伊賀街道 【3日目】

2017年10月1日

伊賀上野~服部川に沿い~長野峠手前の汁付
自宅4時15分車で伊賀上野市駅近くに車を預ける。
      上野市駅前  6時50分 スタート
      汁付     15時20分 着  
          47.001歩  28.02㎞

帰りのバスが、13時・15時・17時しかないので、15時のバスで上野市駅行きへ乗車。車で3時間余りかけて帰宅。

上野市駅前です。朝から快晴で秋の街道を堪能します。

伊賀上野城の遠望。時間的に見学できないが、以前2回行っているので今回訪問しません

2回目で見学した、菅原神社(上野天神宮)

境内に立つ巨木

前回はこの先の踏切で終了

伊賀線の踏切、ここを起点に3日目を出発

踏切りを越えるすぐ先の十字路、左角に 道標

 道標のたつ北への 大和街道(伊賀街道加太越) の街並み

少し進むと右手に上野農人町郵便局があります。郵便局の前を左に少し入り(寄り道)します

左手に 真言宗豊山派愛染院 本尊は愛染明王

門前に 史跡 芭蕉翁故郷塚碑  
松尾芭蕉翁の生家、松尾氏の菩提所

元禄七年十月十二日大阪の地で没したが、遺骸は遺言により膳所の木曽義仲の墓所のある義仲寺に葬られたが、伊賀の門人が遺髪をこの地に収めて墳を築いて故郷塚と唱えた

境内の 柴門内に 芭蕉翁故郷塚

街道に戻る角に 清酒瓢竹菅野酒造場

右手、車坂集儀所前に 延命地蔵尊

右に 子安地蔵尊

子安地蔵尊の傍に 太神宮常夜灯 寛政十一年(1769)の銘

常夜灯のすぐで矢谷川を渡ります。かつては川を渡ったところで旧道は、右斜めに左の道路に沿っていたが、今は消失

矢谷川を渡って220m程進み、右のおかむら歯科の手前で、左からの国道163号線に合流します。おかむら歯科辺りに、消失した旧道が右に出てきていた

国道に出て分岐で斜めに横断している道を進む。右にGSがあります

旧道に入り進む

右手に 山の神の祠 西明寺地区に入ります

街道らしい雰囲気が残る西明寺地区の集落を進みます

 右手に 村道改修記念碑

左JAがある十字路に出ます、右手に中瀬小学校

やがて25号線の高架道路を潜ります

左に服部川が接近して堤防道を進む

高架を潜り300m程進んだ辺りから、かつては左の対岸に渡っていた 渡り瀬。ここで街道は、二つのルートがあり、対岸に渡り163号線に沿った街道か。
このまま服部川の南側の街道を進むかです。私は後者を進む
前者のルート 渡り瀬戸

