2024年11月13日
木場茶屋~串木野~梅村学園駅~市来宿の先、払山・・・・湯之元駅まで歩く
今日の計画がさらにくるった。昨夜。気が付いたのだが川内のルートインに大事なものを忘れ、鹿児島中央駅から川内駅まで戻り、ルートインで預かって頂いている忘れ物を先に取りに行かなければいけない。
鹿児島中央駅7時発~川内駅7時52分着でルートインへ。
川内駅発8時58分~木塲茶屋駅9時5分着。
9時10分木塲茶屋駅前の薩摩街道スタート。予定していた時間より大幅に遅れた。
市来宿の先、山に入るため時間が中途半端になるので払山という所で本日終わる。ここから湯之元駅まで随分離れているがタクシーもないのであるく。湯之元駅から鹿児島中央駅へ今夜のホテル。
40.448歩 24.26㎞ 1311kl
左の木塲茶屋駅前の国道を少し進むと、昨日の駅の背後の山すそを抜け駅の南に出てきてJR線の東側から国道に出てきていた消失した旧道。案内標示もあるがすぐ先でJR線で廃道となっています

そして国道を横断して少し弓なりに左にカーブして再度国道を横断、写真の堺川に架か堺橋の袂に出ていましたが消失しています
薩摩川内市からいちき串木野市に入ります

ここで薩摩街道出水筋歩行マップを見ると国道、川がありその左、民家の軒下に人一人通れるかの草道が残っていす。この道が旧道か見ていると、民家の川沿いの窓からおじさんが見ていて、薩摩街道の旧道です、足元悪いが歩けると教えて頂いた。
写真、橋の柱と重なっていて見えないが点前に 道標 があります。後日整理していて分かった。
陰で分かりにくいが、左側に「薩摩街道 出水筋」の標柱が立っています

やがて堺川?、芹ヶ野川?、に架かる矢張橋が右に架かっています。左直ぐ鹿児島本線です右に橋を渡ります

橋からの芹ヶ野川を見る

資料マップでは国道の左に沿って旧道が進んでいたようですが、消失しています。途中右側に、
御駕籠茶屋跡山下家の案内板があったが見落とした。藩主が休憩した木塲原御茶屋跡であったが逸した

出水筋の標柱が立っています。その先広場と建物が建っています

広場からの川沿いの旧道跡を見る


川沿いの石橋の傍に 石碑 が建つ


芹ヶ野公民館の建設記念碑

公民館の傍に 宿駅(宿場)問屋場の由来を記された説明板


芹ヶ野公民館の所から、右の国道を横断して右斜めにわずかな道跡が見えるが廃道。
国道の右側を進んで、前方の南九州西回り自動車道の高架下手前あたりに旧道は出ていたようです



この粗利に旧道が帰依居たようです

高架を潜ると直ぐ左に 北口屋橋の説明板 が立っています
説明では、この石橋は出水筋に架かっている橋では、椿平橋と並んで市内では最も古い石橋のアーチ橋と書かれている


北口屋橋からの先の旧道は、国道と芹ヶ野川に沿っていたようですが、旧道は藤沢バス停辺りまでの約500mは殆ど消失していて部分的にしか残っていない。途中、石橋の椿平橋があったようですが見落としました

高速の直ぐ左の北口屋橋を渡り、少し民家と左の高速道を見てはいるが、すぐ旧道は消失しています

国道に戻り藤沢バス停まで歩く、振り返ると、旧道跡のような道が出てきている

薩摩街道歩行マップに寄れば、旧道は藤沢バス停の前後で、円を描いて国道の右側を通っていたようですが消失しています。そしてすぐ先で、今度は国道を右に分け、JR線を越えて左の山手の 山の神神社 に抜けていたが今は消失。
この先の郵便局の手前左に入っていく道が、山の神神社への旧道か逆に歩いたが途中でやめました(寄り道)
左にJR線を高架道路で越えたところ

