薩摩街道 3日目

2023年12月6日

羽犬塚宿~瀬高宿~原町宿
久留米のホテル7時30分出発JR羽犬塚駅へ、駅前の街道沿いの諏訪神社8時30分スタート。
昨日ホテルでこの先紛失した瀬高宿までの旧道を調べたので本日は資料に基づいて歩けるだろう。

羽犬塚駅前の大通りを東に少し行ったところの昨日の起点 諏訪神社
おすわさんと言って親しまれている

本殿への参道今日一日無事に終われるよう参拝しました

諏訪神社の東側の旧道で北を見る。私は昨日国道の駅へ入る信号から広い車道をきたが、本来の旧道はこの道を北の国道から進んでくる。国道の手前に橋があるので、その橋を右に折れると直ぐ国道に出ます。一応確認の写真を撮る

駅の正面からの道を神社の東側で横断して旧道に入る

昨日国道から旧道でない新道を駅に向かって歩いてきた道

旧道に入り少し進むと左に、薩摩街道の標柱と一里塚跡と刻む石碑

振り返ったところ右が標柱と石碑

山ノ井の交差点で国道209号を横切り正面の右側の道に入る

交差点を横断した左角に 羽犬の像 今まで歩いてきた道の途中に、いくらかの羽犬の像があったのだが資料をなくしており、今回初めてみる像で嬉しい

横断してすぐ先二股に分岐、何方か旧道か迷ってしまった。丁度右に初老の方がいたので右の道が街道だと教えて頂いた。左の新しい道も先で合流していた

山ノ井地区の左の薩摩街道の案内

右手に道標のような石柱があったよくわからないが多分橋の石柱だろう

その先二本松橋手前左に 種田山頭火の歌碑
       「うららかな今日の米だけはある」 すぐ横二本松橋

橋の先すぐの分岐を右に、その左角に 旧坊津街道(薩摩街道)の石標

右折れしてすぐ左の二階建ての茶色い建物の手前の道をまた左折れ

左折れする街道

暫く南に住宅の中を進み、国道209号が見えるところ右手角に 
道標 「上妻(こうづま)・下妻郡境の碑」

郡境の碑説明板

資料ではこの地点にもう一つ郡境の碑があったので探してみると、道標の角を右に折れた先20m程行くと、新しい民家の過ぎた左角に、道標の先端が折れかかった補修された碑がありました。
道標「従是 東上妻郡 西下妻郡 分境」前述のは南北、今のは東西の郡境を示す道標です。

