2015年5月31日
大原バス停~朽木栃生バス停
1日目は大原口バス停で終了したので、そこまでバスで乗り継ぎスタート。
三千院方向から歩いてきて367号線に合流した交差点を右に折れて、すぐに分岐するところで、367号線は右に進むが、左の高野川に架かる橋を渡り、右の高野川に沿って北へ100m余り進むと左から寂光院からの道と合流する。
少し遠回りになるが、私は寂光院からの旧道へ出ます、367号線の交差点を前回歩いた細い道を西に150m程進み、高野川を渡ります。T字路に出ます、前回は左に折れて寂光院へ行ったが、右に折れます。若狭街道でないが旧道です。
右に折れて進みます、大原来迎院町の集落です

右は大原中学校

T字路より200mほど進むと、先ほど説明した道(若狭街道)に合流します

合流する右角に 道標 「右 寂光院 左 魚山 京道」

左に折れて若狭街道を進みます

高野川に沿って北に進みます

石折バス停 鯖街道の表示、若狭湾58㎞



大原古知平町地区 一気に山深くなってきた感じですが、気持ちがいいです。高野川が90度近く右にカーブしてその先でまた左にカーブしています
そこから250m程進んだ先、少し分かりづらいが、街道沿い左にミラーのあるところを左へ20m程入ると

古知平神社


ミラーのすぐ近く左に 石仏 が祀られている

古知谷バス停を通り集落内で右の高野川に合流する支流の小さな川橋を渡ります

橋を渡り70m程先(大原の里より2㎞ほど)左に、一風変わった中国風の山門が見えてきます。
浄土宗光明山法国院阿弥陀寺 で一般的には古知谷阿弥陀寺といわれている

山門から本堂まで約600m、かなり時間を要しますが(寄って)みます。秋の紅葉時、楓が真っ赤に全山を彩る情景は素晴らしいと受付の女性が言っておられた


山門を潜り参道を進んでいくと、まだ時間が早く鉄城門の扉が閉まっていて入れない。でも時間的にまもなく開かれるが待てないので、横の谷川沿いを上り何とか中に入れた、すぐ先からお坊さんが扉を開きに来て、気恥ずかしい思いをしました。叱られるかろ思いましたが反対に開くのが少し遅くなり済みませんと反対に言っていただいて気持ちがよかった。

左右に迫る山の間の長い参道を進んでいきます、朝一番なので誰一人会うことなく最高の気分。


やっと 本堂 です、慶長十四年(1609)、弾誓(たんぜい)上人により創建。如法念佛の道場御本尊は、上人自作の自像植髪の尊像で、今でも両耳の近くに少し残っている。鎌倉時代の阿弥陀如来坐像(重文)



石廟
この巌窟は上人が入定される1年前に掘ったもので、上人は石棺の真下に掘っている二重の石龕(せきがん)に生きながら入られ「ミイラ佛」になられた。明治十五年にこの石棺が収められるときにミイラ佛も下より出されて現在この石棺に収められているとのことです。すごいことですね

参道の本堂近くにある天然記念物のカエデの古木(樹齢八百年)を中心に三百本程のカエデが江戸時代の昔からここ古知谷を彩っている。特に秋の紅葉時には素晴らしいとのことです。とくにこの老木のカエデの幹に多数の支根が絡みつく特異な形状が古木を感じさせる。


山門を内から見たところ

時間を要したがもっとゆっくり見て回ることができたら、秋の紅葉時に一度は来てみたい。
読者の方も一見です。一般の見学は大体寂光院や三千院で終わりだと思いますが、少し足を延ばし是非お奨めです。
特に紅葉の時もう一度訪ねてみたいと思っています。
街道を進むと大原小出石町地区に入る右から367号線が高野川に架かる新伊香立橋を渡って合流してきます

暫く歩道のある367号線を進みます

橋の所の合流点から200m程先左に 大黒本宗大黒山北寺 という立派なお寺が建っています

その前に新田バス停、でも1日数本、冬場は走っていないので時刻表に十分注意が必要です。お寺の先で高野川に合流する支流の小さな川橋を渡る


寺より250m程先に信号交差点があります。ここの交差点で分岐しているので、左の旧道に入ります。
高野川もすぐ信号の先で右からカーブしてきて、367号線も旧道も横切っています