対岸の街道を進むには、少し先の服部川に架かる寺田橋に迂回します。橋の近くから振り返ったかつての渡り瀬

西からきて寺田橋の南詰に出て右に折れます。50m程で荒木信号交差点に出ます

右に折れたすぐの歩道橋の近くに 大釜地蔵堂 

同じ敷地内に 荒木又右衛門誕生記念碑と大神常夜灯碑文 は、伯爵藤堂高紹の書

信号交差点を右に折れるとすぐに分岐しているので、左側の南へ進む旧道。分岐地点から振り返る、前方は服部川に架かる寺田橋

南への街道を100m程進むと、右に東海ツーリスト伊賀店の前で、左(東)に折れます。荒木地区に入る

暫く真っ直ぐの東への道

 右に荒木集落内の小川

集落内の右手すこし高台に入ったところに 真言宗豊山派無比山正覚院上荒木地福寺 

境内のお堂 大釜地蔵

街道に戻り荒木集落の家並み

集落に入って左(北)の竹藪が
荒木又右衛門出生伝承地

右手に 稲荷神社

稲荷神社の先すぐ右に 灯籠が二基

須智荒木神社への参道入り口の灯篭

 松尾芭蕉の句碑  畠うつ音やあらしのさくら麻

参道を入ると鳥居の傍に巨大な 燈籠

須智荒木神社 白髪さんといわれ親しまれている

左の服部川の手前の小川に沿って進んでいきます。川の対岸は国道163号線

街道右に石垣が続く、この辺り右 荒木石の石きり場 この先で道が悪くなり通行不可能の看板でも行ってみます

右に 三体地藏

三体地藏の前を振り返る

右の服部川沿いの旧道

快適な旧道です

右に 本尊と六地蔵

小石仏一基と小石仏三基 室町時代末期のもの

右に 六地蔵 

 右に往時の石垣が残っています素晴らしいですね

左、服部川の崖となっています、左下が 山伏渕
かつては、底なし渕として旅人に恐れられtが、その後、石の捨て場となってその面影はない

道はかなり厳しく滑らないように細心の注意が必要
山伏渕の先で、川と共に山型に右にカーブします

カーブの先に、弥勒坐像・八幡宮と刻まれた岩・太神宮岩・肉薄彫釈迦立像・持錫地蔵立像・普賢菩薩・地蔵立像・文殊立像・目明かし地蔵 が続きます

右斜面に 釈迦如来立像

文殊菩薩案内

普賢菩薩案内

茂みでなかなか見つけられない
左側が崖で、金網の柵が獣除けに取り付けられています

やがて金網の扉を開けて出ます、整備しなければ何時の日か、街道となるだろう

 門扉を振り返る

抜けることが出来ました、真泥集落に入ります

 最初の民家

すぐ先で道なりに左に折れて、服部川に流れる支流の川に架かる橋を渡ります

橋を渡り右に折れて川沿いに少し進むます

80m程進んだ先で、川と分かれ左に折れる。東への田園の中の真っ直ぐの道

少し歩いた先から川沿いの旧道を振り返る

川を左に折れて700m程先で十字路を横断します。左に折れて進むと、服部川に架かる真泥橋に出て、もう一つの道国道163号線に出ます

 十字路から街道を振り返る

右手に 曹洞宗十念寺 が遠望できます

十字路より250m程進むと、更に十字路があり横断します

十字路から正面に森が見える 水神 が祀られています

水上の森で、道なりに左からの道と合流して,服部川の堤防下を進みます

服部川に架かる真泥大橋に進みます

右斜め前方に見える集落

左の真泥大橋を渡ります

橋から左の服部川

橋から右の服部川で、化石を含んだ地層はるか古代

真泥大橋北詰信号交差点で左からのもう一つの街道国道163号線が合流して右に折れます

 すぐ先左のコンビニの前で、国道を右に分け、左の旧道を進む

分岐したすぐ右に 説明碑

畑村の集落を進む

集落の大木大木の前から畑村の集落を振り返る

すぐ先で163号線が右から合流します

合流した辻から振り返ったところ

163号線を200m程進むと、国道の右にGSがある前で分岐しています。国道を右に分け左の旧道に入る。
平田宿 になる

宿の道路結構広く静かな通りです、右に旧家の建物

左に 笠取中学校跡地碑

碑の北側には、市立大山田西保育園・大山田小学校があります

右手の服部川に流れる支流の小川に架かる橋を渡る

橋から左手を見ると、立派な保育園・小学校が建っています

川を渡った先左に 八王子社跡 祇園祭の時お旅所になる

東隣に、西町だんじり小屋、瓦の模様が特徴的  

少し進むと左手に 曹洞宗明昌寺

東側には 浄土真宗本願寺派正明寺

 街道右手には、素晴らしい時代を感じる旧家が並ぶ 元旅館 梅屋博物館

