2014年11月24日
安曇川~海津
前回に2014年11月8日続き、藤樹の里の少し残っているところを散策して街道を歩く。寄り道が多く余り進んでいない。自宅早朝に出て
安曇川駅 8時00分 スタート
マキノ駅 16時10分 着
43.665歩 26.13㎞
安曇川駅と道標

東への道を350m程進むと安曇川駅口交差点に出ます

さらに東へ161号線バイパスを横断して1㎞程進むと、藤樹記念館の交差点に出ます

記念館を左に折れて北へ、前回の続き道です

右の家の軒に 祠


さらに進むと右に 祠

やがてその先で交差点に出ます、記念館の交差点から250m程です

交差点の左角に 真宗善號寺

交差点を右に折れます。すぐ先十字路があります

十字路を越えた左に 真宗徳正寺

右に 浄土寺

お寺の前に 岡田季誠先生宅址碑
江戸時代中期の儒者


北に入っていくと 日吉神社

日吉神社参道入り口左に 真宗勝安寺

日吉神社

近くに前回行った 神明神社

青柳の里碑

与呂伎神社

前回この付近を行きましたが、特になにもないが、つい藤樹の里の一角であったので散策してしまった
藤樹の里も一応散策終わり、時間を要したが、安曇川駅口交差点に戻ります。
前回来た時、この通りの道の駅の傍にあるコンビニの焼き芋がとても美味しかったので。今日の昼食にまた買いました。
交差点より南側を見ます、前回、この先の鴨川に架かる鴨川橋で分岐して藤樹橋に迂回しましたが、真っ直ぐ来ればこの交差点に出ます

交差点を北に進みます

交差点より100m程進んだ右GSの手前右に入ると 今宮神社 天正十七年十一月勧請

神社の北側には 天台真盛宗祥雲山来迎寺

西側には 真宗西廣寺

街道に戻り先には西万木交差点を横断します

交差点を右に入り左手に 真宗妙願寺

交差点直ぐに左に入る広い道があります。日吉神社への参道です。イチョウの紅葉が綺麗

創業紀年代は不詳ですが、天武天皇の時代に出てくるところからして古社です


奥には 砂稲荷神社


街道に戻り先を進みます

暫く歩いていくと船木口交差点に出ます

交差点左への道は、小浜朽木高島線です

安曇川町青柳地区です

左に安曇川スポーツセンターが広がります

車道右下に集落と細い道が見えます、おそらくかつての旧道の跡でしょう

左には大きな公園が広がる辺りから、かつての旧道は左斜めに進み安曇川に出ていたが、今は旧道は消失しています

安曇川に架かる安曇川大橋を渡ります橋を渡ると、安曇川町から新旭町に入ります

橋から右、琵琶湖方面の景色

橋から左(西)の景色、橋の左辺りを、渡河もしは渡し跡か

橋を渡ると左に急カーブします

左に折れて150m程進んだ左辺りの堤防。旧道はこの辺りに渡ってきていたようです

堤防より右に街道は下っていきます

旧道は川を渡り、車道を横断して右に下って少し先あたりで左にカーブしていたと想像します。よくわからないがその道を探索します

橋を下ってきたところ150m程先で、ここを右に入いります。その方が自然のような気がします

右に折れた道筋

100m程先に十字路がありますその左入ると 加茂神社


十字路を右に80m程進むと、道は分岐してその手前、金山商店の手前角を右に入る、細い道が安曇川の堤防方向にあります、この道が旧道跡でないだろうか、先で消失している

場所がよく分かりませんが、川原市宿がこの付近、安曇川左岸の村
川原市宿
今津宿まで1里半(約5.9㎞)
金山商店の前の分岐を左に進みました、そしてすぐ左のほそい道を入ります

新旭町新庄集落



金山商店の分岐から200m程北にすすんで。集落内のこの十字路を左に折れます

十字路を左に折れて真っ直ぐ進みます

途中右に小川が沿います

そのすぐ先で前述の車道が左に合流しますので、ここで車道に沿って右に進みます

右に折れる左角に、トヨタカローラ滋賀販売店。私が勝手に旧道と判断して進んできました。合流して120m程先で湖西線のガードを潜ります

ガードを潜り150m程先でm十字路の右斜めに入る道に曲がります

右に入る旧道

100m程入った左に 河原市一里塚跡 があります。市内の西近江路には七か所に一里塚があったと伝わるが、現在確認できるのはこの一里塚跡だけです。記録では中世の記録にあるので古い塚跡です