この道標のすぐ西側は国道209号が通っています。二つの道標を見つけたので大収穫

一つ目の道標の街道に戻り南に進むと、国道信号に出ますがすぐ隣接した手前右奥に、石の祠 があり三体の地蔵尊が祀られています

信号交差点を横断して真直ぐ

その先の分岐は右の道

野町地区に入る

次の分岐は左斜めに進む

すぐ左に 旧坊津街道(薩摩街道)の標柱 この地区では坊津街道と呼んでいたようです。街道名は地区によっていろいろな呼び方をしていたようです

標柱の横に大きな 石灯籠と大木

尾島地区の街並み

尾島上町信号交差点で右からの国道209号に合流、国道を左に折れて尾島を600m程南に真直ぐ歩く

すぐ左手に 天満神社と鳥居、その鳥居の脇に寛政12年(1800)の灯篭が建つ

拝殿

尾島バス停の傍右手広場に薩摩街道の標柱と 史跡一之塚源平古戦場跡の石碑、その奥に 四国八十八か所観音 が並ぶ

尾島中町の信号の先、右手に 石造りの恵比寿像

恵比寿像の先の街道

右手に 

尾島十字路バス停手前右手にも 

尾島交差点を右に入る左に 浄土真宗東本願寺派興満寺 

尾島交差点を右に折れる旧道

旧道の静かな街並み

左手に 地蔵尊立像 その奥に屋敷恵比寿があったようですが逸した

右手に水洗い小学校大川橋を渡り

車道に出て右に少し折れてすぐに車道を右に分け左の旧道に入る

道なりに進み右にカーブする左手に、日本第一秋津島浪右衛門の塔と墓 元禄10年(1697)筑後市津島東生まれの力士で江戸にて活躍、天下無双と言われたそうです

前方に新幹線の高架があり潜ります

左手顕彰碑の前に旧坊津街道標柱

高架の潜る手前左にトタン葺きの民家

新幹線高架のすぐ先、鹿児島本線の踏切を渡る

左に新幹線・鹿児島本線の筑後船小屋駅街道は南西に真直ぐ進みます

左手筑後広域公園があり体育館などがあります。街道沿い左に お堂と行基の坐像 を祀る

すぐ先、沖端川に架かる行基橋を渡る
300m程先右手に お聖母宮(おしょもんぐう)

本郷交差点を右折れ

右折れした先の街並み右手に 屋敷恵比寿像

右手に 祖霊廟

隣に地蔵尊を祀る お堂

瀬高町本郷地区、右手に 拝殿その奥に小さな石の社日神

右手に四国八十八番83の地蔵を祀る 

中山大藤の信号交差点を横断

交差点左角に 赤い鳥居とお堂 関ケ原の戦いで石田三成を捕らえた、田中吉政築後三十三万石で柳川城に入った。柳川辻町~久留米城を結ぶ矢部街道を通した、ここは二里目の標石で薩摩街道の里石でない。残念ながら二里石が撮れていない。

その先右手に 熊野神社の鳥居、奥に大藤があるので入ってみる。フジの花のシーズンでないが

参道を入ると太鼓橋が架かる、その上にフジが架かっている

中山大藤 樹齢三百年でシーズン時であれば見事だろう

凄い迫力

 藤の下に 

真言宗醍醐寺派観中山法正院清楽寺 平安時代初期の創建古い寺

向かって右に 石仏 が並ぶ

 右手に中山小学校がある辻で二股になっているところは、道なりに左にカーブする

向かって右からカーブしたところ右手に

一段高くなっているところに 

左にカーブした左手に 天満神社 少し変わった造りの神社

三軒屋交差点を横断する

交差点を横断したところの街並み瀬高町上庄地区

街道沿いの 

左手奥に山門高校が見える。反対側右手奥には真っ赤な神社が見えます 日天尺神社

〖瀬高宿〗みやま市瀬高町

そのすぐ先で国道443号の御茶屋前交差点を横断しますが、右手角に 御茶屋 があったそうです

交差点を横断して左角の御茶屋跡を振り返る

その先のT字路を左折れ右手に、小振りながら唐破風造りの立派な お堂

左に折れた先の瀬高町上庄の街並み

唐破風の立派な お堂、お堂が大切に地元の人たちにより祀られている

酒屋さんの建物、歴史を感じる

左手に 真宗大谷派大日山正覚寺

白塀の綺麗なお寺

右手に 真宗大谷派西念寺

続いて右に立派な 鐘楼門の浄土宗正覚山聖衆院来迎寺

すぐ先左 八坂神社(祇園宮)

灯篭の上に珍しい彫刻

お祭りに使う大人形と大提灯が展示されている

その先、左右に菊美人酒造所 北原白秋の姉の嫁ぎ先

矢部川の堤防から菊美人酒造所

瀬高宿の街並みを振り返る

矢部川の渡る袂の 恵比寿像 と瀬高橋

左の国道443号に合流して矢部川に架かる瀬高橋を渡ります。かつてはこの辺りに 川渡し があったようです

橋から振り返ったところで向かって左から出てきました

橋を渡ったすぐの二筋目の辻を右に折れます

国道443号に分かれ辻を右折れします

右折れした筋

旧川渡し地点の右からの延長戦に出て突き当りを左折れします突き当りに老舗の酒造所 銘酒友瓢

左に折れた街筋右に銘酒友瓢

すぐ左に 真宗大谷派光源寺

左手新町公民館前

 右手に 日蓮宗日正山尊寿寺

左手に 石造りの祠

すぐ先左手に 松宮宮

元町交差点で国道209号を横断500m程進むと鹿児島本線で旧道は消失しているので、左の踏切を渡る
旧道の寸断された線路の反対側に二里石があったようだが迂回したので逸した