交差点で左の旧道に入る左に 地蔵 すぐ先で高野川に架かる高橋を渡ります

高橋から150m程先で馬橋を渡ります。橋の左(西側)で高野川が分流しています。東側の川を渡ることになります

さらに150m程先で477号線の車道の交差点を横断します。角に小出石町バス停があり、横断して集落を進みます

交差点を渡った左角に 三体の地蔵 文政十二年(1829)と一体に刻む

小出石町の集落を進みます

集落内の右奥に 大原山正信寺

北橋を渡ります

静かな山里の風景

すこし進んでいくと左に 祠

祠のすぐ先で367号線に交差します、横断して旧道を進む

緩やかに左にカーブしています 途中右森の中に八幡宮があります

八幡神社
この辺りの集落である小出石町の鎮守の森と社です。地元の人たちは「はちまんさん」と呼んで親しまれています

名木に指定されている大木「あすなろ」が聳えています 樹齢約500年


八幡神社を右に見て367号線に合流して右に進みます

その先は、367号線の緩やかな上り坂を坦々と歩きますが、車が多いので注意が必要です

坂を上る途中で、367号線に平行した側道を進みます

だんだん367号線と段差ができます、367号線は切り下げられた道路です

右の山側の道を歩きました、左の道は深い切通氏道です、まもなく 途中峠越へ です
峠の頂上で京都市から大津市に入ります

左側の 途中峠

峠より200m程下ったところで、365号線に出ます。大津市側から上ってきたら自然に右の側道に入りますので安心、左は廃道化している

大津市側から上ってきたところです、右のガードに沿って上る。緩やかに上ってきたからあまり峠(標高374m)越えという感じがしません

365号線に出たところで、すぐ左に分岐している旧道を下る、右に小川が沿います。365号線は川の右(東)側を平行して下っている。そして365号線は少し先で有料の途中トンネルに入ります。峠は切通で、下ってからトンネルに入るようです

川が右から左に変わります

右の斜面の 庚申と板碑 この先で小川が右に移ります

下っていくと大津市伊香立途中町の集落に入ります

左に 祠が二基


峠を振り返ったところ

旧道は分岐しますが、左の道を進みます、右に川が沿います

分岐する右に 祠 そのすぐ先左に蓮華会館がある先で小さな川を渡ります

左石垣の上に 灯籠

すぐ先で正面の川に出ます、右に折れていくと西近江路へつながります。街道は左に折れます

辻を少し右に折れたところから、振り返りこの先の若狭街道の道筋

辻を左に折れたすぐ左手にたくさん書かれた案内図があります



街道右の高台に 臥雲寺 寺の東側を367号線が走る

山里の落ち着いた途中集落を進む、右に暫く和邇川が沿う

途中の集落を振り返る


集落内の左山裾に 地蔵

さらに50m程先に 地蔵

途中集落を抜けて進と、右からの367号線が和邇川に架かる和邇川橋を渡り合流する

その先は367号線を緩やかに坂を上り進む、山道なので当然歩道がないので注意しながら歩きます

367号線は右におおきくUカーブして和邇川に架かる橋を渡り南に200m程先で、さらにまたUカーブして北に坂を上っていくが、旧道は少し道は荒れているが、川の手前右にカーブしないで真っ直ぐ、右のガードレールに沿って進む。
100m程進んだところで、和邇川に架かる橋を渡り、川の東(右)側に出ます


蛇行して上った367号線は、右の斜面の上を通っていますが、旧道はその斜面の下を進みます、旧道跡は残っています

旧道はこの先で失われています、左は和邇川の谷で、かつてはこのまま進みこの先で右に斜面の上る道がついていたのだろう。仕方がないので、結構右の急斜面を駆け上り上の367号に出ました

上の367号線より、斜面下の川沿いの谷を見る結構きつい斜面がわかる。でも驚く、よく歩いてきたのだ、反対の街道歩きであれば今来た旧道へ出るのはできないだろうと思う

斜面をよじ登った少し先左に、旧道跡と思われるが金網の柵をしていて入れないが

柵に訳の分からない看板が掲げられている。後でわかったが喫茶観月の看板であった

柵の向こう側に左に下る道がついていて、下に先ほど藪になっていて消失していた旧道があったようです
わからなので確認だけです

367号線坂を上っていきます、すぐ先で前述と同じように、右に大きくUターンカーブを描き、250m程南に坂を上りながら戻り、再び左にUターンして北に進む367号線になります

左にUターンするところから、歩いてきた南方向の景色。かなり高く迄上ってきています。冬はバスが走らないのがよくわかります。でも大原からでは車ならそれほど時間のかからないところだが