JR線のトンネルの上を進み

山の神神社への道を逆に上っていきましたが途中でやめました

寄り道から国道に戻り、左から国道に出るところで、右手に芹ヶ野郵便局が見えています

郵便局の辻で国道を左に分け右の旧道を下る金山峠バス停

右の旧道に入ると、すぐ先右に旭小学校かつては旭小学校の前あたりから、左斜めに下りJR線を越え、国道の十里塚辺りに下っていたが消失しています

右手に、新原喜左衛門の墓案内板 あります


旭小前の金山公民館は 島津の御座跡 という役所があったかつての旧道は、ここから斜め左に下ってJR線を越えて十里塚に抜けていた

真直ぐ進み左のJR線のトンネル口の上で左にカーブしてトンネルの上を越えて左の国道に下る

十里塚の榎
鹿児島の下町札ノ辻から十里の地に築かれている塚。出水筋に唯一残る里塚で貴重。
前述の公民館の所からここに焼失した旧道が通ってきていた


国道に出て右に折れ少し進むと、高速道の袂に近づく旧道が少しの区間弓なりに残っている

右からの国道に合流、角石バス停、振り返る

直ぐ先で左に少し迂回する旧道

短い区間だが再び右からの国道に合流、振り返る

金山下地区、砕石工場入口、街道は左の高速道と右の国道の間の金山川沿いに残る。この分岐を左斜めの坂を上る

高速高架の手前の細い道をすすむ

標識があります、車も走らない旧道らしい静かな道


暫く風情のある旧道を進むと、金山川に架かる橋が右にあります。(寄り道)ここで街道歩きを中断して右の橋を渡ります。国道を少し左に折れると右に坂を上るやや広い道を右に折れJR線を潜り、緩やかな坂を上っていきます。
薩摩金山蔵へ


薩摩金山蔵
残念ながら本日休みで見学が出来なかった

休みでなければ、金山の坑道をトロッコで見学出来たが残念


与謝野寛・晶子夫妻の歌碑
昭和4年7月21日鹿児島を見学してここに寄ったときの歌


前述の橋の所の街道に戻り、再び静かな街道を進みます

やがて 薩摩山橋(旧山伏橋)を渡った先で国道に出ます

直ぐ先で右からの国道3号が合流します

合流した先から振り返ったところで暫く国道を進む

400m程国道を進み、薩摩山下バス停の所で左に折れます

折れたところ直ぐの金山川に架かる戸切川橋を渡り、そして右に折れます

橋の袂の 水天碑

この近く、金山川に架かる 金山五橋同じ年に架けられた、薩摩山橋・椿平橋・北口屋橋・芹ヶ野橋・そして戸切川橋を金山五橋と呼んでいます。この中で唯一当時のまま残っている石橋が、椿平橋です。肥後の石工の技術を踏襲している五橋だった。
暫く右手の金山川に沿ってつかず離れず道なりに進みます。分岐に出ますが右へ

分岐から700m程先で自動車道に突き当たり左へ進みます

左に折れて直ぐ先で十字路を右に折れる。道路整備により道が変わりつつある

直ぐ先の五反田川に架かる五反田橋を渡る橋を渡った袂左に 水神碑

五反田橋を渡って真直ぐ150m程進みます

150m程先の旧郵便局跡を右に折れます
ここから先は旧道は消失しています

右に折れて100m程先の突き当りを左に折れます

左に折れて150m程先で、左T字路を右に折れる

そして50m程で左斜めに入ります,針原バス停、この辻から旧道となるが、住宅が建っていくと毎年景色が変わることだろう

そして60m程先で左の折れて、右にカーブして十字路を進むと鳥井ヶ原地区の住宅地この辺りの右手方向に串木野駅がある

その先は、枝道はありますが、道なりに南に進んでいくと、左に出水筋の案内説明板が立っています


右手奥に串木野中学校を見て、その先右手に袴田公民館があります

何も遺構がないが、かつての
【串木野宿】 辺りだろうか

暫く進んでいくと、旧道の両側が木々に挟まれた下り道、星越坂 小さな峠のようです

星越坂をふり返ってみたところ、標識が建っています


この先南に進みますが、農地の整理や住宅地の区画整備が進み旧道はよくわかりません
星越坂を下って、十字路に出て南へ横断し、さらに100m程の十字路も横断します。少し緩やかに右に弓なりに、右の山裾を進んでいくと、再び十字路に出ます、この先区画整理された土地で、十字路を50m程進み、分岐を右斜めの道で、更に50m程の2筋目の十字路を左に折れます。250m程先の十字路を進み、さらに50m程の十字路に出ます。ここで整備された土地を抜けてきました。(寄り道)