その先100m程での十字路を左に折れます左に折れた先で車道に出ます。
ここの辻で、中世の古道と合流 します

車道に出たところで左を見ると、道は分岐しています。
向かって右からの道が 中世の古道 です

合流した車道の西(左)奥に 浄土真宗妙敬寺

すぐ街道先で、安井川交差点を越えます


新旭町の安井川の町並み

安養寺バス停があります

右角に鎮祭と刻まれた 碑

すぐ右に 安養寺跡の地蔵堂 安養寺子安延命地蔵尊が祀られている

暫く進むと右にセブンイレブンのある平井交差点を越えます

交差点を左に200m程行ったところ、新旭森林スポーツ公園内に八幡神社。燃えるような真っ赤な紅葉が見事

八幡神社

平井交差点より300m程進んだところで、左に入り小さな川を渡った先に

天王山善林寺への参道 に出ます

善林寺
本尊千手観音立像で平安時代の作で、体の左右に手が四十本あり、いづれも合掌や持物がある。一本の手が二十五本分の働きをそ、千本の手と同じ力をもって救うとされる


北側には 佐々木神社


当社の背後の山頂には、国史跡の清水山城館跡 があります


街道に戻ると左角に 道標 「天王山・・・道」


道標の辻車道を越えて細い道を下ります数十m先で左に折れる

左に折れて少し進むと十字路を越えます

十字路からすぐ先で小さな川に架かる橋を渡ります

橋の数m先で車道に出ます。右に 旧北国海道の道標 「左 北国海道 右 京大津道」



道標の前から振り返る


橋を渡った先北への旧道のような道が集落を通っています。この道がかつての旧道跡かもしれませんが、よくわかりませんので、西側の熊野本交差点に出て右の車道を北へ進みました(旧道)

熊野本交差点を右に折れます


少し先を進むと左に 本養寺

隣に 永正寺

暫く進むと、新旭北小学校前交差点に出ます

(寄り道)新旭北小学校前交差点より70m程右(東側)に入った南北の道で、先ほどの道標の北への道(旧道か)北側を見る

南側を見る 車道に戻り進む

また一方、新旭北小学校前交差点を西側に入り70m程行くと北への道があります、この道も旧道かと迷ってしまう

東側の車道を歩かず、この道を北に進みました

200m程集落を進むと十字路に出ます。十字路を一旦、右の車道の米井信号交差点に出ました

米井交差点の南側を見る

米井交差点で今度は、西側に60mほど入りました。前述の旧道でないかと思う延長道。南側を見る(前述の延長)

この先の北側を見る

米井交差点に戻り、はっきりわからないので、車道を250m程北に進みました

車道より80m程左に入ると、西側の前述の道が伸びてきていて、この神社の鳥居前に出てきています。でも神社の前で舗装道は行きどまりとなり右に折れて車道に出ます
大国主神社


神社の鳥居前、北の道は道路跡が木々の間に残っていますが、先がわかりません。車道に平行してきていた西側の道は、ここで探索は終了とします。

車道に出て進みます、バス停を過ぎた左、木村織物の道路沿い左に 灯籠・祠・石造り物 が並んでいます

車道を100m程進むと右へのT字路があります。右へ60m程入ると、南から前述の道が真っ直ぐ伸びてきています。川傍の道標の案内板には曲がりくねっていたと書かれていたが、この道は道標のところから真っすぐ来ているので、西側の車道と共に大幅に回収されたのでしょう。民家も道路沿いにもなくなっている。この先、北側の道は消失しています、ここで通行は終わりです