商家の重みを感じる看板を掲げる 中川酒店

鉤の手、札に辻 に出ました.右の道です

津島神社 札ノ辻の正面にある小さな神社

札の辻から見た、素晴らしい宿場の街並みを振り返る

 札ノ辻の先の街並み

古い屋号の家並みが続きます

右手に創業明治三十九年の 菓子屋津波屋 祇園祭の時期にはせえくろ餅を作る

連子格子の家

そのすぐ先で右斜めに折れます。右斜めに折れる正面に 東町だんじり小屋

右に折れる辻から振り返ったところすぐまた左に折れて平田宿を抜けます

左に 植木神社 左に宿の案内

 【平田宿】
藤堂高虎が伊勢・伊賀二国の大名になり、津城と伊賀上野城を結ぶ重要な官道として整備されたのが伊賀街道で、この街道の伊賀国側に平松宿があり、今一つが平田宿です。
上野へ二里、平松宿へ二里二十二丁
宿場には藩主らの休憩所となる公亭(御茶屋)が設けられた。また宿場の中央で鉤の手の札ノ辻があり、この辺りは、問屋場という馬継ぎ場所で、高札場や道路元標もあったと伝わる。寛永年間(1746~51)の頃の集落の規模は、戸数176軒・人口729人・馬八頭・牛25頭と記載されている。現在も連子格子の家や古い屋号を受継ぐ家が残されている。

植木神社の鳥居と参道

植木神社祇園祭
文永年間、植木牛頭天王と称し祭礼は盛大に執り行われ、中でも六月七日から十四日まで行われていた、現在は七月に二日間盛大に祭りが行われている

宿の東の入口右、右にれたところを振り返える

すぐ先左に折れます

左に折れて100m程進みます。右に榎の大木があります

大木の袂にある 水神社の祠水神碑 があり、嘉永五年(1852)の銘

163号線が右から合流する。平田信号交差点に出ます。
大木の前から植木神社への旧道を振り返る。左の道を来たが、右側の畦道が旧道だろう

榎の大木の方向を振り返る

合流した少し先に平田信号交差点があり、右に折れます

右に折れると服部川に架かる大山田橋を渡る。かつては橋の手前大木の辺りからを左斜めに渡っていました

橋から右(西)の服部川

大山田橋を渡り振り返る

橋を渡り,一つ目の十字路を左に折れます二階建民家の手前

左に折れると雑草の畦道ですが、この道はかつての旧道でありません、迂回している道です

畦道を180m程進むとつきあたりで、左角の一角に木が立っています

木の袂に 石仏二基 が祀られています

木のところから西北を見ます、大山田橋から大木の横の旧道、かつての旧道は田の中を通ってここに出てきていたようです

突当りを右に折れて田園の中の道を南へ140m程進む

その先で左に折れます

左に折れて180m程先右に 曹洞宗萬像寺

お寺の街道を挟んだ向かい近くにある 

 少し進んでいくと右に 常夜灯

さらに進むと服部川に架かる出後橋(いつご)に出ます。正面には中世土豪の 城館跡 が川向かいの山

出後橋の手前左手に、墓石のないさんまい 雑草で荒れています

出後橋の手前右手の堤沿いは、桜並木

出後橋の左(北)側すぐに 中村の沈み橋跡

橋を右に折れて200m程進むと163号線を右に分け、左の旧道に入ります。

中村の集落を進みます、左に蔵付きの立派な屋敷があります

左に、木の館豊寿庵 があります

すぐ先で、右からの163号線に合流して、暫く163号線を進みます

右に服部川、左は山の斜面の163号線です

合流点から900m程進むと、右に高橋があります

 高橋の左高台には 曹洞宗河北山威徳寺 

更に140m程川北地区を進みます

左に大きな旧家

右の広界橋の北詰に出ます。ここで服部川を渡り、広瀬地区に【寄り道】をします 
橋から歩いてきた右(西)方向の河北集落を見る

橋を渡り200m程坂を上り、分岐を右の広瀬の集落に入っていきます

暫く上ると右手に欅の大木の囲まれた石段があります 応徳寺の山門 が見えます

曹洞宗月峰山廣徳禅寺 本尊は南無釈迦牟尼仏

 山門から見た 大木のケヤキ

広界橋の北詰、国道の川上信号交差点に戻り右に折れ国道を進みます
歩道もないので注意

暫く国道を歩いていくと左に、大栄工業三谷工場があります。振り返ったところ

服部川が少し右に迂回するため離れます。国道は先で左に大きくカーブします、カーブして200m程先で、再び右にカーブします。右から服部川が接近してきます
右にカーブしたところから、右の歩いてきた国道を振り返る

