていると、熊も人と分かり襲わず逃げたようですが、今であったら一人ではとても歩けない。自然環境が変わってきている。今のままであったら私のような一人歩きの物は、四国、九州を除き歩けない

その先で、畑が終わり坂を上り始めます、その右に、新しいクマ注意の看板が立っています。畑仕事のおじさんは、熊が出たから注意するようにおっしゃっていました。大変心細い

更に少し進むと、左にカーブしています。右手は開けていますが、いよいよ峠道に差し掛かる。その右角に案内説明板が立っています

 深坂古道の説明

左にカーブした先の坂道、沢に沿って上っていきます

途中右手に案内板、このように案内板や標示があるので迷うことはありません
素晴らしい古道です。是非グループ歩きあ奨めです

思っていた以上に整備され快適な古道です

所々残雪があります

この辺り少し倒木があり木の枝が道を遮り少し荒れていましたが問題はないです。でも全く人の気配もなく私一人です。

同じような写真ですが峠への道をくねくね曲がりながら登っています

沢もかなり小さくなってきました

石がゴロゴロして少し歩きにくいです

しっかりした道が残る。一時廃道化していた古道を整備した地元の人達へ本当に感謝します。この辺りの地下をJR北陸本線が抜けているようです

途中 紫式部の歌碑 紫式部の歌碑があるぐらいなので相当古い古道です

 紫式部の歌碑からさらに進んでいく

 雪が結構残って道を隠している部分がある冒頭でも記載しているように

後で資料を見たら、この付近で右に急角度でUターンして少し上って左にUターンするのですが、雪やクマに気をとられ散漫となり、いつの間にか沢沿いを登っていた

知らず知らず沢沿いを進む。冒頭でも書いたように、この辺り少し行っつたところで道がなくなり、探していた時、斜面が湿っていたのでずるずると左の沢に落ちる。沢から上るのに大変苦労したのが思い出す左が滑り落ちた谷川です、水が少なく助かった

何とか斜面を這い上がってきたところです

斜面を這い上がり上の古道に出たところから、下の沢辺りを見る
斜面が滑るので、気を持って上に這い上がろうとするも何度か木の根が柔らかくて抜けて大変であった

良い古道があったのに何故間違えたのか、雪で道がわかりにくかったのもあります。

長椅子の休憩所がありますが、もう少し先が峠なので頑張る

峠の手前に 笠金村歌碑

まもなく 深坂峠 です

深坂峠に着いた時、こぶらがえりを起こしてしまった。街道歩きをしてから10年余り初めてのことです。今までもっともっと厳しい峠越などあったが、年のせいかな。暫くストレッチをして休み回復を待つ。谷川に滑り落ちたときの後遺症かも

深坂峠を越えたすぐ地下は、北陸本線のトンネルが通っていてその西側に出ます。丁度、福井県から滋賀県の県境です。峠を下っていきます

素晴らしい古道の下り

案内標識があります

歴史を感じさせる切通し道の下りなっています

日が当たらないので雪が深く残っていますが、暫く古道の真ん中を真っ直ぐ下っていきます。横を歩いて滑るといけないので

少し喉が渇いたので、雪で潤しましたが美味しかった

先に深坂地蔵堂が見えてきました

滑り止めの舗装が敷かれていますが、雪に覆われて隠れてしまっています

お堂の 深坂地蔵
平安末期、平清盛が息子の重盛に命じ、琵琶湖~敦賀間の運河開削を計画した時に発見されたといわれます。

深坂地蔵の前の古道

 道はゴロ石で少し荒れていますが、秋の紅葉の時季の古道も素晴らしいかも

暫く樹林に挟まれた気持ち良い古道を緩やかに下っていきます。もうすっかり足は治っています

やがて 深坂問屋跡 に着きます跡には石垣が一部残っています

問屋跡の石垣と説明板

石垣の一部、前方が開けてきました

開けたところの右に、深坂海道の標柱 が立っています。すぐ先で左に入る道がありますが、その先は国道8号線の近江鶴ケ丘バス停に出ますが

古道は真っ直ぐの道を1㎞程暫く進みます標識が立っています

 沢沿いに進みます

振り返った古道

 沢に架かる板橋を渡り進みます

樹林の日陰には雪が残っています。かなり下ってきたのですが、真冬はこの辺りは雪でおそらく歩けないでしょう

それでもよく整備されています。歩くことに興味がある方は是非お勧めできる古道です。ただし熊錫など持ち、一人で歩かないことです(令和8年の今現在では)

さらに沢に架かる板橋を渡っていきます

山道での1㎞は結構長く感じます標識が立てていただいているので間違わないです

さらに何度かの板橋を渡ります

やがて深坂古道も終わり、古道入口の国道8号線に出ます。

国道8号線に出たところから、深坂古道の入口 を見たところで、左の 祠 が目印になります。近江鶴ケ丘バス停は国道の暫く先になります。

深坂古道は2013年に整備され再び古道復活により歩くことが可能になりました。ありがとうございました
古道歩きを楽しみたい方は是非歩いてください。

丁度バスが目の前を走っていきましたので、1時間30分ほどないので、国道を次のバスまで時間まで許す限り下っていきます。

塩津街道 を歩いて続いて 深坂古道 完歩

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