車道に出て数十m先で左に折れる細い道があります

左に 曹洞宗報恩寺の石碑 が立っています

左の急な坂を上っていきます、途中左に 祠 おそらくこの道がかつての旧道で、前述の道が車道を横断してここに通じていたのだろうか


高台への道となります

坂を上ると 曹洞宗長清山報恩寺

この辺りは 五十川城跡 土塁や帯状の曲輪が少し残っている。戦国時代の城址

急な坂道を下っていきます

坂の途中に 灯籠・祠・石仏

琵琶湖方向の景色


坂を下ると車道に出て、五十川バス停に出ます、左に折れて進みます

バス停から120m程先で右T字路に出ます。左にお寺が見えるので寄ってみます

途中左に 石仏

曹洞宗覚傳寺


元の車道に戻ります、少し先左に 真宗法泉寺

続いて北側車道沿いに 真宗林照寺

お寺の先左小川沿いに立つ 標柱 「玉水の郷づくり」と書かれている

高島市新旭町の岡区地区に入ります

林照寺川に架かる岡橋を渡ります

橋を渡ってすぐ左に 地蔵さん が並ぶ

北への真っ直ぐな道

左に 祠


左に 日蓮正宗妙静寺 が見えます

右にセブンイレブンがあり、その先で高島バイパスの高架道路を潜る、饗庭(あいば)交差点を横断する


高架を潜ったすぐ先で、JR湖西線の高架を潜ります

潜った先150m程進むと、今川に架かる橋を渡ります

橋を渡って川沿いに左の道を入り20m程で右に折れます

右に折れた旧道を北に進む

少し先の十字路右に 灯籠

十字路を左の道に入り湖西線を越した先に村社 健速神社



元の街道に戻り真っ直ぐ北に進みます

つくだ橋の袂に高島市内に残る七ヶ所の一つです 木津の一里塚跡

一里塚跡より50m程先で、波布谷川の手前の道路で突当り右に折れます

右に折れ左の波布谷川に沿って進みます

右に折れる左角に 道標と波称布神社石碑 「左 京道 右 北国道」 「左 大津長命寺」波称布神社は川沿いを1.3㎞上流へ

木津(こつ)は今津よりも古い港で北国海道と湖上交通の要地でした。西方には若桜街道の追分から饗庭野(あえばの)を通り巡礼坂を下り木津へ延びる古い間道があり、往時の木津と、その位置を示す道標(説明板より)

今歩いてきた旧道を振り返る、前の写真とは風景街並みの風景がかわる

左の波布谷川に沿って東へ150m程進みます途中、二本の車道を横断して湖岸の突当りに出ます

左は県道の波布谷川橋

振り返ったところ

二本目の車道の右手前角に 波爾布神社御旅所地の石碑


湖岸の突当りに出たところで、左に折れて波布谷川の橋を渡ります



木津浜
この湖辺に二つ石といって大きな石が二つあり、沖合100mのところにも同じくらいの岩が二つあった。これは雨乞い用のもので、毎年七月二十八日に石を掃き清め、雨乞いの行事が行われている。
またこのすぐ先に、小浜藩の蔵屋敷跡もあり、昔は竹生島詣りの巡礼船がでた。人々の中にはここから賽銭を投げて遥拝した人もあり、今でも浜に古銭が打ち上げられる。(説明板より)
竹生島遥拝所跡


左からの車道と合流する木津交差点に出ます。この辺りにかつて 小浜藩の蔵屋敷が並んでいた跡。
風車街道という新しい立て板



前方右に二つ石と鳥居が湖岸に見えます

二つ石の車道を挟んだ左に 法華宗妙正寺

二つ石と鳥居


二つ石前から振り返る

左に161号線が合流し、庄界川に架かる橋を渡ります

橋を渡りすぐに右の湖岸に沿った旧道を進む

見事に湖岸沿いには松の木の大木が並んでいます


車もあまり走らないし、快適に楽しみながら歩けます

高島市今津に入ります

暫く歩くと左に 大水別神社


天川に架かる橋を渡ります

やがて右に今津港の船乗り場があります。左に行くと近江今津駅


左駅の方への道を少し入った右に 真宗西福寺


お寺の西隣に 琵琶湖周航の歌資料館 があり、正面右はJR近江今津駅

「琵琶湖周航の歌資料館」
われは湖の子さすらいの・・・・・ではじまる、歌の誕生地である記念館

琵琶湖観光船乗り場

今津港を右に今津の街並みを進んでいきます
今津宿
若狭に通じる街道と、琵琶湖舟運街、海津まで2里半(約10㎞)

右角に 祠が二つ




今津の浜通り、今も旧家が並び情緒が残る


魚清本店 の旧家

向かいは 旅館丁子屋
今津宿場町の往時を今に伝える老舗の宿築約200年、今も旅人をもてなしている

その先左奥に 浄土真宗泉慶寺


船乗り場から北へ街道の湖岸を400m程で左に 住吉神社 弘安元年(1278)創建

鳥居の横に立つ 常夜灯 は、文政七年(1827)の銘

住吉神社の南東の湖岸にかつて、加賀藩今津代官所跡 と伝わる石垣が残る。今津は加賀藩の領内であった

住吉神社の北側の角で道は分岐しています。街道は真っ直ぐ湖岸を進みますが、左の旧道は、
近世の 若狭街道(九里半街道) で保坂で合流して小浜に進む鯖街道です。


九里半街道は
今津と小浜の距離が九里半(約38㎞)であることから名付けられた。
室町時代の資料には「九里半階道路」、「若狭道九里半」などと記されている。江戸時代には、近江側では「若狭海道」「大杉越」、若狭側からは「今津海道」と呼ばれた。日本海側の産物がこの今津に運ばれ、湖上輸送で京・大阪へ運ばれた。
街道は、この分岐から西へ辻川通りを抜けて天神の忠魂碑前で右に折れ、弘川の阿志都弥神社行過天満宮の南端で、北上する北国海道と分かれ、西に向かって下弘部・上弘部・蘭生を通って上ノ瀬橋を渡り、北生見・追分を経て保坂に達しました。保坂からは京都からの若狭街道に合流して、水坂峠を越えて、山中関所を抜け、大杉で若狭国に入り、街道唯一の宿場である熊川に至り、小浜に向かっていました。(説明板より)
九里半街道を左に折れたすぐ右に 真宗法慶寺