右にカーブして少し進んでいくと、道路改修工事の現場に出ます

国道は真っ直ぐ進みますが、旧道は川沿いに右に大きく山形に迂回します

旧道はU字型に左に大きくカーブしながら、すでに旧国道として役目の終わった街道を進む

左からの国道163号線が合流する手前で大変なことが起こりました。金網で左右の道を完全にふさいでいます。おまけに右はガードレールの川沿いの斜面に乗り出し金網を越えるしかなく、案の定越えたところで疲れている足を引っかけ思い切り転げました

金網を越えてこの先の道を見る

 国道に出るところです

すぐ国道を左に分けて、川沿いの右の旧道に進みます

右には、洪水の時にはすぐに浸かるような沈下橋が見えます

その先すぐまた左からの国道が合流します

その先右に、服部川に架かる瀬古口橋があります

瀬古口橋前からのこの先の街道163号線

 すぐ左に 正覚寺

さらに進むと下阿波バス停の右に寺坂橋、すぐ先左に参道を入ると 臨済宗東福寺派護法山神幢寺  

 参道から300m程進むと道は分岐、右の旧道に入ります

旧道右手に 道標と祠と石碑

郷社延喜式阿波神社 と刻む、阿波神社は南に500m程のところにある

道標 「右 なら道」

 

前の街道から振り返る

右の服部川に沿い下阿波地区を進みます

右に槙野橋

右の槙野橋を(少し寄り道)渡るとすぐに 山の神が三基

浄土宗長泉寺

服部川の槙野橋に戻るこの周辺は、特別天然記念物オオサンショウウオの生息する川で、この付近での遊泳等は禁止の標示

街道から槙野橋を見る

槙野橋から200m程進むと道路に突当り右に折れます

すぐ先で服部川に架かる大橋を渡ります

大橋を渡り堤防道を数十m右による自然石の道標と芭蕉句碑かつての大橋茶屋跡 「右 京なら大坂道」正面「南無阿弥陀仏」
      からかさに 押しわけみたる 柳かな

 橋に戻り、橋の袂から車道と分岐して左の旧道に入ります

その先右、石垣の上に小さな 

川沿いを進むと右に 須原のお地蔵さん

この辺りの左かつての服部川の対岸への 平岩の渡り瀬跡

その先十字路があり、左手に富永橋がある

 富永橋から見た川沿いの富永集落

400m程進んで右にカーブして国道163号線に合流します

合流して左に折れます。すぐ左の服部川に流れ込む支流に架かる出走橋を渡ります。 橋を渡りすぐ右に折れる旧道に入ります

右に折れた右に案内板が立っていますその先左にカーブすると左手北に

服部川に架かる大佛橋があります。橋を渡り北に【寄り道】をします

大佛橋を渡ると右に、後鳥羽法皇勅願伊賀成田山新大仏寺の看板がかかる 
真言宗智山派五宝山真大仏寺
北の龍王岳の麓に、東大寺中興の祖、俊乗坊重源上人が建仁2年(1202)は開き伊賀別所と呼ばれた名刹新大仏殿が建つ。

明王殿

大仏殿 本尊は盧遮那仏鎌倉時代重源上人の創建、建仁二年(1202)

宝蔵

上人堂

 大師堂

 丈六塚 貞享5年(1688)松尾芭蕉が、荒れ果てた境内を訪れ句を詠んでいる

参道沿いにある 大山田郷土資料館

街道に戻り進みます、分岐を左の道

さらに180m程先163号線が左から合流してきます

国道沿い左に阿波郵便局

 国道に合流して右へ

すぐ先で国道を右に分け、左の旧道に入る

旧道を左に入り少し下って小川を渡った左に 

道標 「右 大佛 いはやふどう明王 しねんじょうぼう みちかけぬけ本みち・・・」

坂を下ってきたところで振り返る

 ここから 平松宿 に入ります
藤堂藩の伊勢と伊賀を結ぶ重要幹線道路として、またお伊勢参りの旅人にとっても、伊賀八宿にの一つに数えられた上阿波宿(元町宿)は最も重要な宿場町であったが、元禄七年(1694)から(1696)と三年連続の大火災で上阿波宿の復興が危ぶまれ、元禄九年(1606)の10月、藤堂藩から宿場を平松村に移転を命ぜられ翌十年(1697)5月僅か7ヶ月で平松宿が形成された。
明治二十三年(1890)から明治三十二年(1899)にわたり関西鉄道(現JR関西線)が全線(名古屋から湊町)開通したことによって、旅人と商人の荷物の交流が止まり、伊勢と伊賀を結んだ伊賀八宿の最大の宿場町「平松宿」は衰退、その役目は終わった。

