2024年11月18日
薩摩街道も完歩してほっとしたところで、午後の新幹線で帰宅します。
午前中城山周辺の史跡を回ります。
小松帯刀像

西郷隆盛像の向かい、鹿児島市中央公民館(国登録)と宝山ホール(県文化センター)があり、その前庭に建つ、城山に向かっている.
維新の十傑の一人と言われている。天保6年10月14日(1835)-明治3年7月20日(1870)病死35歳。薩摩藩の若き家老で維新に欠かせない人であった。西郷、大久保に勝るとも劣らない人財であった。小松帯刀が明治の重鎮になっていれば、西南の役が起こらず西郷の人生も変わっていたかもしれない程の惜しい人材であった。孫の小松帯刀は祖父小松帯刀の維新の功により、明治29年(1896)に華族の伯爵に列せられています。

医学院跡の碑



医学院跡から城山を見ると、正面に 照国神社の大鳥居 が見える島津28代の英明な藩主斉彬(照国)を祀る

美術館の前庭に 陸軍大将の正装の像西郷隆盛像


西郷南洲翁終焉百年の碑


西郷隆盛銅像の向かい


西郷隆盛 座右の銘 敬天愛人


鹿児島市立美術館 鹿児島城内


鹿児島県立図書館の前を進んでいく 鹿児島城内

本丸内に建つ 鹿児島毛県歴史資料センター黎明館の地図

鹿児島(鶴丸)城と石垣
77万石の島津氏が近世以後居城とした。天主閣もなく屋形造りの居館であった。今は石垣と堀の一部を残すのみだが、御楼門が復元されている。「歴史と文化の道」と名付けられています

石垣の積み方も何種類に分かれています
金場取残積み(かなばとりのこしづみ)

亀甲積み(きっこうづみ)

算木積み(さんきづみ)


鹿児島(鶴丸)城に見る鹿児島の石文化

御楼門と石橋

鹿児島(鶴丸)城の歴史

鹿児島(鶴丸)城跡 総合案内

鹿児島(鶴丸)城御楼門の復元



島津は 「薩摩は人をもって城となす」 の精神で立派な城も天守閣もいらなかった

武田信玄も同じようなので、「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」 躑躅が埼館も大きなお城でなく屋形であった

黎明館と道路を挟んで北側に鹿児島県医療センターがありますが、その地が 私学校跡(国史跡) 国道10号線沿いの石塀は道路拡張で後退しているが復元された。
旧門横の私学校跡の石碑
西郷隆盛は明治6年(1873)下野して鹿児島に帰ると、彼を慕う青年たちが官職を辞して鹿児島に帰った。県令大山綱良の協力を得て明治7年6月私学校を設立。120畳敷きの大講堂があったという。





鹿児島県民交流センター

前に 垂水島津家屋敷跡/宮之城島津家屋敷跡碑 山下町14-50


交流センター前より鶴丸城を見る

ウイリアム/ウイリスと高木兼寛の像



西南戦争の銃弾跡

国道10号線沿いの 石塀に残る弾痕(私学校跡)跡地は、国立病院機構鹿児島県医療センター

この遺跡お寺の跡なのかよくわからない




高野山とあったので気になった


私学校跡より北西に鹿児島本線を越えたところ
南洲翁終焉の地碑


晋どん、もうここらでよか といって別府晋介に介錯を頼み最期を遂げる

城山トンネルの出入口を右に見て、左にJR線の間の坂を上っていきます

左下に鹿児島本線トンネルの上部に 西郷隆盛の処世訓の敬天愛人 の文字が見える


厄除延命地蔵菩薩尊

標高107mの城山(国史跡・国天然) 岩崎谷を登っていくと西郷隆盛洞窟の案内標識が建つ

右手に 西郷洞窟

山頂の本陣から下り、この洞穴で自決前数日間過ごした



おはんらにやった命


桐野利秋、西郷隆盛、別府晋介
ぬれぎぬを 干そうともせず
なすがままに 果てし君かな 勝海舟

洞穴前の西郷隆盛の銅像


西南戦争島付き三十六景展示館


洞穴よりさらに上に行くと 石仏十三体



鹿児島市街地と桜島


城山展望台広場

城山から下って元の黎明館の北側、堀の切れた近くに

薩摩義士碑
宝暦の治水総奉行家老の平田靱負の碑を中心に、犠牲者84基を並べている碑。
あた東郷平八郎の著書、「義烈泣鬼神」の刻字された常夜灯




碑の傍に 淡墨桜 幕府の命により岐阜県の木曽川 治水工事で多くの薩摩人が犠牲となった



鹿児島城内に入ると 篤姫の坐像


城内からの 御楼門

御楼門と排水溝の整備説明


場内の鹿児島県歴史美術センター、黎明館


第七校生徒像

七校ゆかりの楡(にれ)の木


場内にあった 七校造士館跡碑


麒麟の間跡と能舞台跡


庭園跡


御角櫓跡


明治5年、明治天皇行幸記念碑



広い本丸城内

鶴丸城二の丸跡

城内を簡単にまわりました、昼の新幹線があるので余りゆっくり回れません

伊地知、吉井政変を語る像


お城跡より鹿児島駅に戻る途中
甲突川に架かる高見橋の傍に立つ 大久保利通像

橋から見る 像

残念ながら誰の像であったか

鹿児島駅前広場の若き 薩摩の群像

午前中、城山周辺を史跡巡りをして、午後13時45分の新幹線で第3回薩摩街道を完歩しました。
まだまだ沢山の史跡を見て回りたいので、また改めて第4回としてきます。


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