九里半街道の道
是より浦海道ともいう、西近江路の間道で、分岐点をどちらを進んでも先で合流できる

今津の街並みが続きます

住吉神社より300m程の所に 曹洞宗曹澤禅寺
本尊は木造釈迦如来立像で、永徳三年(1383)創建、その後、何回か火災により焼失している。
加賀藩初代前田利家の正室芳春院の位牌所となる

綺麗なお寺です


曹澤禅寺のすぐ先の、川に架かる橋左前方の建物は、今津サンブリッジホテル

ホテルすぐ先の今津川に架かる橋を渡る

今津町南新保の古い街並み

左に入ると 小海神社

すぐ先左に 浄土真宗受行寺

その先で、石田川に架かる浜分橋を渡る

橋の先の街並み

橋を渡りすぐの道を左に入ると 日吉神社

さらに西隣に 願海寺

橋に戻り右にお折れて堤防道を進むと右に 地蔵さん二基

さらに東に進むと 金刀比羅神社



堤防道を戻り、地蔵の所を北に下ると 真宗浄立寺

更に北側には 浄土真宗勝林寺

街道石田川の橋に戻り、領家バス停を過ぎた左に 八幡神社

浜分漁港の案内板


右は今津浜で、松並木が続きます

左に お堂


暫く今津浜に沿って景色を見ながら歩きます

近江湖の辺道の標柱


車道に沿った湖岸の松並木を暫く進みます

左には浜分沼があります。車道に沿った平行した旧道を進みます

右は今津浜水泳場



左に箱館山が遠望できます



浜分沼を過ぎると、車道(風車街道)を左に分け右の中部北陸自然歩道を進みます

松並木の大木が続きます

車道の東側には貫川内湖が広がります


境川に架かる貫川橋を渡ります

右すぐ足元は琵琶湖



高島市マキノ町に入ります

右T字路を左に行くと近江中佐駅です

二つ続いて小さな橋を渡ります


左奥に 日吉神社

日吉神社の南西に 白山神社の森

琵琶湖側では長い松林もここで終わります、振り返る

そのすぐ先、百瀬川の手前左に 真宗光傳寺

百瀬川に架かる井川尻橋を渡ります

橋より左方向の箱館山

百瀬川の対岸の集落、河口は知内漁港

すぐ先で小さな川の橋を渡ります


左に唐崎神社の常夜灯が見えます

参道

唐崎神社

知内川に架かる大川橋を渡ります知内川に架かる大川橋を渡ります

右に進むと知内浜水泳場へ

橋を渡り真っ直ぐ進んでいきます右に、奥琵琶湖マキノグランドパークホテルがあります

大川橋を渡りすぐ右への道は知内浜の水泳場や浜オートキャンプ場へ

マキノ町高木浜2で右T字路に出ます。左に広い綺麗な道を250m程行くと、マキノ駅に出ます

左のマキノ駅への広い道

更に真っ直ぐ進みます、だいぶん影が長くなってきました

小さな川の橋を渡り、西浜に入ります


右街道沿いに、西浜から海津まで石積みが見られます

西浜の街並み、静かで気持ち良い旧道

西浜の右T字路、左から前述の住吉神社で分岐した 西近江路の旧道 がここで合流します

右側にはかつての石積みの残る景観


海津・西浜・知内の水辺景観(国指定・重要文化的景観のまち)
全国で五番目の重要文化的景観に選定された「高島市海津・西浜・知内の水辺景観」は、文化的景観とは、自然と人の暮らしが作り上げてきた文化的な風景のことで、
この地域では、琵琶湖や河川、内湖の周辺で続けられる昔ながらの生活習慣、湖岸の石積みや共同井戸、知内川周辺で続けられている伝統的漁法などの多様な水文化が評価され選定されました。
西浜は漁村として発展し、周辺の浜辺では江戸時代以降、琵琶湖の伝統的な漁法である地引網魚等が盛んにおこなわれました。また、近代以降は収穫された魚類を加工する作業場や工場が立ち並ぶようにもなり、高木浜は、現在キャンプ場、水泳場として整備もされ、白い砂浜と松並木が続く風光明媚な場所としてしられていろ。(案内文より)


さらに西浜の街並みが続きます

かなり日も落ちてきていい時間になりました。16時10分

本日はここで終了します。マキノ駅まで戻り帰宅します


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