道標のところから、街並みは真っ直ぐ北に400m程延びている。現在も往時の宿場の面影が十分偲ぶことのできる街並み

素晴らしい街並み、右手に 常夜灯 が建っていますが消えています。振り返ったところです

宿に北側で右に折れます宿に北側で右に折れます

右(東)に折れた街並み

 宿の歩いてきた南の街並みを振り返る

右手の先に 天台真盛宗上野山阿波本願寺 立派な構えのお寺です

やがて右からの国道163号線に合流します

合流する正面に 天真大御神の祠

合流して150m程進むと、国道を一番右にして三つに分岐します。街道は真中の道です。
平松宿はこの辺りで終わります

真ん中の下る道が街道です。左の道路の橋は服部川に架かる平松橋

旧道の橋は戸石橋

戸石橋を渡り少し先で、右に折れるところの服部川の支流、島の川に架かる厨田橋を渡ります

厨田橋を渡った先の街道は田畑に整地されています

獣除けなのか完全に網により入れませんので元の国道の辻まで戻り、国道を進みます

前述の3差路に分岐していた、右の163号線を進む

国道左斜面の上に 

すぐ先で、服部川の支流に架かる筧橋を渡ります

国道より左、網で入れなかった服部川の対岸の遠望で、別府城跡(北) です。また国道右手の山には、安岡氏城 でともに、天正七年(1579)九月、織田信雄と伊賀土豪連合軍との激戦地跡です

国道の南側 安岡氏城址 方向を見る

国道から西の旧道方向で網柵で入れなかった先を見る

確認のため反対側から道が入れるので、筧橋まで進んでみました。筧橋の網側に出ました

筧橋から東の田畑の中の旧道か分かりませんが進みます。資料から見て多分もう少し左側を旧道は進んでいたようです

少し進んだところから、筧橋方向を振り返る

真っ直ぐの整地された道を進む

200m程進むと服部川に突き当るので左に折れます。左に折れた辺りで、消失した旧道はこの右上あたりに通っていたと思われる

左に折れて少し先で右に折れます

多分正面の電柱辺りに左からの旧道があったのでは右に折れて、すぐの服部川に架かる別府橋を渡ります。

別府橋の先で、右からの国道163号線に合流します

国道に合流した上阿波元町の集落

国道沿いであるが、雰囲気が残る

集落内右に 旧慈眼寺
境内には江戸品川の遍光寺寄進の 手水鉢 正徳四年(1713)銘があるこの観音堂は、馬谷山慈眼寺といい、永和三年(1322)に上阿波町佐印ヶ原(現在地)に真言宗の寺として創建された。本尊は十一面観音で弘法大師の作と伝わる。また、見落としたが、街道沿いから境内に移設された 道標 があったようです、慶応三年(1867)の銘。
またこの寺の鎮護の社として 愛宕社 が建てられた。境内の南の石段を上ると愛宕社がある。社前の 石燈籠 は慶長二十年(1615)のもので村内の最も古い。

慈眼寺前からさらに国道を900m程進みます。この集落付近で、長く沿ってきた服部川に高良城川・島の川・東谷川・西谷川・子延川がそれぞれ合流しています

900m程進んだところで、高良城川に架かる高良城橋に着きました

高良城橋から右手高良城川とその遠望の長野峠方向

 橋より少し進むと左奥に 弁天堂

さらに少し先右手に 常夜灯 五社八幡宮と彫られている

常夜灯の先で、地藏谷橋(現天王橋)で今日は終わりとして、弁天堂の前近くの汁付けバス停から帰路につきます。
バスの終点になります。
この先長野峠に入り、津市へ向かいますので、1日数本のバス便しかないので今日はここで終了して、汁付けバス停から、約1時間かけて上野市駅に戻ります

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