北に進む道になり景色が変わりました、少し緩やかな上りです

北へUターンして真っ直ぐの道を300m程上ったところ、367号線が右にカーブしていく右手に旧道の入り口があります

ここで想像するのですが、この右の旧道の入り口の所あたりに、前述の斜面の下からの道が廃道化しの、延長線で右斜めに進んできて、この左下100m程の和邇川に沿った旧道から一気に登ってきて、この右の旧道入り口に繋いでいたと、私は確信した。
旧道は右鋭角に戻るような坂を上ります。上り口の道は少し石畳が敷かれ旧道の雰囲気があります
ここがかつての難所、花折れ峠の入り口で、今は近畿自然歩道のコースになっています。

右斜め鋭角に坂を上り、数十mでV字に左にカーブします

その先100m程行くと、大変、崖崩れで通行止めになっている、戻って367号線を進まなければいけないのか、でも折角の花折れ峠越が歩いてみたい。気を付けながら先に行ってみることとした

この先の一部分の区間だけのようで、先に旧道が見えている。全面的に道は崩れている。右の際を注意しながら少しの先を向こう側へ。重機が入っています

区間を通り越えたところで振り返る、戻らなくてよかった

暫く一人だけの新緑の峠への道を上ります

かなり雨が降ったのか、旧道の横の谷はかなり荒れています

旧道は思っていた以上に舗装もされいい道です。これなら熊も大丈夫だろうが念のため、鈴を鳴らしホイッスルを吹きながら歩きます


左手の367号線の花折れトンネルができるまでの主要道路であったのだろう。今では通る人も少ないのだろう
でも貴重な旧道なので整備がなされている



花折れ峠(標高591m) につきました

花折峠の由来
若狭街道の伊香立途中町と葛川坂下町の間の峠。昔、葛川の明王院への参詣者は、この峠付近で仏供の花、樒を手折って参るのでこの名がついたといわれる。
現在も、7月16日から20日に催される蓮華会では葛川参詣する行者が峠の手前で樒を摘む慣習が残っている
(説明文より)峠に腰掛け石が置かれている

蛇行を繰り返し坂を上って分岐点より20分程で峠につきました

峠よりくだりになります

暫く気持ち良い静かな下りの旧道を歩きます



かなり下ったところで、一人の登山者の方が右の山道から下りてきました。暫く雑談をしながら休憩を取った。右の山道を上ると蓬莱山だそうで、いつも一人歩きのベテランの方です


いつも一人歩きでめったに自分の写真はありませんが撮っていただきました


そこから下ること400m程で左からの367号線と合流します

367号線に合流して横断し、斜め右に上る坂道を上る

旧道を入り50m程先右に 灯籠と石仏


すぐに小さな川を渡り坂下町平の集落に入ります

小川を渡った左に 山神神社


平の集落の西側には安曇川が流れています

左に仲正橋が架かっています。琵琶湖に流れています

右の仲平会館を見て右からの367号線に合流

すぐ左に平バス停バス停左安曇川沿いに道があるようだが旧道かどうか分からないので行かないで367号線を進む

367号線に沿った平の集落

集落を抜ける辺りで、左の安曇川に合流する支流の橋を渡ります

その先150m程で、今度は安曇川が左から右に蛇行して、右でまたU字に左に曲がってきている。安曇川に架かる平橋を渡ります

橋から西側、安曇川方向の景色、かつての街道は多分、安曇川の川沿いを進んできて、平橋の辺りに出ていたと想像します。今は完全に廃道です

平橋を渡ると、道は分岐しています、といっても左に入る旧道は金網の柵で通行止めになっていますが、柵の向こうを見ると歩けそうなので、柵の下を何とか潜ることができました。何故通行止めかわからないし、先の道はいいようだし、また看板を無視してしまった

右の安曇川に沿って綺麗な杉林の中の旧道を進みます


右に大カーブし、その先で367号線の高架を潜ります、367号線は左の坂下トンネルに入ります

旧道はトンネルの東側の川沿いを巻いている

左急峻なやま、右は安曇川、その対岸も急峻な山の谷間の旧道ですが、車も通らないし快適な旧道で疲れも出ません、空気が非常に綺麗です

左の坂下トンネルを抜けてきた367号線の高架を潜り、安曇川に流れる支流を渡ります



左石垣の上に小さな お地蔵さん


旧道は道幅が広くなり、安曇川に流れる足尾谷川に架かる足尾谷橋を渡ります

橋より右を見る

橋より左、足尾谷川を見る

安曇川に沿って進みます

安曇川に合流する支流の橋を渡ります。右の安曇川もその川が合流したところで分流して島をつくり、その島を367号線は二つの橋で南北に通っています、旧道は川の北側を367号線の高架を潜り横断します、367号線は右のトンネルを抜けてきて、またすぐ左にトンネルを入ります、その間150m程です