踏切を渡ってすぐ右に折れて反対側に出ればよかったが、209号を少しまっすぐ歩いた

少し進むと国道を左に右に入った旧道

石造りの祠

右手に東町公民館

左からの国道に合流して暫く進む

右手に 真宗大谷派満福寺

右の満福寺の前の90度に折れる旧道を左に入った道筋

右手に 恵比寿像

左手に 地蔵堂と祠

右手に お堂

二の丸橋を渡りすぐ右折れ

その右角にも お堂と小さな祠

すぐ先で443号線を横断する

 南に進むと小川に沿う

右手に新しい お堂

小川が右に離れるすぐ先の十字路を真直ぐ

十字路の右手角の 地蔵さん

すぐ先で433号線に合流して左に折れて、松田橋を渡ります。そして400m程先で九州新幹線の高架を潜る瀬高町松田地区

更に真直ぐ南東に暫く進み、山川町清水地区に入ると大根川に架かる橋を渡る

 橋を渡ってすぐ左に折れて川沿いに300m程進み、左に架かる次の橋で右折れします

左に折れたすぐ左に 吉村午太郎先生の碑

十字路を横断

その先、静かな山間の古道を彷彿させる林間の坂道

左右の竹林が何とも綺麗

竹林を抜け緩やかに下る

左手に 隈川鶴松碑と石塔馬喰として活躍し野町馬市に貢献した人

山川町尾野地区、国道443号の赤坂信号交差点を横断、赤坂の追分石(道標)がかつてあったようです。

少し先左手に 地蔵堂と三里石の石碑三里石の説明板と石碑が撮れていない残念
説明には、筑後藩主の田中忠政は父の遺志を継ぎ慶長17年(1612)一里塚を設けたこと、山川町に追分石(道標・野町赤坂)、三里石(野町上町)、四里石(北関)、が設けられ、原町には宿駅があったと書かれている

尾野交差点に出て横断、右角に郵便局がある

交差点を渡った左手に 天満宮と祇園宮 が並んでいる

その左に 祠

その先 お堂と祠

山川町の野町の街道を進む

左手JA山川の前の角に 野町五輪塔群
説明によると、以前この葡萄畑に散在していたものを集め祀られた。元1基以上あったが、現在5基になっている。最も古いもので鎌倉時代後期のの頃で、その他は室町時代(1440年代)の五輪塔と分かっている。伝承では平家の落ち武者の霊を里人が祀ってきたと伝わる。

その先右手に山川中学校

左手には新しいモダンな庁舎

その先左に 日当川地蔵堂 由緒ある地蔵尊のようです

日当川地区を進み山川町原町地区に入る

〖原町宿〗みやま市山川町原町
かつて薩摩街道の宿場であったがその遺構は残っていない、この辺り 御茶屋跡 らしい

右手に道標 その背後に何だろう何を表しているのか分からないが

道標 「右 柳川」「左 隈府?」

右手に 山門も本堂 も建つ郵便局の横、原町の観音さん千手観音と馬頭観音が本尊

国道433号を挟んだ向かいに左手奥に 浄土真宗本願寺派西楽寺

静かな山間に建つ西楽寺、表現が旨くできないがお寺の原点なような気がする

街道に戻ると、郵便局前で本日は終わる。
時間的には1時55分でまだ歩く時間が十分あるが、この先行くほど交通の便がなく、市内コミュニュティーバスが一日5本で丁度14時33分のバスがあったのでそれで戻ることとした。瀬高駅まで5㎞だが回るので30分ほど乗って100円、安くて助かった、タクシーに来てもらう予定であったが助かった。
宿泊施設がないので、JR瀬高駅に戻り朝出発した羽犬塚駅へ移動、駅前のビジネスホテに16時着そこに今夜宿泊、また明日瀬高駅からタクシーでこの地点から歩く。
         33.461歩 20㎞ と本日は少ない

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