十字路を左に折れて道なりに100m余り進むと、右手に さつま焼き発祥の地の案内標識 があります

さつま焼発祥の地 街道筋より少し坂を左に上る




元の十字路に戻りすぐ先で 尻寒川に架かる橋を渡り川を右に沿って少し進む

橋を渡り300m程先の十字路から振り返る

右手の梅村学園駅を見て、すぐ先を下ると右からの道と合流して左へ合流後右にカーブして交差点を越えて、すぐの分岐を左に進む

八房集落内に秋葉神社入口の案内標柱があります



200m 程坂を下って行くと、JR線湊川向踏切に出ますので右に渡ると、国道3号に突き当り左へ

直ぐの八房川に架かる八房橋を渡ります

橋を渡った右手小さな半島のようなところに 八房神社 があります


湊町に入ります、国道を300m程進むと信号交差点を右に折れる

直ぐの分岐は左に右に、市来庁舎の建物 この辺りから
【市来宿】に入ります

右の庁舎の前の案内板と市来宿の街道



市来庁舎は 御仮屋跡


右手に 西村寺 市来庁舎の前を少し進んだ右手に

街道は寺を右に見て左に折れる左に折れる 左に折れる左角に 八坂神社



(寄り道)庁舎の西側付近の史跡を少し回ります
海に向かって真っ赤な鳥居が建つ 菅原天神

小さいが、真っ赤な社で、両側に 庚申塔 が並ぶ

境内の傍に 川口番所跡と説明板(津口番所)


その隣に墓地がある

墓地の中に 孝子徳右エ門の墓


西村寺の角に戻り東南に進み

国道3号を横断します

道なりに右にカーブするとT字路で右に折れます。そのT字路正面に濱田酒造



T字路を右に折れ国道に出て、左に折れたすぐ先で国道を左に分け、右への旧道に入ります

右への旧道

右手に 白石酒造 があります。見学の方も見えています。「天狗桜」が焼酎の銘品江戸時代からの老舗

屋根の下の白い壁面に珍しい、天狗の面があります

予約しておけば見学・場合によっては麹作業をさせて頂けるそうです


その先、井戸跡のある十字路を左に折れる

右手角に 井戸跡

左に折れた先150m程進むと国道3号に出ます

国道を数十m進み、信号を右に折れます信号の左には市来農芸高校が見えます

国道を分けて右に折れた道

直ぐに大里川に架かる薩摩渡瀬橋を渡る

左に折れると右に曲がってきた、大里川に架かる歩道橋があります。橋の手前袂を右に折れて堤防を進みますが、ここで(寄り道)橋を渡って真直ぐ進んでいくとJR市来駅に出ます

鹿児島本線市来駅

駅の手前右に 丹後の局舟着場跡碑
丹後の局は、島津氏の初代島津忠久の母とされる。源頼朝の娘という伝承

市来駅の前の道を駅を背にして右へ、小川に出ますが、その小川辺りに 丹後の局船着場跡の標柱 があるとなっているが見つけられなかった
市来駅の北側、線路近くの所から西に川を見る、この近くに船着場跡か

戻る途中の橋から東の市来駅方向を見る

大里川に架かる歩道橋に戻り、南に大里川に沿って堤防を進みます
一つ目の橋を右に折れて、すぐの右T字路を左に折れます

左に折れた先の道を250m程進む

三階建ての建物の手前の分岐を右に折れます

右の道を進むと、270号に突き当たり左に折れます

国道270号線を進む、真直ぐな道です、途中松山バス停を通る

松山から払山に入り900m程進むと、左に国道を分ける分岐がありますので、右の旧道に入ります

松原地区の旧道

やがて左から国道270号が合流します松原バス停がある

国道すこし進むと、思案橋跡の五差路に出ます。
ここでこの先どうするか迷った、JR駅まではかなり離れているが。湯之元駅かその先まで行けないか、交差点の手前で作業しているお店の方がいたので尋ねると、湯之元の先はチョット時間的に無理だろうということだったので、地元の方の話を聞いて、湯之元駅まで歩くこととして。ここで本日の街道歩きは終了し、またここに戻って起点とします。
駅までの途中少し迂回して、是非行きたい史跡、来迎寺跡 に寄ります
名前の通り思案橋で思案しました。
この近くに、旅人が喉を潤した、湧き水の井戸があったようですが逸しました

本日の街道はここの五差路で終わります
五差路を左に折れて東の270号線を越えて、東に400m程進みます。右手の一段高い台地に大きな工場が見える左T字路で右に100m程進むと左に折れる案内標識があります。
工場を右に、正面の高速道路に向かって150m程進むとT字路に出るので右に折れ緩やかな坂を少し上る、右手は工場です。いちき串木野市大里1197


100m弱進むと左雑木の中に入る、来迎寺跡墓塔群の案内標示 が出ています要所に案内があるので助かります

雑木や竹林の整理された道を入って行く

来迎寺跡墓塔群
鎌倉時代中期~室町時代、二基の五重石塔と十数基の石造り宝塔からなる


丹後の局の墓 鎌倉時代中期

墓塔群 歴史は古いのによく整備管理されています


ここより40分程かけて、湯之元駅に行きます


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