葛川坂下町です


367号線を潜りその先で振りかえったところ

街道は右の安曇川に沿って大きくカーブしながら葛川坂下町に入っていきます

左に大木が見えてきます 思子大明神



坂下バス停、でも朝から一度もバス見ていない


暫く進んだ先で、367号線が左から坂下トンネルを抜け手r北高架下を、街道は進みます

右に367号線を平行して200m程進み合流します



やがて安曇川に流れる支流の小さな川に架かる樋ノ谷橋を渡ります葛川木戸口町に入ります

道は橋のすぐ先で分岐します、367号線は右を進み安曇川に架かる伊勢橋を渡っていきます

旧道は左に入ります

また先ほどと同じように通行止めの柵がされていますが、越えて進みます、車はダメだが歩きは大丈夫、でも普通は歩く人もいないようです

先で重機が入っているようで、道路や河川を改修中です


出るところに左の谷からの小さな支流を渡る橋が架かっています、そこに柵をしています何とか超えました

左の山側の谷を見ると、砂防ダムがあります。この谷を ゴリコリ谷 と呼ぶようです


かなり大掛かりな砂防ダムです

その先すぐ左に 地蔵院

地蔵院の先で左にカーブします、右手に安曇川を渡る橋が架かっています、地元の人たちの利用橋だろう

葛川中村町の集落に入ります

集落内の左山裾に 神明神社


集落に結構民家があります、蔵付きの大きな屋敷も建っています

集落の抜けたところで、道が分岐していて、右に曲がるとすぐ367号線と合流しますが、旧道は左の道、真っ直ぐです。でも通行止めの柵がされています

何故かわからないが、旧道を進みます

安曇川の右対岸を367号線が通っています葛川中村町を進みます

暫く進むと街道左山裾に 二宮山神神社


旧道沿いに、市立葛川保育園と葛川中学校が建っています。

学校の前で川沿いの真っ直ぐの道と、右に折れて安曇川に架かる中村橋を渡る道に分岐します。
街道は橋を渡ります。丁度ここで時間は15時49分です。

中村橋から左、上流の景色、橋のすぐ上流で安曇川が東と北に分かれています

橋より右(下流)の景色で、安曇川の西側に葛川中村の集落が建ち並んでいます。中学校も見える

中村橋を渡り367号線の信号交差点を左に、367号線を歩く右に中村自治会館を通り過ぎ、山からの谷川の橋を渡り進む

右に 雲光山常明院

すぐ先で右に少し迂回する旧道が150m程残っているので右を進む

途中左によのみの木えのき(この地方では「よのみの木」と呼ばれる)は中村橋の近くにあった大木をここに移植した、樹齢300年以上の木

すぐ先367号線に合流する右に 祠

またすぐ先右に大きな石を背にした 地蔵

真っ直ぐな街道が続きます

右に 宝筐院塔と庚申塔 文政六年(1823)刻む


葛川坊村町に入ります右に葛川郵便局の前を進み、左川の対岸には、葛川少年自然の家や朽木葛川県立自然公園が見えます

郵便局前から100m余り進むと、道は分岐し右の坊村集落の旧道に入ります

集落を130m程進むと十字路に出ます十字路を右斜めに曲がり、100m程先の突当りを左に折れます。右角に坊村自治会館があります

左に折れる正面を見ると60m程先、山裾に鳥居が見えます角に 祠と常夜灯 この祠の辻を左に折れますが(寄り道)

真っ直ぐ少し入り 地主神社 へ

地主神社本殿(重文)、
神社は明王院の鎮守で貞観元年(859)創立と伝わる。現在の本殿は、文亀二年(1502)に建てられた県内で唯一の三間社春日造の本殿として貴重な財産。同じ時期に建てられた、地主神社幣殿(重文)も貴重な建物

街道に戻り左に折れてすぐに、明王滝川があります、その手前に 道標 「左 明王院 右 明王谷林道」 すぐ先で、明王滝川に架かる三宝橋を渡ります

道標の傍にある登山表示板明王滝川の谷川沿いに登り、比良山系へ何人か登山者が下りてきました

三の滝 不動明王出現の聖地への道

明王滝川に架かる赤い三宝橋

三宝橋から右の上流への明王谷

橋を渡るとすぐ右に石段 明王院
貞観元年(859)に相応和尚が開いた道場。本尊は千手観音像、脇侍の毘沙門天像

立派なお寺です

奇祭りの太鼓まわしが有名

明王院の門前の旧道を抜けていくと突当り左に下りる石段を下ったところまた右へ

その右角に 灯籠二基と祠

右に折れた先で左からの367号線と合流します

合流した角に 道標 刻まれた字が消耗 「是より明王道 かけぬけ一丁半」
合流点を振り返る、向かって左から下りてきた

左、安曇川対岸に葛川森林キャンプ場、その北には、山里の風景素晴らしい

葛川町居町 広くなっている場所で道が分岐して、旧道は右に入ります

右の旧道を進みます

途中右手が土砂崩れがあったようです


車が走らないので気持ちよく歩ける

暫く歩くと367号線に合流します

100m程進むと、谷川に架かる引ノ尻谷橋を渡ります

すぐ先でも権兵衛谷川に架かる権兵衛橋を渡ります。静かでいいが単純な道です

続いて、東山谷に架かる東山谷橋を渡る

暫く367号線を進むと安曇川に架かる前川橋が左に架かる道があります。街道は真っ直ぐ進みますが、橋を渡ると川が左に分流している

橋を渡って左に進む道


街道右に 若原家屋敷跡の碑 が建つ何か由緒があるのか説明がないのでわからない


葛川梅ノ木バス停のすぐ先で三舞谷橋を渡ります

橋から右の谷川の上流、このように比良山系からの谷川となって安曇川に合流している谷川を旧道は越えているが、今ではなんていうことはないが、昔は難儀をしたことだろう

橋より130m程進むと、右へ坂を上る旧道があり、ここを入りました

結構きつい坂を上ったところから振り返ったところ

上りきると集落があります、梅ノ木町の集落だろうか、右に

祠 が続けてあります


石垣に沿った細い道を進み、その先で谷川に架かっている歩道橋を渡ります。かつてはこの少し下で旧道は谷川を越えていたようですが、今は道が無くなっています

歩道橋で渡ります

歩道橋から左下には擁壁で堰がつくられています

下の367号線から見たところの谷川の堰

歩道橋から蛇行しながら左斜めに下っていきます

367号線に合流して右へ

すぐ右に権三郎谷川がありますかなりの急斜面で、その上には民家が建っています


下梅ノ木バス停より200m程先で、貫井谷川に架かる貫井谷橋を渡る

すぐ右の上に 長久禅寺 が見える

上貫井バス停を過ぎて葛川貫井町に入る暫く進むと貫井集落内の左、安曇川を背にして貫井集落の鎮守社、二之宮神社がある

二宮神社


葛川細川町に入ります

細川の集落入り口にある谷川に架かる細川橋を渡ると細川バス停があります

橋に沿った川を右に少し上ると、名水・かっぱ村の看板と灯籠 があります。更に川沿いの上っていくと

鯖街道湧泉水汲地の木の標柱 がたっています


川を挟んだ向かい側には 龍松寺 があります。この辺りのお寺は民家風の建物が多い

橋から100m余り先で、右に入る旧道があるので入ります

旧道を進んでいくと水車小屋があります

左に 祠 意味が解りませんが傍に 碑 が建っています


少し先で左からの367号線に合流して右に折れ、70m程先で谷川の橋を渡ります
大津市から高島市朽木に入ります

朽木栃生地区に入ります。橋から400m余り進んだところで、右への旧道を入ります

旧道を入り100m程先から振り返ったところ

旧道は200m程でまた左の367号線に合流します

合流した先、暫く進むと右に 祠

その先右に、釣瓶岳(つるべだけ標高1098m)の案内比良山系は南から、蓬莱山(1174m)、比良山(1051m)、武奈嶽(1214m)、釈迦岳(1061m)、釣瓶岳(1098m)と1000m級の山が続いていた

表示の所、右に少し迂回する旧道があるので入ります、100m程の旧道です
釣瓶岳の登山口入り口の案内表示の傍に、地蔵峠からコメカイ道の 道標 がたつ

すぐに367号線に合流して300m程進んだ先に朽木栃生バス停があります


本日は京都大原へのバス時間の関係でここまでとします。16時40分25㎞ほどでまだ歩けるがこの時間をのがすとバスが無くなる。細川からJR安曇川駅へは一日7本程出ています。
大原バス停 8時20分 スタート
朽木栃生バス停 16時40分
42.557歩 25.53㎞ 1889kl


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